この世に生まれ堕ちてから、男には生涯で唯一愛した女がいた。 己の罪を知りながら、それでも彼女は言うのだ。 「"愛"っていうのはね、どんな"悪"にも敵わないの」 女に対する男の"愛"は、今も尚、胸の内で燃えている。 男が女を失ったのは、数年前のことだ。 女は身体が弱かった。しかし、無理をしなければ天寿を全うすることは困難ではない。 だが、女は言った。 「此処にいるのは、私と貴方の"愛"よ。何を引き換えにしても、私は望むわ ・・・例え、それが私の命であっても」 女は、妊娠した。拒絶する男に、そう言った。 それは、男が女と出逢ってから、初めて口に出された我が儘だった。 それから十月十日後、女は二人の子供を産んだ。 彼女が宣言した通り、女の命を引き換えにして。 男には、我が子が二人の悪魔に見えた。 自分が唯一愛せた女を、奪った悪魔。 奪った命を喰らって、生を受けた悪魔。 男は生まれたばかりの悪魔を故郷の親戚に預け、自分の帰るべき場所へと戻った。 ――約五年間。 男は、ずっと考えていた。 勿論、それは双子の悪魔についてだ。 仕事を疎かにしたことはない。寧ろ、女がいなくなってから、仕事しかなくなってしまった男は、より一層性を出した。 しかし、時折、悪魔を預けた親戚から届く手紙により、男の意識は傾いでしまう。 親戚の話によると、悪魔は随分と頭が良いらしい。 記憶力・理解力、物事を歪み無く把握し、受け入れる。難点を言えば、頭が良すぎるせいか、同年代の友人が出来ず、常に二人でいるらしい。 悪魔に友人なんて、滑稽だ。 そんな者は不必要であり、悪魔の餌食にされるだけなのだ――亡き妻のように。 男は嘲笑した。 親戚の手紙には、続きがあった。 悪魔は男のことも、女のことも知っている。己等の境遇も、理解している。受け入れている。 親戚が「拒絶しないのか?」と問えば、「何故、拒絶する必要があるの?」と返ってきた。 親戚の手紙の最後には、こう綴られていた。 俺は、そん時さ・・・正直、寒気が走ったよ。 俗世の生き物じゃねーみてーでさ。 まだ五歳だってのに、お前みたいな威圧感があるんだよ。 封筒の中には、手紙とは別にもう一枚入っていた。 写真だ。 男は、その写真に写る二人の悪魔を見て、戦慄した。 同じ髪色。 同じ瞳の色。 同じ――顔。 ――全てが、亡き妻と同じ。 親戚の男が、威圧感が男に似ているというのならば、容姿は全て女に形成されたということなのか。 男はまだ途中であった書類も放って、急いだ。 ――悪魔・・・いや、亡き妻が遺した我が子の元へ。 故郷の町に着いた頃、空はもう闇色に染まっていた。 輝く星達が無ければ、街灯もそんなにないこの町は、本当に暗黒へ染まってしまうのだろう。 子供を預けた親戚の家に訪れると、「まだ帰って来ていない」と言う。 五歳の子供をこんな時間まで遊ばせていいものかと思ったが、五年前に子供を放った自分の言えた台詞ではないと、男は言葉を飲み込んだ。 「きっと、いつもの丘にいるよ」 親戚に言われた通りの丘を登れば、そこの頂上には確かに小さな二つのシルエットが並んでいる。 男は、二人の名前を呼んだ。 振り向く、同じ顔。 それは手を繋いで、男の元へ歩いて来る。 愛しさと罪悪感が奇妙に入り混じり、言い知れぬ恐怖へと変貌を遂げた。 「「はじめまして」」 「「おとうさま」」 ――瞬間的に、男は理解した。 双子は、男から妻を奪った。 しかし、男は双子から両親を奪ったのだ。 そして、 長男は、長女を。 長女は、長男を。 ――男から、父親から奪った。 互いに手を離さず、決して父親に抱き着いてくることもなく、完璧な笑みを貼付けた――我が子。 男は、小さな二人を抱きしめた。泣くことだけは、したくなかった。 「これからは、私と暮らそう。お前達の生きやすい世界は、私が造る」 それが、男に言える精一杯の"愛"だった。 奪ったのは どちらが先か 2011.05.05 |