「ポンちゃん、ポンちゃん、ちょっと待って」


ソファに寝転がりながら本を読む俺の横で、パタパタとリビングを駆け回る一人と一匹。それは、俺より三つ年上の姉と、姉さんの手持ちのポケモン――ニャルマーの"ポン太"。
いつもなら、姉さんにくっついて離れない甘えたなポン太が、何故か今は姉さんから逃げている。それを疑問に思った俺は、他の姉さんの手持ちであるペルシアンの"ギン"と、デルビルの"レオ"を見て、何があったのかよくわかった。
――二匹とも、ずぶ濡れである。

おそらく、今日は天気がいいから、姉さんは外でポケモン達を洗っていたのだろう。姉さんと俺と俺達の目付け役である男、あとは姉さんのポケモン以外に懐かないポン太は、外の人間やポケモンにそんな失態見せたくないから逃げ出した――というところだろう。
ギンとレオは呆れたように、追いかけっこをする一人と一匹・・・いや、ポン太を見ている。
俺は一つ小さな溜め息を吐いて、困り顔で走る姉さんに声をかけた。


「・・・姉さん」

「ん?あ、シルバー。ごめんね、うるさかった?」

「いや、それは別にいいんだけど・・・ポン太、嫌がってるみたいだし、夜に風呂入れればいいんじゃないの?」

「・・・でも、せっかくいい天気だし・・・今日はあったかいし・・・」

「嫌がってたら意味ないんじゃない?」

「・・・確かに」


俺の言葉に納得した姉さんは、走るのをやめて、しゃがみ込む。いきなり追っ手をなくしたポン太は、不思議そうに姉さんを振り返った。


「ごめんね、ポンちゃん。もう無理言わないから、みんなでひなたぼっこしよ?」


差し出した姉さんの腕に、言葉を理解したポン太は嬉しそうに駆け寄り、長い尻尾を絡ませながら擦り寄った。


「ズバットも、する?ひなたぼっこ」


ポン太を抱き上げた姉さんは、何処か宙に向かってそう問い掛ける。すると、何処からともなく現れたズバットが、姉さんの肩に着陸した。どうやら、ズバットもひなたぼっこをするらしい。ズバットなのに。

ちなみに、ポケモンへ名前を着けて可愛がる姉さんが、ズバットにだけ名前を与えていないわけではない。ズバットは、姉さんの手持ちじゃなくて、俺のポケモンだ。全然構ってやらないトレーナーの俺よりも、ズバットは姉さんに懐いている。
そんな姉さん達を見ていると、俺は言い知れない感情が胸に渦巻く。

その感情に知らんぷりを決め込み、姉さん達の様子を見てから、俺が再び本に視線を戻した時だった。


「シルバーもする?ひなたぼっこ」

「・・・・・・・・・」

「あ、でも本読んでるよね」

「・・・・・・する」


そう言うと、姉さんは晴れやかな笑顔を浮かべた。
言い知れない感情――俺は、その感情の名前に、気づいている。




俺と姉さんは、母親が違う。姉さんの母親も、俺の母親も、死んだらしいのは同じだけれど。
だから、姉さんと俺とは、性格も違えば見た目も全く違うのだ。

姉さんの髪は、父親と同じダークブラック。瞳は、母親に似たのか、綺麗な赤だ。
対して俺は、赤い髪に黒い瞳。姉さんとは、逆の色で生まれてきた。

しかし、明らかに母親が違う俺を、姉さんが疎むことはなかった。

滅多に帰らない父親の、その部下の話によると、俺が生まれた時、姉さんは大層喜んでいたらしい。これは確かな話じゃないけど、俺に"シルバー"って名前が与えられたきっかけも、姉さんだったという噂だ。

滅多に家に帰って来ないくせに、偉そうで、人を見下したような態度しか取れない父親が、俺は嫌いだ。俺を遺して死んだという、母親も大嫌いだ。
だけど、俺は――姉さんだけは、大好きなんだ。

言い知れない感情の正体――それは、きっと、"寂しさ"という名前。

嫌いな父親から貰ったズバットを可愛がれない、俺。そんな俺のズバットと、きっと俺は、同じ。

トレーナーの俺に構って貰えないズバットは、唯一可愛がってくれる姉さんが大好きで、懐いている。
父親や母親に見放された俺を、唯一愛してくれる姉さんが、俺は大好きで、しかたがないんだ。

大好きで、大好きで、それでも捻くれた性格をしている俺は、いつも可愛くない態度をしてしまう。それでも、姉さんは、「そんなシルバーも大好きだよ」って、笑ってくれるんだ。




「・・・・・・姉さん?」


二人と四匹で寝転がった、窓から太陽の光が差し込むフローリング。枕になってくれているペルシアンは、いつの間に乾いたのか知らないけど(きっと姉さんが乾かしたんだ)、もふもふの毛皮が心地良い。
俺以外はみんな眠ってしまったようで、すこやかな寝息が聞こえてくる。

暖かい、午後。


「・・・姉さん、大好き」

うとうととまどろむ意識の中で、優しい声が聞こえた気がした。


『私も大好きだよ、シルバー』




――俺が五歳で、姉さんが八歳の、初夏。

優しくて、暖かい、そんな大好きな姉さんの、赤い瞳に宿る暗闇に、まだ俺が気付けなかった頃の話。




日だまりの夢

俺は、気付けなかった俺の愚かさを、憎む日が来る未来をまだ知らなかった




2011.03.19


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