ゆっくりと息を吐きだし、ミウミちゃんは口を開いた。
「・・・マツバさんは、ロケット団という組織をご存知ですか?」
ロケット団といえば、三年程前にカントーで解散した、ポケモンテロ集団。
数ヶ月前にコガネシティのラジオ搭を乗っ取り、復活宣言をしたと思ったら、一人の少年――ヒビキ君の活躍によって再び解散した犯罪組織だ。
「うん、知ってるよ」
「そうですか・・・。
私が死んだのは約二年ほど前なのですが、私はその時・・・ロケット団で、働いていました」
ミウミちゃんが、犯罪組織で働いていた?
余りの驚きに目を見開く僕へ、ミウミちゃんは苦笑する。
「・・・ただ、私は人のポケモンを奪ったり、殺めたことはありません。
体質上、逆に呪い殺されてしまう可能性があるかもしれないと、上司に禁止されていました。私もそれはしたくなかったので、その時だけはこの体質に感謝しましたけれど、・・・犯罪組織に身を置いていたのだから、私が犯罪者であることに変わりはないですよね」
今度は自嘲するように笑うミウミちゃん。ただ、不謹慎かもしれないけど、僕も彼女の体質に感謝してしまった。
生き物を殺してしまったという自責の念に駆られ、泣いているミウミちゃんを想像すると、胸がとても痛むのだ。
「・・・情報処理と記憶力に長けていた私は、秘書という形で働いておりました。
空色の恋人・・・ロケット団最高幹部、アポロさまの、秘書として」
"アポロ"という男を、僕は知っている。知り合いというわけではなく、ジュンサーさんに連行される姿をニュースで見ただけ。
確かに、彼は青空のような髪と瞳だった。夢を打ち砕かれた彼の瞳は、この空のようにキラキラと輝いてはいなかったけれど。
「私の死因は、刃物で刺されたことによる、失血死です」
「え!?」
「アポロをとても好いていた先輩に、刺されてしまったんです。私のような戦線にも立てない役立たずの小娘が、最高幹部であるアポロの秘書で、尚且つ恋人としてロケット団にいる・・・とても、怨んでいたのでしょうね・・・」
「・・・・・・・・・」
悲しげに微笑むミウミちゃんが、とても痛々しい。
人に刺されたことなんてないから想像しか出来ないけど、とても痛くて、苦しかっただろうに。
「先輩はその後、ロケット団の幹部を務める私の親友に、殺されてしまいました。
・・・親友にも彼女にも、とても悪いことをしたと・・・それだけは悔やんでも悔やみ切れません。きちんと成仏できたら、一番最初に彼女へ謝ろうと、決めているのです」
その親友がどういう人物なのかは知らないが、僕はその人の気持ちがわからないでもない。
一方的な妬みで自分を殺した人にでさえ、謝ろうとするその優しさ。
一週間しか彼女と共に過ごしていない僕でさえ思うのだ。こんなにも優しい親友を殺されたその人は、とてつもない憎しみに捕われたことだろう。僕がその人の立場だったら、同じことをしてしまったかもしれない。
「・・・マツバさん。これが、私の過去と死因です・・・軽蔑なさりますか?」
不安げに揺れる、ミウミちゃんの瞳。
僕は彼女を軽蔑するどころか、嫌うことなんて到底できそうにない。
「・・・ミウミちゃんが犯罪者だったって事は、わかったよ」
――ビクリ
彼女の肩が、震える。
「でもね、同時にわかったことがあるんだ」
「わかった・・・こと・・・?」
「ミウミちゃんは犯罪者だったかもしれないけど、心底優しくて、素敵な女の子だってことは、よく理解できた」
僕がそう言うと、ミウミちゃんは驚いたような表情をした後、太陽のように眩しい笑顔を見せてくれた。ぽろぽろ、ぽろぽろ、綺麗な涙を流しながら。
「ありがとうございます、マツバさん・・・」
もう一つ気づいたことと言えば、僕は彼女の嬉しそうな笑顔がとても好きだ、ということ。
(ミウミちゃんには、恥ずかしくて言えないけどね)
2011.04.12