レッド君に抱えられたまま、彼の家の前に到着した。 ここまで一直線に来たけれど、やっぱりゲームとは少し違って、レッド君やグリーン君の家以外にも知らない人の家がある。 なんだかそんな家からの生活臭が、やけに懐かしさを感じさせる町。田舎に住んだことはない筈なのに、胸がじんわり暖かくなった。 「・・・ただいま」 レッド君がガチャリと玄関のドアを開け、何とも無しに家へ入っていく。 二年も行方をくらましていた彼より、レッド君に抱っこされている私の方が緊張しているなんて、どうなってるんだ。 「レッド・・・?」 「うん」 奥から出てきたのは、物凄く美人で若い女の人。多分、彼女がレッド君のママなんだろう。 「帰ってきたの・・・?」 「一時的に」 「!・・・あらあら!しかもこんなに可愛らしいお嬢さんまで連れて・・・!」 「え、と、あの、初めまして」 「初めまして!私はレッドの母親やってます」 ちょ、母親やってますって、ママさん。 二年ぶりの息子が突然前フリなしに帰ってきた(しかも女連れに見える格好で)からって動揺しすぎ・・・いや、普通に動揺するか。 「私はレッド君に昨日保護されました、ミチルです」 「あらそうなの!レッドが人助けなんて珍しいのね〜!まぁ、ミチルちゃん可愛いからしょうがないわよねっ!」 珍しいんだ、と思ってレッド君の顔を見上げると、何だかバツの悪そうな顔をしていた。なぜ? 「とりあえず二人とも、そんなところにいないで上がって!ミチルちゃんも紅茶で大丈夫かしら?」 「あ、はい!紅茶大好きです!」 「ふふ、良かったわぁ」 そうして、私はレッド君と一緒に家の中へ上がるのだった。 「レッド君、」 「?」 「もう家の中なんだから、降ろして?」 「・・・・・・やだ」 なんでだ。 私の足はこのフローリングを汚す程汚くはないぞ。 訝しげな表情でも浮かべていたのだろうか、レッド君が口を開いた。 「・・・母さん、ミチルのこと気に入ったみたい」 「え、本当ですか?」 「うん・・・だから、ヤダ」 「はい?」 会話のキャッチボールが微妙にうまく出来ていない。 だから何で何が嫌なんだ。 「・・・・・・ミチルが、母さんに取られる」 ・・・・・・Why? 「何言ってるんですか、レッド君」 「?」 「レッド君の保護者はレッド君のママさんですけど、私の保護者はレッド君なんですよ?レッド君がいなくなったら、私の居場所がなくなっちゃいます」 「・・・そっか」 「はい。だから、捨てないでくださいね?あまりにウザかったら、言ってくれれば自分から去りますので」 「・・・大丈夫、そんなことミチルには絶対思わない」 「ありがとう、ございます」 赤い瞳が、優しげに細められる。 人間の言う「絶対に裏切らない」と言う台詞が、私は嫌いだ。口先だけでそう約束しても、結局は最後に裏切られる。 でも、レッド君の言うことなら信じられる気がするんだ――彼は嘘を吐かない。 出逢ってまだ一日しか経っていないけれど、私の中でレッド君に対する信頼という物が、確実に芽生えているのだと思った。 レッド君に相変わらず姫抱っこをされたまま、リビングへ入る。レッド君はリビングのテーブルと向かい合うようにしてあるソファに私を降ろし、彼は彼の自室へ向かってしまった。 「あら?レッドは?」 「自分の部屋に行きました」 「そう・・・まぁ、都合がいいわね♪」 「え・・・?」 紅茶を持ってきたレッドママンの表情は、何だか恋バナが大好物な女子高生のようだ。 レッドママンにいれてもらった紅茶は、ジョーイさんのいれてくれた紅茶よりも美味しかった。 香り・温度、全て完璧である。 「レッド君のママさん、紅茶いれるのお上手ですね」 「ふふ、そう言って貰えると嬉しいわぁ」 本当に絶品である。 向こうの世界にいた時、紅茶やコーヒー、お酒に関しても、とことんこだわりがあった私。今の外見年齢でカクテルを作るわけにはいかないが、こちらの茶葉やコーヒー豆にはとても興味がある。 