次の日、僕は予定通り朝一でソノオの花畑に向かった。購入する花は、しっかり決めてある。
母の遺してくれた本には、ご丁寧にも花言葉まで記載されている物が多く、一つの言葉が目に飛び込んで来た瞬間、僕は即座に決定したのだ。

まだ雨の降り続ける朝。寝起きのフワライドは外に出るのを渋ったが、「ミウミちゃんの為なんだ」と告げれば、さっきまでの態度は反転し、やる気満々といった様子だ。本当に、僕のポケモンはとても彼女に懐いている。
いつか彼女が成仏してしまったら、この子達は悲しみに暮れてしまうのだろうか――そんなことを考えて、やめた。
何故だか、彼女を成仏させる筈の僕まで悲しくなって来たからだ。




大雨のエンジュシティとは違い、ソノオの花畑は清々しい程の晴天だった。
フラワーショップに行って、目的の花を頼む。折角なので、花がきちんと見えるよう、丁寧にラッピングもしてもらった。


「彼女さんにプレゼントですか?」


笑いながらそう聞いてくる店員さんに、僕は薄ら笑いでごまかすしかない。
まさか、


「同居人のお墓に供えるんです」


なんて、言えないのだから。(頭がおかしい人に思われちゃうだろう?)




戻ってきたエンジュシティは、やはり雨が降っている。しかし、朝のような大雨ではなく、比較的緩やかな雨だ。これならば、墓参りをするにも障害にはならないだろう。

家に着くと、玄関でゲンガーがタオルを抱えて待っていた。僕は頑張ってくれたフワライドをまず拭き、更に渡されたタオルで頭を拭く。出かける前に、一度シャワーを浴びなければいけないな、と思いながら。


「お帰りなさい、マツバさん」


居間から出てきたミウミちゃんは、少しそわそわした雰囲気だ。当たり前だろう、今日は自分の命日で、自分の遺骨が収まっているお墓へ自ら墓参りに行くのだから。


「あ、お風呂ためておきましたよ。この雨だから、芯まで冷えていると思って・・・ただ、実際にやってくれたのはゲンガーなんですけどね」


物に触れられない幽霊の彼女を、僕の手持ちのゴーストタイプのポケモン達はよくサポートしてあげている。
きっと、玄関でタオルを抱えて待っていたゲンガーも、彼女に頼まれてそうしたのだろう。普段のゲンガーはそんな気遣いをしてくれない。(寧ろ、ずぶ濡れの僕を指差して笑うだろう)

僕はミウミちゃんの好意に甘えてゆっくりと湯舟に浸かり、体の芯まで温まった所で風呂を出ると、自室に戻り喪服として使用している黒いスーツを取り出した。
このスーツに袖を通す度、いつもはやるせない気持ちになっていたものだ。でも、今日は違う。何だかとても不思議な感覚。

スーツを身につけ、真っ黒なネクタイを締めて、髪型を整える。
そのままミウミちゃんの待つ居間に戻ると、彼女は大きな瞳を更に見開いて、僕を見た。

え?


「何かおかしいかな?」

「!、い、いえ!おかしくなんて全然ないです!」


そうは言うものの、ミウミちゃんは僕から視線を外してしまい、僕の方を見てくれない。


「・・・・・・ミウミちゃん、どうしたの?」

「え、いや・・・あの・・・」


言い淀むミウミちゃんに、僕は首を傾げるしかできない。不可思議な行動を取る彼女の目の前にいたゲンガーは、ミウミちゃんの顔を覗き込んだあと、「キシシシ」と楽しそうに笑った。


「げ、ゲンガー!」

「ゲンガー?」


珍しく大きな声を出すミウミちゃんと、ぴょんぴょんステップを踏むように僕の回りを飛ぶゲンガー。
ミウミちゃんは意を決したかのようにぶんっと僕へ振り向いて、口を開いた。


「ま、マツバさんの正装なんて初めて見たから・・・か、かっこよ過ぎてまともに見れなかったんです・・・!」


真っ赤になってそう言い切ったミウミちゃんに釣られて、僕の顔も、きっと今頃真っ赤なのだろう。浮されたみたいに頭が熱いから、絶対そうに決まってる。
「かっこよすぎて見てられない」なんて、可愛いと思っている女の子に言われて嬉しくない男なんてこの世にいない。
「彼女は幽霊なんだから!」と、僕は数十回自分に言い聞かせて、やっと僅かながら冷静さを取り戻した。まだほんのりと熱い頬には、気づかなかったことにする。


「じゃ、じゃぁ、もう出かける?」

「そ・・・そうですね」


ギクシャクする空気をごまかすように、居間を出る。
彼女のお墓はアサギシティにあるらしいので、エンジュからなら歩いて行ける街だ。何故アサギシティに墓を建てることになったのか聞いてみると、


「生前、"もしも私が死んだら、海が見える所で眠りたい"と言った言葉を、アポロや親友が覚えていてくれたのだと思います」


と、ミウミちゃんは少し寂しそうに微笑んだ。




エンジュシティから近いせいか、アサギシティも小雨が降っていた。
黒い蝙蝠傘の中には、僕一人。ミウミちゃんにも入るように言ったのだけれど、「幽霊だから濡れませんよ」と、笑ってかわされてしまった。
正論なのだけれど、何だか切ないのはどうしてだろう。

