――気付いたら、真っ黒な場所に居た。

此処は何処なのだろうか。最後の記憶がまどろんでいることからして、夢の中なのだろうか。
しかし、それにしては、やけに現実的な夢だった。触れた自分の左手首は確かに温かく、波打つ血脈も確認できる。


「・・・誰か、いないの?」


私の声は、闇に吸い込まれるように消えた。反響すれば、それはそれで広い真っ暗な空間に独りだという恐怖を感じたのだろうが、消えた声にも別の恐怖を感じる。


「お父さん、お母さん、ポンちゃん、レオ君・・・」


思いつく限りに名前を呼んでも、誰も私に気付いてくれる人はいない。それどころか、呼んだ名前すら、暗闇に吸い込まれていく。


「・・・私、もしかして・・・死んだの?」


誰に問い掛けたわけでもなかったのだけれど、その言葉が暗闇を壊した。






開けた青空に、雲は一つも見当たらない。
真っ暗な場所が壊れたと思えば、何故か宙に浮いている私の真下では、酷く落ち込んだ表情の真っ黒な集団が列を作っている。
――お葬式、だ。

興味本位で近付くと、お寺の入口に立て掛けられた看板を見て、私は愕然とした。

――そこには、私の名前が書かれていたのだ。

先程の独り言は、真実を言い当ててしまったらしい。私は――死んでしまった。
よく考えれば、このお寺は私の故郷の田舎にあった建物だ。つまり、私の葬式は、田舎のお寺で行われるのだろう。
先程見た黒の行列は、参列者の人達だ。

遠縁の親戚、田舎でお世話になった人々、数少ない友人達もみんなこんな田舎まで来てくれたらしく、顔を涙で濡らしていた。
ズキン、と、心臓が痛む。


「・・・・・・んでぇ」


その時、列から外れた場所で声が聞こえた。
振り向けば――友人達の中には見えなかった、二人の親友がいる。一人は膝を抱えて座り込み、もう一人は拳をギュッと握り締めて俯いていた。二人に共通しているのは、二人とも肩が震えているということ。


「なん、でぇ・・・なんで、いないの?なんであの子がこんな目に合わなくちゃならないの!?」

「・・・・・・せやな」

「辛いのも苦しいのもあの子だったのに!!なんで?どうして!?あの子ばかり神様は辛い目に合わせるのよ!!」

「・・・・・・ああ」


ヒステリックに叫ぶ同い年の親友と、年上の親友。いつも明るい二人の周りに、黒く澱んだモヤモヤが見える。憎悪、怒り、悲しみ――この世のあらゆる負の感情をつめこんだような、モヤモヤ。


「・・・俺らが向こう行った時は、銀に一発殴って、あいつ等連れて・・・
――・・・神様、殺してまお」


スラリと伸びた長身の彼。俯いて見えない顔から、はたり、はたりと涙が落ちた。


『ごめん・・・ごめんね・・・神様じゃなくて、悪いのは私だよ』


私の声が、空気を震わせることはできない。
あるはずがないのにズキズキと痛む胸を抑えると、私の頬にも涙が伝った。

自分の死を悼んで泣いてくれる人達の姿に、罪悪感と悲しみが同時にせり上がってきたのだ。
暗闇を抜け出せたと思ったら、まさか自分の葬式だなんて。悪いのは私だけれど、神様っていうのが意地悪だと思うのは、しかたがないことだと思う。

意外と長かった参列者の最後には、毎年私にかすみ草の花束と、"ごめんね"の言葉をくれる二人がいた。その後ろには――まさか、"彼女"もいるだなんて。

最後に顔を合わせた時よりも、二人は老け込んでしまっている。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい」

「・・・・・・・・・」


ひたすら謝る女性と、無言で相槌を打つ男性。
それは、こちらの台詞です。どうか、お願いだから、もう謝らないでください。

私が彼らに現実でそう言えなかったのは、彼らは私に対して"謝罪"をすることを生き甲斐にしている節があったからだ。
初めて花束を貰った時、罪悪感で身を切られそうになった私は、すぐにそれを送り返した。そうしたら、新しい花束と一緒に、電話が来たのだ。


