「・・・・・・ん、む」


死んで、目覚めて、花の海で溺れた私。
――長い夢の中を、ただよっていた気がする。

やけに重たい瞼を持ち上げると、私を覗き込んでいる見知らぬ女性と目が合った。


「・・・・・・ん、あ?」

「あら・・・!あなた、あなた!ベニカが目を開いたわよ!」


"ベニカ"というのは、もしかして私のことなのだろうか。
たっぷりとある美しい金の髪に、赤っぽい茶色の大きな瞳。とても美しい顔立ちをしたその女性は、おそらく旦那さんを呼んだ。


「・・・・・・ああ」


動きにくい首を必死に動かし、女性が呼び掛ける方向を見つめる。高そうな黒いソファに座る、黒髪の男。彼は何か本でも読んでいるらしく、振り向こうともしない。


「あなたってば!・・・もうっ!」


憤慨した様子の女性は、怒った顔も綺麗な人だった。
振り向かない彼の代わりに、ソファで隠れていた何かが、のっそりとこちらへ近付いてくる。
猫だ。それも、一般常識を軽く超越した、まるで動物園で見たライオンか虎のように、巨大な猫。


「あら、ペルシアンは優しいのね」


そう言って巨大猫に微笑み、女性は私へ視線を戻す。


「こんなに可愛らしいベニカちゃんより本に夢中だなんて、困ったパパね」


私の頭の中は、酷く混乱していた。
私は"ベニカ"という名前ではないし、この美人も、本に夢中な父親らしい男性も、知らない。
私のお母さんは至って普通の日本人だし、お父さんはあんなに艶めかしい黒髪ではなかった。白髪まじりの、短髪だった筈なのだ。

そして、この巨大猫――この猫のことを、女性は何と呼んだ?

――"ペルシアン"。

それは、私が大好きだったゲームに出てくる、ポケモンというモンスターの名前ではなかったか。

愛する者を見るように、優しげな目を私に向ける女性。その傍らには、架空の世界の動物。


「あ・・・あ、う?」


その時、ようやく私は自分が喋ることの出来ない事実に気が付いた。

――ま、さか、

必死に上げてみた腕。その先にくっついているのは、記憶よりも随分と小さく、柔らかそうな手。


「う、あ・・・あ、あぁ・・・」


身体が縮んでいる。いや、縮んでいるどころの騒ぎではない。これではまるで――まるで、赤ん坊ではないか。

恐怖が、体中を這っているようだった。
見知らぬ男女、架空のモンスター、赤ん坊のような――私。


「・・・どうしたの?大丈夫?」


私の異変に気付いたらしい女性が、心配そうに私を見る。しかし、どう反応していいものか、さっぱりわからない。


「あ・・・う、」


架空のモンスター猫――ペルシアンも、首を傾げている。


「あなた・・・あなた、サカキ!」

「・・・なんだ、」

「ベニカの様子がおかしいのよ」


"サカキ"?
サカキって、あの、悪の組織ロケット団の首領で、トキワのジムリーダーなサカキのことだろうか。

男性はのっそりと立ち上がり、こちらへ近付いてきた。

オールバックにされた、黒髪。ギラギラと燃え盛る炎のような、闇色の目。端正な顔立ちと、威圧感をデフォルト装備したような、オーラ。
画面越しのアニメちっくに描かれた人が、本当に存在すれば、きっとこうなるのだろう。私を覗き込む闇色の瞳に、動くことさえままならないというのに、逃げ出したくなった。

ぬっと、こちらへ伸びて来る手。
骨張った手が私の頬に触れたとき、思わず肩が震え、目を閉じてしまった。


「・・・怯えてるな」

「え?怯えて・・・?」

「あぁ」


「何でかしら?」と首を傾げる女性に言いたい。犯罪組織の首領に怯えない一般人なんて、普通は存在しないだろうと。
そんな女性を無視して、男性――きっと、本物の"サカキ"は、私に笑った。


「私のことがわかるのか?」

「あう・・・うー」

「ふっ・・・随分と賢く生まれたらしいな。お前が話せるようになるのが楽しみだ・・・ベニカ」

「うぁぅ」


その言葉に、驚いたのは女性らしい。「あのサカキが・・・」という呟きが聞こえてきた。
普段はどんなんなんだ、サカキ。

――取り合えず、わかったこと。

ここは私が大好きなゲーム"ポケモン"の世界で、私はロケット団首領・サカキと、あの金髪美人の娘"ベニカ"として、生まれたということ。
私にとって"現実"だった世界に、私の居場所はもうないのだろう。何せ、神様の意地悪か何か知らないが、私は私自身の葬式にまで出てしまったのだ。

私の罪は、命一つでは足りないのだと、そういう意味なのだろうか。

何にせよ、私はもう一度"生"を与えられたらしい。

"輪廻転生"という言葉は知っていたけれど、前世の記憶は私の魂に刻み込まれているみたいだ。

そこで、わかったことはまだある。

神様は意地悪とか残酷とか、そんなレベルではない。むしろ、神こそが悪魔のような奴だということ。

そして、輪廻転生というのは、必ずしも自分が生きたのと同じ世界で魂が廻るわけではない、ということ。




新しい自分

(ねぇ、神様)(あなたは私が憎いのですか)




2011.03.22


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