ロケット団による"ラジオ塔占拠事件"から、暫く経った。
あの場所から一人帰還したヒビキはそれからが大変で、ジュンサーによる事情聴取やら、マスコミへのコメントやら、一時、時の人となってしまう程だ。
事件直後よりは落ち着いたものの、旅先で"英雄"扱いされることは少なくなく、ほとほとげんなりしてしまう。
ようやくたどり着いたセキエイリーグを目の前にして、ヒビキはあの日ランスに言われた言葉を思い出していた。


「ここを出れば、貴方はただの英雄になれますよ」


確かに、その通りだ。
ヒビキは"たった一人でロケット団を倒した少年"として、世間で有名人になってしまった。
しかし、周りの人間から英雄扱いされる度、ヒビキは心が痛む。

誰も――ロケット団の団員ですら、知らなかったロケット団の最終目的。否、最終目的に隠された裏側の本音。
自分は"悪いことをしてる奴"が許せなくて、その意思と正義感で潰した筈。それでも、何も知らない人間に"ただの英雄"として見られるのが苦痛で堪らない。

英雄なんかじゃ、ない。
ロケット団には、ロケット団なりの正義や夢があって活動していたことを、知ってしまった。
やり方が正しいとは言えないけれど、それでも、"本音"を叶える為には時間がなかったし、サカキという存在も必要不可欠だった。

一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄とは、良く言ったものである。あれは、ただの"犯罪組織の暴動"なんかではなくて、"ロケット団と世界の理"の戦争だったのだ。


「何ぼんやりしてんだよ」

「あ・・・」


ヒビキが振り向いた先にいたのは、シルバーだった。
あの悲劇とも言えるような一夜から、会っていなかった少年――ヒビキの、ライバル。


「あの・・・二人は・・・」

「二人・・・?・・・ああ、姉さんと兄さんか」

「うん」

「・・・エイユーさんは自分の倒した犯罪者がどうなったのか、そんなに知りたいのか?もし生きてたら、追っ掛けて捕まえてジュンサーにでも突き出すのかよ?」

「そ、んな・・・ッ!!」


シルバーの瞳には、確かに怒りの炎が燃えている。


「俺はッ・・・英雄なんかじゃない!ただ、何も知らない・・・知ろうともしないガキだったんだ・・・ッ」


善い奴、悪い奴。そんなことは、一人の価値観で決められるような事ではない。
誰かにとっての善い奴でも、誰かにとっては悪い奴で、その逆だって勿論ある。

あの日、ラジオ塔の展望台から飛び降りた筈の双子の遺体は見付からなかった。
死んだのかも、生きているのかも、ヒビキは知らない。

それでも――もしも生きているというのなら、あの双子に何か自分の出来ることをしたいと思ってしまうのだ。

それは罪悪感や贖罪の念かもしれないし、ただ、頭を撫でてくれたランスやエストの手が優しかったからなのかもしれない。

わからないけど――動きたい。
こうならない為に、双子が早々とヒビキをあの場所から離脱させようとしていたことを、今のヒビキには理解できる。だからこそ、その優しさに、双子の真っ直ぐで純粋な心に、惹かれていた。