「レッド君のママさん・・・」 「?どうしたの?」 「この茶葉・・・売ってるお店を教えて貰ってもいいでしょうか?」 「あぁ、この茶葉はタマムシデパートで買ったのよ。私もかなりお気に入りな一品なの」 これは気に入るだろう――味は勿論、紅茶の命である香りは、まさに一級品だ。 「そういえば、ミチルちゃんはレッドに保護されたって言ってたけど・・・」 「ああ・・・私・・・自分でもよくわかっていないのですが、夜に自分のベッドで寝たら、シロガネ山で目を覚ましたんです・・・」 相手がレッド君のママであるからか、妙な安心感があり、彼と同じように私の状況や経緯を説明した。 この世界は私の世界ではゲームになっていて、そのゲームをやりながら寝落ちてしまい、気が付いたらシロガネ山で倒れていたこと。 元の世界に"帰れない"確信が持てること。 故に、この世界では戸籍すらなく、本当に天涯孤独の身となってしまったこと。 そんな私を命の危機からたまたま居合わせたレッド君が助けてくれ、彼が保護者として私をトレーナーにしてくれたこと。 非現実過ぎる、本当の話。 レッドママンは、ずっと黙って聞いてくれた。 「・・・じゃあ、ミチルちゃんにこの世界の家族はいないのね」 「家族は・・・元の世界にもいません。父親は知りませんし・・・母は、私と私の弟のことを、金ズルとしか思っていないような方でしたから。こちらにいても、元の世界にいても、天涯孤独であることに変わりはありませんよ」 私は苦笑する。こんな身の上話は、色んな友人に"どうでもいいこと"として軽く話してきた。 「・・・ミチルちゃん」 「?どうしました?」 「レッドがミチルちゃんの保護者なら、レッドの親である私にもその権利があるわよね?」 「?・・・???」 「私はポケモンも持ってないし、頼りないかもしれないけど・・・この世界で、ミチルちゃんのお母さんになりたいな」 「え・・・」 「勿論、同情なんかじゃないわよ?単純に、ね、私がミチルちゃんを好きだから・・・私の娘になってくれないかしら?」 「・・・へ?」 「私、女の子の子供に憧れてたのよ〜!見ての通り、レッドはあれじゃない?男の子でも変わってる方だし・・・ミチルちゃんさえよかったら、私の娘になって欲しいわ!」 レッド君のママの優しさに、柄にもなく泣いてしまいそうだ。 家族という温かい存在に、憧れていた。休日に楽しげに歩く親子連れを見ては、虚しさに打ちのめされた。 "温かい普通の家族"に、憧れていた。 「で、も・・・そんな、迷惑では・・・」 「そんなこと思ってないわよ〜!私から提案したんだし、ね?」 「あ、りがと・・・ござい、ます・・・」 ポケモンの世界に来て、私は初めて"優しいお母さん"が出来た。 目の奥が熱くて、それでも本当に嬉しくて、胸がキューっとなる。 「レッド君のお母さん・・・」 「だめよミチルちゃん。戸籍上は違うけど、私はミチルちゃんのお母さんなんですから」 「・・・・・・ママ?」 「・・・〜〜〜ッ!!!! ミチルちゃんのことは、私とレッドが絶対幸せにしてあげるわ!」 「あ、りがとう、ござい、ます・・・」 一般的な家族の親子関係に言われる"無償の愛"というものが、少し理解できたような気がした。 「あ、ミチルちゃんさえ良かったら、レッドのお嫁さんになってあげてね☆」 「・・・・・・・・・・・・え?」 しかし、それは流石に受け取れません。というか、レッド君には言い寄ってくる女の子がたくさんいると思うんだけど。 「レッド君なら私なんかより素敵な相手がいると思いますが・・・」 「いーえ、私が気に入って、レッドが選んだのだから・・・貴女は素敵な女の子よ」 レッド君のおかあ・・・ママの言い分はよくわからなかったけど、私は私で、この世界に置ける"居場所"が出来たことに、喜びを感じざるを得なかった。 初めてのママ (でも、私がお嫁さんとかレッド君が可哀相だろ) 2011.06.15 |