ミウミちゃんの衝撃的な告白を聞いた次の日は、昨日の青空が嘘のように、バケツをひっくり返したような大雨だった。
ぼたぼたザァザァと降る雨音で目を覚ました僕は、居間へと足を進める。


「あ、おはようございます、マツバさん」

「おはよう」


外は大雨だというのに、ミウミちゃんの笑顔は相変わらず晴れやかだ。


「酷い雨だね・・・今日はジムに挑戦者が来る予定だったんだけど、中止になりそうだなぁ・・・」

「そうなんですか・・・でも、三日間は雨続きだと、ラジオで言ってましたよ」

「そっか・・・」

「マツバさんは、雨がお嫌いですか?」

「うーん・・・好きではないかなぁ。憂鬱な気分になるし・・・そうなっちゃうと、寄って来るからね」


"何が"寄って来るのかわかったらしいミウミちゃんが、苦笑する。取り憑かれやすい体質のミウミちゃんも、僕の気持ちが理解できたのだろう。


「・・・でも、私は好きですよ、雨」

「え?」


僕が首を傾げると、ミウミちゃんはクスリと笑う。


「マツバさん、縁側の近くで横になってみてください」


よくわからないけれど、僕はミウミちゃんの言う通り、横になる。


「そうしたら、目を閉じて、ゆっくりと、心を落ち着けるように深呼吸です」


目を閉じ、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
そうしている間に、不思議と心が落ち着き、暗闇の世界には雨音だけが響いている。


「そのまま雨音に耳を傾けていると、不思議なことに、雨音が歌のように聞こえてくるんですよ」


そう言うなり、隣にミウミちゃんの気配を感じた。彼女もきっと、僕と同じように横になり、瞼を閉じているのだろう。


――ザァザァ

――ぽたぽた

――ピチャンピチャン


先程まで煩わしく感じていた筈の雨音が、不思議と心地の良い不規則なメロディーのように聞こえてくる。
余りにもそれが心地好くて、起きたばかりだというのに、再び眠ってしまいそうだ。


「・・・雨は、空の涙なんかじゃないんです。悲しい気持ちを洗い流してくれる、神様からの贈り物なんですよ」


遠退く意識の中で、ミウミちゃんの言葉が胸に染み込む。
憂鬱で、鬱陶しいだけだった雨の日も、ミウミちゃんのおかげで好きになれそうな、そんな確信めいた予感がした。




――次に目を覚ました時も、相変わらず雨が降っていた。

ぼんやりと雨空を見上げるミウミちゃんの横では、ゲンガーが気持ち良さそうに眠っている。僕が眠りに誘われたように、真似をしたゲンガーも眠ってしまったのだろう。

今更だけど、ゴーストタイプのポケモンであるゲンガーは、ミウミちゃんに触れることが出来るらしい。
ゴーストの特権なのだろうか。ゲンガーを羨ましいと思ってしまったことは、心の中に秘めておく。あのゲンガーの性格からして、からかわれるに違いない。


「・・・ミウミちゃん」

「あ、マツバさん。起きたんですね」

「うん・・・何だか、結構寝ちゃったみたいだね、僕」

「ふふっ・・・マツバさんって、普段はとてもかっこいいのに、寝顔は可愛らしいんですね」


悪戯な笑顔でそう言うミウミちゃんに、僕は顔が熱くなるのを感じた。かっこいいと言われて素直に嬉しい気持ちと、寝顔を見られたという恥ずかしさで、複雑な気分だ。


「そういえば、数分前でしょうか・・・ポケギアが鳴っていましたよ」

「え?」


テーブルに置きっぱなしにしていたポケギアを見ると、確かに"不在着信一件"の文字が表示されている。


「ジムだ・・・」

「え!あ・・・なんだかすいません」

「大丈夫だよ。留守電入ってるから、ちょっと待ってね」

「・・・はい」


しゅんとしてしまうミウミちゃん。僕を起こさなかったことに、罪悪感を抱いているのだろう。僕は全く気にしていないのに。(そもそも、電話に出たくなくて普段からサイレントモードにしているくらいだし)

留守電の内容は、今日の挑戦者は大雨の影響でジムまで来ることが出来ないので、バトルは延期になったということだった。ついでに、雨足が弱まるまでジムを閉めるとのこと。
ジムリーダーは僕なのだけれど、ジムで働くジムトレーナーのイタコのお婆さん達は、先代のジムリーダーの時から勤めてくれている人達だし、僕が小さい頃から面識のある人しかいない。
雨の日は決まって体調が悪くなる僕に、気を遣ってくれたのだろう。いいジムトレーナーを持った僕は、幸せなジムリーダーだ。


「雨が弱まるまで、ジムはお休みすることに決まったっていう連絡だったよ」


不安そうに僕を見上げるミウミちゃんにそう告げると、安心したのか、ほっと息を吐く。


「もう時期が時期だから、今月は雨の日が多くなりそうだなぁ・・・」


雨空を見上げて独り言のような呟きを漏らすと、ミウミちゃんが急に僕へ視線を寄越した。
驚く僕を余所に、ミウミちゃんは一人慌てている。


「ど、どうしたの・・・?」

「まままマツバさん、カレンダーはありますか?」

「うん、あるよ」


寝室へ戻り、卓上のカレンダーを持って居間に戻る。ミウミちゃんに見えるようにテーブルへ置くと、彼女はカレンダーを凝視した。


「マツバさん、今日は何日ですか・・・?」

「五日だよ」

「・・・・・・・・・・・・!」


がーん!というような効果音がつきそうな顔をするミウミちゃん。幽霊生活が長かったから、日付感覚がなくなっていたのかもしれない。


「あ、明日・・・」

「明日?」


明日は、六月六日。その日になにかあるのだと言うのだろうか?


「明日が・・・私の命日、です」

「そうなんだ・・・え!?」


次に"がーん!"となったのは、僕だった。


「えーっと・・・この雨なら明日もジムは休みだろうし・・・お墓参りにでも行くかい?」


どうすればいいのかわからず、僕がそう聞けば、ミウミちゃんは、


「・・・自分のお墓参りに行くのは、初めてです」


と、苦笑しながら了承してくれた。
それはそうだろう。自分のお墓参りに来る幽霊なんて、僕でさえ出会ったことがないのだから。


「お供えの花は何にしようか?」

「うーん・・・それは、マツバさんに選んで欲しいです。でも、菊はやめてくださいね。何だか複雑な気持ちになるので」

「わかったよ」


お互いに苦笑して、その後は普通に笑い合った。

取り合えず、僕の今日の予定は植物図鑑と睨めっこだ。確か、庭を整えるのが趣味だった亡き母の部屋に、そんな関連の本が沢山あった筈。

僕がミウミちゃんに対して感じている気持ちにピッタリな花を見つけたら、明日は朝一でソノオの花畑へ買い出しに行こう。
フワライドもミウミちゃんに懐いているようだったし、ミウミちゃんの為なら雨の中だって空を飛んでくれる筈だ。




2011.04.12


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