私たちはシロガネ山の麓のポケセンに着陸し、とりあえずお風呂に入ってからあの空洞へ戻ることにした。 ポケセンに入った瞬間、ジョーイさんから「お帰りなさい」と微笑まれ、またしてもじんわりと胸が温かくなる。ただ、何で私たちが出掛けていたことをジョーイさんが知っているのかは不明だ。 取った部屋はこの間使用したのと同じ部屋で、何だか自分の家が三つも出来た気分になった。勿論、一つ目はシロガネ山の空洞で、二つ目はマサラタウンのレッドの家。 もしも元の世界と連絡の取れる方法があったとして、四年程連絡を取っていない弟に「家が三つもあるんだよ、家族ができたんだよ」と言ったら、弟は喜んでくれるのだろうか。 あの子も散々色んな思いをしてきたのだし、私と一緒にポケモンの世界へ飛ばされてしまえばよかったのに、なんて、考える。 ママにも言った"天涯孤独"というのは、嘘じゃない。 私が成人した時、お互いに連絡を取るのはやめようと決めたのだ。 私も弟も、早く自立したかった。母親と繋がれた"金"という糸にこりごりしていたのは、私だけじゃない。 まぁ、弟には二ヶ月に一回ペースで、一方的に仕送りなんかしていたのだけど。 嫌い合っていたわけじゃない。寧ろ、私たちは仲の良い姉弟で、お互いを信頼していたからこそ離れる決意をしたのだから。 「ぴーっか?」 「フィー?」 「・・・ん、ごめんね。ぼーっとしてた。もしかしてのぼせちゃった?」 「ぴかぴっ!」 「フィー!」 温かいお風呂に浸かりながら、すっかり思考の波に飲まれてしまっていた。キティとレディが心配そうな表情をしたけれど、首を傾げながら微笑めば、彼女達も「大丈夫だよ」というように笑ってくれる。 キティにもインにもレディにも、救われてばっかりだなぁ。この子達には、私の不安を包み込んでくれる柔らかい暖かさがある。 ――本当に、出会えて良かった。 お風呂から上がり、ベッドに座ってから、インを出した。 一人暮らしのアパートくらいあるこの部屋なら、インを出しても問題はない。レッドの大型ポケモン達は無理だろうけど。 「ごめんね、インもお風呂入りたいよね・・・」 「キィ・・・」 少し寂しげなインの様子が、切ない。 だからと言って、ポケセンのお風呂にインまで入れるスペースはない。 「・・・あ!」 どうしようか考えていたら、良いことを思い出した。 私は早速ポケギアを取り出して、目的の人物に電話をかける。 時刻は二十一時。健全な十代後半なら、まだまだ余裕で起きてる時間だろう。 ――Pururururu... 『はい、』 三コールで電話に出たのは、グリーンだ。 「もしもし、ミチルだけど・・・まだ起きてた?」 『ミチル?起きてたけど、どうした?っつーか、ガキじゃねーんだからまだ起きてるっつーの!』 「ははは」 一応笑っておいたが、私から見ればグリーンも充分ガキ扱いな年齢である。 「あのさ、グリーンってお姉さんいるんだよね?」 『?いるけど』 「ポケモンの毛繕いが上手だって聞いたんだけど、」 『ああ・・・レッドからか?姉ちゃんは花嫁修行だかなんだかで家にいるけど、元ブリーダーだぜ?その方面はプロだ』 「そうなんだ!あのね、今度マサラタウンに帰ったら、グリーンのお姉さんに毛繕い習いたいなって思ってさ」 『マジで!?姉ちゃんゼッテー喜ぶぜ!でも、いきなり何でだよ?』 「うちのイン・・・クロバットは大きくてお風呂入れてあげられないから・・・」 『成る程なぁ・・・まぁ、頼んどいてやるよ』 「ありがとう!」 レッドもママも勿論だけど、やっぱりグリーンも優しい。 『じゃ、姉ちゃんの連絡先ミチルに送っとくから・・・って、ん?』 「へ?」 『マサラに帰ったらって、お前・・・今どこに居るんだよ?』 「どこって、シロガネや・・・あ、」 『ちょ、おま、何で連絡寄越さねーんだよ!!!!』 「れ、レッドが別にいらないって・・・」 『あのヤロー!!!!』 「ご、ごめんね?とりあえずそういうことだからまた連絡するねおやすみなさい!」 何だか不穏な空気になりそうだったので、一人でまくし立てて切ってしまった。 レッドがグリーンに何かされなきゃいいんだけど・・・まぁ、大丈夫だろう。レッドなら返り討ちにするだろうし。 そうして電話を切ってから一分も経っていないうちに、ノックの音が聞こえた。 私の部屋を訪ねて来る人物なんか、決まっている。 「レッド?入っていいよ?」 ――カチャリ ドアが開いた先に居たのは、案の定レッドだった。 「・・・風呂、出たんだ」 「うん、勿論!レッドお気に入りのシャンプー、髪サラサラになって気持ちいいね」 「何か、色んな木の実ブレンドしたやつらしいから」 「へぇー・・・」 木の実って色んな効果があるんだなぁ、と、感心していたら、レッドが私の横に腰掛けた。今気付いたけど、レッドの後ろにピカチュウがいたらしく、お風呂上がりのキティにくっついて遊んでいる。 あ、レディがこっちにきてしまった。 「あ・・・」 「ん?」 逃げるようにやってきたレディを抱き上げると、レッドが私を見て何かに気付いたらしい。 「どうしたの?」 「髪・・・濡れてる」 「へ?・・・あぁ、お風呂上がってすぐ電話しちゃったから、まだ乾かしてないの」 「・・・やってあげる」 「え」 「ドライヤー持ってくる」 レッドは私に答える暇さえ与えずに、洗面所へ行ってしまった。数十秒待つと、ドライヤーとブラシを手に戻って来る。 「ミチル、後ろ向いて」 「ん、」 きちんと後ろを向くと、ブォーというドライヤー特有の音と共に、髪をブラシで引っ張られるような感覚がした。 でも、痛いわけじゃなくて、何だか気持ちいい。プロの美容師さんにやってもらっている気分になる。 「次は、前髪」 「あいあい・・・」 まどろんでしまいそうな気持ち良さだった。 今度は前髪を丁寧に乾かされ、私はポシェットから出して待機していた鏡に自分を映す。 「うわぁ・・・レッド、ブロー上手いね・・・」 「そう?」 ええ、かなり。 ママがシェフ並の腕前と器用さを持っているのなら、レッドは美容師になれるかもしれない。愛想がなくても実力があればなんとかなる。 「もしかして・・・レッドって自分の髪も自分で切ったりしてるの?」 「?うん、シロガネ山に理容室ない」 そりゃそうだ。 「手先器用でいいなぁ・・・」 「・・・今度からやってあげよっか?」 「いいの!?」 「うん」 保護者で恩人でお兄ちゃんな彼に、"私専属美容師"という新しい称号が加わった。 毛繕い (ミチルの綺麗な髪)(他の誰かが触るなんて、ちょっとヤダ) 2011.07.30 |