「おねいちゃん!おにいちゃん!」 「あ、グリーン」 「おはようございます」 光が当たれば天使の輪を描く艶やかな髪、博識な頭脳、人形のように整った――二つの顔。 いつも二人一緒に手を繋いでいるとても仲の良い双子は、ここトキワの名物だったりする。二人の隣にそれぞれ浮いている、ゴーストとゴルバットもそうだ。 「めずらしいですね、グリーンがひとりでいるなんて」 「そうね・・・ん?」 姉の方が、服を何かに引っ張られる感覚に気が付いた。 「あ、」 「「レッド」」 「・・・・・・・・・おはよ」 「「おはようございます」」 周囲から「近寄りがたい」と言われていた双子は、唯一の父親と暮らし始めてから、随分と社交的になった。 "二人の世界"は二人が理解し、共有していればいいものだと知って、地位の高い父親に恥じぬ子供になろうと、努めるようになったのだ。 特に、歳の近いグリーンとレッドは、この双子に懐いている。毎日のようにマサラから遊びに来ては、双子にべったりだ。 「きょーは、あのおっかないおとおさんいない?」 「きょうは、ちちはしごとででていますよ」 「・・・・・・あそべる?」 「あそべるよ」 双子が答えると、グリーンは満面の笑顔になり、レッドは微笑した。これが彼なりの精一杯な笑顔であると、双子は知っている。 「グリーンとレッドは、きょうなにしてあそびたい?」 「うんとね!・・・うんとね!」 「・・・きめずにいらしたのですか」 「ち、ちがうもん!おねいちゃんとおにいちゃんと、やりたいこといっぱいだから、きめられないの!」 一生懸命考えているらしいグリーンに、双子は生温い笑顔を向ける。三つ年下の少年のその様子が、双子は微笑ましいのだ。 そんなグリーンに助け舟を出したのは、レッドだった。 「・・・ねえさんとにいさんのバトルみたい」 「「バトル?」」 「あ!そうそう!ふたりともつよいから、ふたりのバトルみてみたいねってレッドといってたんだ!」 そんな二人に、苦笑する姉と眉をひそめる弟。双子を区別する場合は、こういった表情の差以外ない。(しかし、何故かレッドとグリーンには、どちらがどちらか解るらしいのだが) 「バトルかぁ・・・」 「・・・いっておきますが、わたしがエストねえさんにかてたことはないですよ」 「そうなの!?」 「・・・にいさんのほうがつよそうなのに」 「ふたりともしつれい!」 双子は見た目こそそっくりだが、性格はまるで違う。 無邪気で子供らしい姉と、礼儀正しく大人っぽい弟。そんな弟は、姉よりも遥かにプライドが高い。 しかし、心底優しい所は二人とも共通の美点だ。惜しみない優しさを誰にでも与える姉と、解りにくい優しさを持ち前の厳しさで隠してしまう弟。 それでも、そんな空気の心地良さが、グリーンとレッドは大好きなのだ。 「ランスはまけずぎらいだからね・・・」 「エストねえさんがつよすぎるんですよ」 「ポケモンのあいしょうのもんだいでしょ」 「それをぬいても、わたしがあなたにかったことはないです」 姉の名前はエスト。弟の名前はランス。 「・・・・・・くす、」 「あはははは!」 必死に弟を説得しようとする姉の姿に、レッドが堪え切れなくなり、つられてグリーンも笑い出す。それは、いつもの光景だ。 お腹を抱える二人に、双子の言い合いは終結する。ランスは呆れたように、エストは困ったような笑顔で二人を見る。 「・・・でも、ふたりのバトルみたいな」 「ぼくもみたい!」 ひとしきり笑った二人の言葉に、双子は顔を見合わせた。 「・・・そのへんのやせいとなら、いいんじゃない、かなぁ」 「・・・まぁ、ゴーストのけいけんにもなりますしね」 エストのポケモンはゴルバット。ランスのポケモンはゴースト。 天才の双子に育てられた二匹は、とても優秀なポケモンだ。 「じゃぁ、くさむらいこうよ!」 「あぶないとおもったら、わたしかエストねえさんにかくれるんですよ」 「レッドはともかく、グリーンはあぶなっかしいからね」 「ひどい!」 「くすっ・・・」 「レッドもわらうなー!」 そんなこんなで、四人と二匹は草むらに向かって歩き出した。 「コラッタですか・・・ゴースト、"さいみんじゅつ"」 ゴーストの催眠術を喰らったコラッタは、呆気なく夢の中に旅だった。 「では・・・"あくむ"」 ランスが戦う様子を見ていた二人が、やじを飛ばす。 「おにいちゃん、たたかいかたがインケンー!」 