ここ一週間、ミウミちゃんは僕の家で生活している。彼女自身が死んでいるのだから、生活というのはおかしいかもしれないけど。

その間で、彼女に関してわかったことは幾つかある。

空を眺めるのが好きなこと。好きな花は、菖蒲だということ。
そういえば、好きな花を聞いた時、彼女は柔らかく微笑んで、言ったっけ。


「花は、菖蒲が一番好きですよ。花言葉も素敵ですし・・・紫という色が好きなんです。
そういえば、マツバさんの瞳も、菖蒲と同じ色ですね」


思えば、彼女が身につけている着物も、薄紫だ。黒髪に黒目で儚げな印象のある彼女には、とてもよく似合っていた。

わかったことは、まだある。

食事をすることは出来ないが、指で触れてそれを舐めれば、味はわかるということ。
エンジュシティの土産物として有名な"いかりまんじゅう"をあげたら、彼女はとても気に入ったようで、ゲンガーと手を繋ぎながらふわふわと宙を舞っていた。(喜びを体で表してくれたらしい)
どうやら、甘味がとても好きなようだ。
とても大人びている彼女だけど、そんな少女らしいところはとても可愛いと思う。(ちなみに、彼女の年齢は十八歳だった)(童顔なんだね)


――そんなミウミちゃんと過ごして、一週間。
今日もミウミちゃんは、縁側で晴れ渡る空を眺めている。

僕は、彼女に聞きたくても聞けないことがあった。彼女は幽霊だけど、人間であることに変わりはない。
僕にだってあるように、ミウミちゃんにだって踏み込んで欲しくないプライバシーはあるだろう。
もしも僕の抱いている疑問が彼女にとっての地雷だったらと思うと、どうしてもその一歩が踏み出せない。

――しかし、それが例え地雷であったとしても、僕は聞かなければならないのだ。彼女の願いは"成仏すること"。もしもその地雷が彼女を現世に引き止める一因となっているのならば、避けては通れない道なのだろう。


縁側に佇むミウミちゃんの隣に、僕も腰掛ける。
定期的に整えてある中庭では、僕の手持ちのゲンガーとムウマージが楽しそうに戯れていた。


「・・・ミウミちゃんは、本当に空が好きなんだね」


何となく、そう話を持ち出すと、彼女はゆっくりと空から視線をずらし、整えられた眉を八の字にして僕を見た。口元は微笑んでいるが、その黒い瞳には哀愁が漂っている。


「・・・生前の恋人と、同じ色なんです。彼の髪と瞳も、この空のような色でした」


ミウミちゃんの、生前の恋人。彼を想って、彼女は青空を見上げているのだろうか。

――ギシリ

何故か軋んだ胸を、僕は見ない振りをしてごまかした。


「・・・ねぇ、ミウミちゃん」

「なんでしょう?」

「その彼に・・・未練はないのかい?」


彼女は少し考えて、再び僕に視線を戻す。


「・・・未練は、ないですね。
彼と過ごした日々は幸せでしたし、私は満足しています。彼が新しい幸せを見付けて、私の存在を忘れてしまっても、私が"幸せだった事実"を覚えていれば、それでいいんです」


何ともサッパリとした返答だった。しかし、それは彼女だからこそ、割り切れた感情だったのだろう。

幸せな恋愛をしている最中に突然の事故で死んでしまい、相手への未練で成仏できないと歎く霊を、僕は何人も見てきた。
もしかしたら、その恋人の方が彼女を忘れられず、現世へ足止めしているのかもしれない。
――僕は、意を決して、踏み止まっていた一歩を問うことにした。


「・・・ミウミちゃん」

「はい?」

「申し訳ないんだけど・・・君の過去を・・・死因を訪ねてもいいかい?」


僕の踏み出した一歩に、ミウミちゃんは空を眺めることをやめ、俯いてしまう。やはり、地雷だったのだろうか。
僕の胸が、ぎしぎしと音を立てる。人の傷付く顔は、好きじゃない。


「マツバさん・・・」

「うん」

「・・・、私の過去は、とても人様に自慢できる物ではありません・・・もしかしたら、マツバさんに嫌われてしまっても、おかしくないんです」

「え?」


どうやら、地雷というわけではなかったようだ。安心すると同時に、驚愕の思いが沸き上がる。
"自慢できるような物ではない"、"僕に嫌われてもおかしくない"。それは、あまり良いことをしていた訳ではないということなのだろうか。
儚げで、奥ゆかしくて、心底純粋そうな彼女とは、どう頑張っても結び付かない。


「・・・それでも、聞いてくださいますか?」


僕を見つめるミウミちゃんの瞳は、少し潤んでいる。まるで、「嫌わないで」と、訴えかけるように。


「・・・うん、聞かせて欲しい」


――きっと僕は、彼女が何者だったのだとしても、彼女を嫌うことは出来ないだろうから。




2011.04.


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