取り合えず、僕は少女(仮)を応接室へ案内した。
予約が出来ない体ならば、仕方がないだろう。忙しい日や疲れている日に来たわけではないので、今日の僕は意外と寛大だ。ただ、折角の休日は台なしになってしまったのだけれど。

テーブルを挟んで、少女と向かい合うように座る。飲めないということはわかっているけれど、一応お茶も出した。(なんだかお供えものをする気分だった)


「・・・ところで、玄関で待たなくとも、家に上がり込めばよかったんじゃないかな?」


僕は、そんな疑問を口に出す。今まで見た幽霊は、大抵無断で人の家をうろちょろしているものだ。


「勝手に上がっては失礼かと思いまして・・・」


どうやら、彼女は礼儀をわきまえているらしい。他の幽霊に見習わせたい。本気で。


「折角のお休みでしたのに、すいません・・・」

「気にしなくていいよ。別に予定があったわけじゃないから」

「そうなんですか・・・マツバさんは素敵な方ですから、恋人さんとデートの約束でもあると思っていました」

「残念ながら、恋人はいないよ」

「勿体ない、ですね」


モヤモヤのせいで見えないけれど、彼女が笑ったのは、なんとなくわかる。
それにしても、彼女はどこでこの相談室(?)の噂を聞いたのだろうか。それに、僕のことも知っているような口調だ。

この副業の存在は、僕本人か、僕の身内か、依頼人の話を聞いただろう人物しか知らない。貼紙を出しているわけではないので、的確な噂を知る人物しか来れない筈なのだ。
僕がそれを彼女に聞くと、予想から斜め上外れた解答が返ってきた。


「ミナキさん、という方に教えて頂きました。友人に優れた能力を持った人物がいるから、その方を尋ねてみるといい・・・と」


ミナキ君は、スイクンというポケモンに心酔している僕の遠縁の親戚で、一番の友人。彼もまた"見える人"ではあるが、僕よりも力が弱いらしく、払い方や対処の仕方は知らないのだ。


「ミナキ君が・・・」

「はい。マツバさんはとても素敵な方なのだと、一晩掛けて教えてくださいました」

「ああ・・・何だか、ごめんね。ミナキ君は語り出すと止まらないから・・・」

「いえ、とても楽しかったですよ。ミナキさんと出会うまで、話し相手もおりませんでしたから」


――そうだった。
普通に話していたけれど、彼女は幽霊なのだ。"見える人"でなければ、彼女と話すことはできない。

一体、彼女は今までどれだけの時間を、独りぼっちで過ごしてきたのだろうか。そう思うと、いたたまれない気持ちになる。


「マツバさん・・・」

「はい?」

「マツバさんにお願いしたいことは二つあるのですが・・・大丈夫でしょうか?」


彼女の問いに、僕は頷く。モヤモヤの中でもそれが見えたのか、彼女が口を開いた。


「一つは・・・生前からなのですが、私は取り憑かれやすい体質のようで・・・この重たい方達を成仏させてあげて欲しいのです」


つまりは、お祓いということ。その頼みはモヤモヤを目にした時から何となく、予想できていた。


「もう一つは・・・?」

「・・・あ、の・・・私を、成仏させてください」

「え?」


意外な願いに、僕は間抜けな返事を返してしまった。幽霊というのは、本来自分の心残りがあるからこそ、現世に留まってしまった魂である。彼女には、心残りがないと言うのだろうか。


「・・・生前の記憶もはっきりと残っているのですが、何かが私を引っ張ってしまうので、あの世に逝けずにいるのです・・・」


それは、酷く申し訳なさそうな声だった。
心残りがないのに、現世に留まらずをえない。それは、生きている僕には理解できないけれど、きっと辛いことなのだろう。


「・・・わかった。僕も君に協力するよ。でも、その前に、そのモヤモヤを祓わないとね」

「ありがとうございます」


経文と数珠を出し、それを手にして瞼を閉じる。
普段はそんな物必要ないのだけれど、祓って欲しいと頼んできた人物自体が幽霊なのだ。彼女まで祓ってしまわぬよう、繊細な作業になる。(強制的に祓うのと本人が納得して成仏するのでは、かなり違うのだ)

暫くの間、経文を読み上げる僕の声だけが部屋に響いた。全てを終えて、ゆっくりと目を開くと、目の前には黒いモヤモヤではなく、黒曜石のような長い黒髪に闇色の大きな瞳を持つ、綺麗と可愛らしいの狭間に立つような少女がいた。


「・・・・・・モヤモヤがなくなりました」

「え?あ、うん。きちんと成仏させたよ」


「ありがとうございます」そう微笑む彼女は、本当に可憐で驚いた。
陶器のような白い肌に、薄紫の着物がよく似合っている。年頃は、十六、七かその辺だろう。


「えーっと・・・今更なんだけど、君の名前を聞いてもいいかい?」

「あ!自己紹介もせず、申し訳ありません・・・私は、ミウミと申します」

「ミウミちゃん、ね。
君を現世に縛っている者の正体は、まだ見えないから・・・少し長い付き合いになるかもしれないけど、これからよろしくね」


僕がそう言うと、ミウミちゃんは目を見開く。驚いているらしい。


「で、でも・・・居座ってしまうと迷惑なのでは・・・」


遠慮がちなのは、ある意味彼女の美点なのだろう。出逢いの印象はシュールだったけれど、彼女のことは嫌いじゃない。寧ろ、その奥ゆかしさに好感すら抱く。


「気にしないで。君なら、いくらここに留まってくれても構わないよ」


僕がそう言うと、ミウミちゃんは春に咲く花のような、儚げで柔らかな笑みを浮かべた。


「マツバさんは、ミナキさんの言う通り、本当に素敵な方なのですね」


・・・取り合えず、彼女の相談料はミナキ君に請求しようと思った、午後。




2011.04.12


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