ミウミちゃんのお墓に近づくにつれて、先客の存在に気がついた。
常盤色の髪に、黒いスーツ。遠目から見た後ろ姿でも、彼が男性だということはわかる。

傘もささず、ミウミちゃんのお墓の前で立ちすくむ彼の姿は、酷く絶望感に溢れていた。そんな感情に寄ってきたのだろう、左肩から手先にかけて、例の黒いモヤモヤが纏わり付いている。


「・・・、・・・ラン、ス?」


ふいに、ミウミちゃんがそう言った。


「知り合いかい?」

「・・・親友、です」


ああ、もしかすると、彼がミウミちゃんの仇を打ったという親友なのか。ということは、元ロケット団の幹部様ということだ。

引き寄せられるように僕が近付くと、それに気付いたのだろう、ランス君が僕の姿を認めた。
いつから、彼はこの場所にいたのだろうか。綺麗な常盤色の髪も、きっちりと着こなされた黒いスーツも、びっしょりと濡れている。
髪と同じ色の瞳は、この世の終わりを写しているようだ。


「ランス・・・」


僕の隣に佇むミウミちゃんを見ると、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。あまりにも酷い親友の姿に、ショックを受けてしまったのかもしれない。


「・・・えっ、と・・・」


うまく言葉が見つからない僕に、ランス君が口を開いた。


「・・・どちら様ですか?」

「あ・・・僕は、マツバといいます」

「マツバ・・・あぁ、エンジュシティの」

「はい・・・ジムリーダーです。君は、ランス君で、いいのかな?」


そう問い掛けると、絶望感に溢れていた常盤色の瞳に、鋭い光が走る。余りに威圧感のある瞳に、流石犯罪組織の元幹部だなぁ、なんて、呑気なことを考えてしまった。


「エンジュのジムリーダーが、ここへ何の用ですか」

「あ、うん、ちょっとお墓参りに来たんだ」

「墓参り・・・?ここには彼女の墓しかありませんよ」

「うん、その彼女・・・ミウミちゃんのお墓参りだよ。今日は命日だって、聞いたから」

「は?」


"どうして知っている?"とか、"誰に聞いた?"とか、そんな疑問がすべて詰め込まれた「は?」。


「だから、別に君を捕まえに来たとか、そういうのじゃないから安心して」

「・・・、・・・貴方は、彼女の知り合いか何かなのですか?」


知り合いというか、同居人だ。答えあぐねていると、ランス君の瞳の鋭さがどんどん増してくる。
ランス君から視線をそらすと、ミウミちゃんと目が合った。


「マツバさん・・・ランスには、話してあげてください。
私の言葉はランスに聞こえないので、申し訳ありませんが、通訳して貰えると助かります」


未だに僕を睨みつけているランス君へ、視線を戻す。取り合えず、僕は僕の事情から説明しようと、決めた。


「・・・あのね、信じられないかもしれないけど・・・僕には"人には見えないもの"が見えるんだ」

「・・・はい?」

「それで、ミウミちゃんから、君に伝言を預かっているんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」


今度は、驚きに目を見開くランス君。顔はさっきから無表情なのだけれど、目に感情が現れるタイプらしい。


『もう、一年以上経っちゃったけど・・・辛い想いをさせて、ごめんね。
ランスが彼女を殺してしまったのも、私の責任だよ。本当に、本当にごめんね。
・・・ずっとずっと、お婆さんになるまで、ランスとお茶会したかったな。誰が入れるよりも美味しかったランスの紅茶がもう飲めないのは残念だけど・・・私、ランスとか、アポロとか、みんなといれてすごく幸せだったんだよ?
だから、ランスも、ちゃんと幸せになって欲しいな』


僕の横で話すミウミちゃんの言葉を、そのまま音にする。ランス君は下唇を噛み、拳を握って震えていた。
ミウミちゃんを見ると、彼女もまた、悲痛そうに微笑んでいる。漆黒の瞳には、確かに涙の膜が張っていた。


「・・・そこに、ミウミがいるんですか?」


僕の視線の先に気がついたのか、ランス君にそう問われる。僕は、小さく頷いた。


「・・・本当に、貴女は心底お人よしの馬鹿ですね。馬鹿は死んでも治らないとは、本当のことだったらしい」


ニヤリと笑う、ランス君。それは、何かに堪えているような、そんな笑顔。


「私がそちらに行ったら、げんこつ一発じゃ済みませんからね」


笑うランス君の瞳から流れる雫を、僕は小雨だと思い込むことにした。


「・・・マツバさん、でしたか?」

「うん?」

「これを、ミウミに」


渡されたのは、綺麗なブルーの花。ランス君は僕がそれを受け取ると同時に、踵を返して去っていく。


「ミウミちゃん、この花って・・・」


視線を移した先で、ミウミちゃんは体を両手で抱き込むように、しゃがみ込んで泣いていた。


「忘れるわけ・・・ないの、にっ・・・馬鹿ランス・・・っ」


僕は昨日、散々植物図鑑を眺めていたから、知っている。

――"勿忘草"。
花言葉は、「私を忘れないで」

鮮やかなブルーには、ランス君の想いがしっかりと詰まっていた。

僕はミウミちゃんのお墓の前にしゃがみ、今朝買ったばかりの花を供える。

これは、僕からミウミちゃんへの気持ち。
そして、親友を失った悲しみに捕われたままの、ランス君への願い。

――この花は、ベコニア。
花言葉は、"幸せな日々"。




昨日、ミウミちゃんが言った言葉は、本当だね。

雨は空が泣いてる訳じゃなくて、悲しみに暮れている人の涙を流してくれる、神様からのプレゼントなんだ。




2011.04.12


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