『君が、僕らを怨んでないとは・・・銀を憎んでいないとは、わかっているんだ。だけどね・・・許してくれないか。私たちに出来る、君と、銀に対する唯一の贖罪を』


男性の声は、震えていた。彼の後ろからは、女性が啜り泣く声も聞こえる。
沢山の笑顔で迎えてくれたのに、私は――私たちは、彼らを泣かせてばかりだ。笑顔の記憶は薄れ、悲痛な面持ちばかりが鮮烈に記憶に刻まれている。


『ごめんなさい・・・銀パパ、銀ママ』


いつだって優し過ぎる貴方達が、私は大好きだったのに。


「・・・・・・さない」


彼らの物ではない、声が聞こえた。忘れもしない、"彼女"の声。


「・・・私は、絶対に、許さないんだからッ」


怒りに歪んだ彼女の頬に、涙が伝った。それが意外過ぎて、思わず呆然としてしまう。


「お兄ちゃんのこと・・・アンタがしたこと、許さない。でも・・・最期まで私に謝らせてくれなかったアンタを・・・私は許せないんだ、から」


最後の方は、嗚咽が滲んでいた。
ここ一年はなくなっていたけれど、毎日のように届く彼女からの嫌がらせの手紙や電話は、確かに私の病気に一因している。彼女は、彼が死んだ原因が、私だと知っている人物。
彼女は彼の――銀の妹。

――"許さない"。

その一言は、鈍器で殴られるよりも痛かった。

ふらふら、ふらふら、お寺の中に私も入る。見ていられなかった。聞いていられなかった。

沢山敷かれた座布団に、ぱらぱらと参列者だった人達が座る。一番前の列に、見慣れた後ろ姿を見つけ、思わず近付いてしまった。


『お父さん、お母さんっ』


ただ、俯く両親。抱き着いてしまいたい衝動を、必死に堪える。今の私には、触れることさえ叶わないのだから。


『ごめんね・・・っごめんなさい、ごめんなさい!!』


ぼろぼろと、涙が零れた。こんなにも両親の絶望的で虚空な目は、見たことがない。


「――・・・?」


ふと、お母さんが私を見上げた。正しくは、私がいる空の空間を。


「・・・――・・・」


あまりにも、小鳥の囀りよりも小さな囁きのような声。しかし、お母さんが何を言っているのか、唇の動きで理解できる。

――私の名前だ。

お母さんの空っぽな瞳から涙が溢れ、こちらに向けて手を伸ばしてくる。
それに気が付いたお父さんが、お母さんを悲痛な表情で止めた。それでも、お母さんは私に手を差し出してくれている。


『お、かあ、さ・・・っ』


耐え切れなくなって、私も腕を伸ばした。

――けれど、やはり、
私の身体は、お母さんを擦り抜けてしまった。

――絶望が襲う。


「・・・返して・・・あの子を返して!!」


――罪悪感に、押し潰される。


「返してよぉ・・・連れて、行かないで・・・」


――再び、目の前が真っ暗に染まった。




神様は、意地悪どころじゃなくて、とても残酷だ。

死にたくなんて、なかったのに。大切な人がいるから、償わなければいけない罪があるから、どんなに辛くても、どんなに苦しくても、生きていこうと思った、のに。

大切な人を、死なせた罪。
大切な人達を、悲しませ、憎しませ、贖罪の場所さえ奪った罪。
大切なみんなを、絶望に突き落としてしまった罪。

私には、罪ばかりが重ねられていく。


「う、あぁ・・・・・・」


真っ暗な闇に、白い花が降ってきた。
ひらひら、ひらひら、散りゆく桜のように降り積もるその花を見て、私は絶望する。


「あ・・・ああぁあぁ・・・」


やむことを知らない白い花の海で、私は呼吸ができなくなり、目を閉じた。




かすみ草の海に溺れる

(それは、罪悪の海)




2011.03.21


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