「・・・ねちっこい」 むっとするランスだが、エストが二人を止めた。ランスの思惑をきちんと理解しているのだ。 「ランスはね、ちゃーんとかんがえてたたかってるんだよ」 「・・・そうなの?」 「みててごらん」 「「うん」」 途端、真剣になる二人に、ランスは溜息をはいた。 「ゴースト、さいみんじゅつがとけないよう、しゅうちゅうしてくださいね」 「ケケケ!」 当たり前だ、と言わんばかりのゴースト。ランスはそれを確認して、ポシェットからボールを出し、眠るコラッタに投げつけた。 「「あ!」」 コラッタが赤い光に包まれたかと思えば、カタカタと数秒揺れたあと、モンスターボールは動かなくなった。 「つかまえました」 したり顔で三人の元に戻って来るランス。エストも「ほらね」と満足げだ。 「おにいちゃん、すごーい!ぼく、ポケモンつかまえるの、はじめてみた!」 「・・・ぼくも」 「そのコラッタ、どうするの!?」 「ちちにさしあげます」 グリーンの疑問へあっさりと答えたランスに、幼なじみの二人は首を傾げる。双子の父親は、強いポケモンを何匹も持っているのだ。 「おとうさまがね、ちょうどおしごとでたりないコラッタとニャースをさがしてるの」 「そうだったんだー!」 納得する二人。思い出したように、レッドが口を開いた。 「・・・ねえさんとにいさんのポケモンも、おじさんがくれたんだよね?」 「そうだよ」 「そうですね」 「・・・いいな」 羨ましがるレッドの本心は、ポケモンがいれば、大人の付き添いなく好きな時にマサラから双子に会いに行くことができるからだ。そんなレッドの心中を察して、グリーンも同意する。 ポケモンを持つ子供に、大人は寛容だ。 「ふたりともポケモンほしいんだ・・・」 「エストねえさん」 「りょーかい」 ランスの言葉を受け、エストは「わかってるよ」という表情で草むらに足を踏み入れた。 「ちょっとまっててねー」 そう言って草むらを漁るエストの前に出てきたのは、小さなポッポ。 「うーん・・・つかまえるのはランスのほうがとくいなんだけどなぁ。いいや、ゴルバット、"おどろかす"」 「キィ!」 エストの命令を受け、ポッポの背後へ瞬時に回り込んだゴルバットが、ポッポを驚かす。ついでに、レッドとグリーンも驚いた。 ポッポが怯んだ隙をエストが見逃す筈もなく、直ぐさま命令する。 「ゴルバット、そのまま"あやしいひかり"」 至近距離で光を喰らったポッポは、見事に混乱した。 「ごめんね、あばれないで」 そして、エストの投げたボールへ収まるポッポ。エストはポッポの入ったボールを持って、三人の元へ戻った。 「グリーンかレッド、じゃんけんでかったほうに、ポッポあげる」 「・・・いいの?」 「わたしはこのこがいればじゅーぶんだから」 微笑むエストから、二人の視線は自然とランスに向かう。 「わたしもゴーストがいればいいので、ふたりできめなさい」 嬉々とした二人は、すぐにじゃんけんを始めた。 長いじゃんけんの末、勝ったのはグリーンだ。 「グリーン、ポッポだいじにしてあげてね」 「もちろん!」 じゃんけんに負け、小さな手をグーパーしながら悔しがるレッドに、ランスが声を掛ける。 「レッドは、どんなポケモンがすきですか?」 「・・・・・・わらわない?」 「わらいませんよ」 「・・・ピカチュウ」 いつも厭味なランス。「少女趣味ですね」と笑われると思っていたレッドだが、ランスは笑わなかった。 「・・・ピカチュウですか・・・トキワのもりにいましたね・・・」 「・・・にいさん?」 何なんだという表情で見上げて来るレッドの頭に、ランスはポスンと片手を乗せ、優しく撫でる。 「ごじつ、おたのしみに」 「・・・?うん」 「そろそろもどりましょうか。エストねえさん」 「はーい」 トキワに戻り、双子とさよならをするレッドとグリーン。自分達に随分と懐いてる二人の背中を見詰め、双子は自然と手を繋いだ。 「・・・あと、にねんだね」 「そうですね」 「にねんがおわって、なんねんたったらあえるかな」 「おとうさまをしんじましょう」 「・・・そうだね」 三人暮らしの家に、二人は歩き出す。 いつか来る日の、夢を語りながら。 綺麗な思い出 「・・・んは、・・・こ・・・、つ・・・る」 真っ白い雪が、永遠と降る山の中。洞窟で静かにラジオを聞いていた少年が、立ち上がる。 「兄さん・・・姉さん」 ――今、助けに行くよ。 2011.05.05 |