「俺の"ケジメ"・・・まだつけれてないんだ」

「・・・、・・・・・・俺を倒して、お前がリーグを制覇したら、教えてやるよ」


シルバーの瞳に、もう怒りは映っていない。ただそこにあるのは、先を行くだろうライバルへの羨望にも似た光と、一トレーナーとしての――闘志の炎。

二人の手には、いつの間にかモンスターボールが握られていた。






長いバトルの末、勝ったのはヒビキだ。
シルバーは戦闘不能状態のオーダイルをボールに戻すと、ヒビキに背を向ける。


「ま、待てよ!」

「あ?」

「あの二人は・・・!?」


ヒビキの必死さにシルバーは些か驚いたが、口角を上げて不敵に笑った。


「・・・お前、まともにニュース見てなかったのか?」

「は・・・?」

「"ラジオ塔に現れた謎のリザードン"」

「ああ・・・」


そういえば、そんなことも報道されていたと、ヒビキは思う。しかし、ロケット団壊滅やら英雄であるヒビキの特集やらで、そんなニュースはすぐに忘れ去られてしまった。


「姉さんと兄さんには、俺以外にも弟が二人いるんだよ」

「・・・は?」

「まぁ、弟のように可愛がってる幼なじみってだけらしーんだけど」

「・・・」

「父さん・・・サカキの出身地は知ってるか?」

「えっと・・・と・・・トキワシティ・・・?」


訳のわからないシルバーの話に、ヒビキの頭上にはクェスチョンマークしか浮かばない。


「俺や姉さんと兄さんの出身地もそこで・・・その幼なじみ二人は、隣町の奴だった」

「・・・?」

「レッドとグリーン・・・お前だって、名前くらい知ってんだろ?」

「!?」

レッドというのは、最年少チャンピオンにして、伝説のトレーナー。ヒビキが憧れる、雲の上のような存在だ。
グリーンはカントー地方最大の砦と言われるトキワシティのジムリーダーであり、元チャンピオンでもある人。

二人の出身地――それは、トキワシティの隣町である、マサラタウンだった。


「トキワには、父さんがいくら悪党だろうと、慕ってくれる人間がかなりいる。まぁ、みんな身内みてーな町だし・・・自分が生きやすければ、世界なんてちっぽけでも構わない・・・んだってさ」

「!」

「じゃぁな。次会う時は、俺がお前を倒す時だ」


去っていくシルバーを見て、ヒビキは無性に泣きたくなった。

――あの優しくて、悲しい双子は、生きている。

それだけで、今のヒビキには充分過ぎる事実だった。






あの夜、双子が展望台から飛び降りて、着地したのは固いコンクリートではなく、温かい生き物特有の体温の上だった。


「?」

「・・・?・・・リザードン?」

「姉さん、兄さん・・・」


二人が顔を上げた先、リザードンの主が振り向く。
艶やかな黒髪と、透き通るような赤い瞳に、双子は見覚えがあった。


「「レッド?」」

「覚えてて、くれたんだ」


少しはにかむよう、赤い瞳を細める少年――レッドに、双子は目を見開いて驚いた。


「な、なんで・・・?」

「・・・何故、レッドがここにいるのですか?」

「ラジオで・・・聞いたから、急いで来た」


――姉さんと兄さんを、救う為に。


レッドは、サカキから二人の話を聞いたことを簡潔に話した。そんなサカキの話から、双子の"夢"を見出だせたことも。


「トキワに、帰ろう」

「「・・・」」

「グリーンが、姉さんと兄さんの"世界"を作って、待ってるから」


エストの瞳から、一筋の涙が零れた。
それに気付いたランスが、舌先で優しくそれを拭う。


「エスト姉さん」

「なに、ランス」

「・・・帰りましょう、」


――私たちの、故郷に。






それから、トキワシティには"双子の天使がいる"と、まるで都市伝説のように、ささやかな噂が流れ出した。

天使のように美しく聡明で、優しい双子は、許されない愛を赦された町で育みながら、人々に笑顔を与え、幸せに暮らしていると。

トキワシティの住民は、噂を聞いて立ち寄った旅人にも、誰もそのことを詳しく話そうとしない。しかし、決してその"双子の天使"が虚言であるとは言わないのだ。


「姉ちゃん、兄ちゃん!」

「・・・・・・」

「あれ?グリーン?ジムはどうしたの?」

「レッドまで・・・貴方たち、職務放棄は社会人として許されませんよ」

「俺は今日ジム休みだし!」

「・・・、・・・シルバーは?」

「シルバーはまたヒビキ君の所にバトルしに行ったよー」

「次負けて来たら、お仕置きですけどね」

「ランス兄ちゃんこえー!」

「ランスはスパルタだから」

「兄さん、僕もバトルしたい」

「「どっちと?」」

「・・・・・・今日は、エスト姉さんと」

「了解・・・手加減しないよ」

「あ、レッドずりー!」

「では、グリーンは私とバトルしましょうか」

「やったぁ!」






この世界が正しいというのならば、彼等の存在はまさに背徳だろう。
それでも、彼等の存在を認め、望む人間も、また存在する。

誰に許されなくとも、赦されなくとも、強すぎる愛情と依存に"法律"は存在しない。

善いも悪いも、たった一つの運命的で必然である"夢"には、関係などないのだ。


それが、たったの小さな世界でも、彼等にとっては楽園となる。






背徳の
世界を望む

(だって、この世界は慈愛に満ちているのだから)




2011.07.30 ...end





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