多くの犠牲、山のような屍の上には、小さな身体には似合わぬような豪勢な玉座に腰掛け、金の王冠と深紅のドレスを纏ったまだ幼い女王。
女王の闇色の瞳には光が一切なく、彼女自身が、まるで人形――否、屍のようだ。

女王には、忠実なる従者が六匹いた。彼女を"屍の女王"に意図せず仕立て上げてしまった、悲しき従者達。
彼等は、彼女を脅かす存在――つまり、敵をことごとく排除し、女王だけの――"少女だけの世界"を守ろうと必死だった。

――そんな女王と従者の前に、一人の年若い青年が現れた。


「キミは、自分のトモダチを傷付けて、なんとも思わないの?」


女王は何も答えなかった。答えなかったのではなく、聞こえていないのだ。
そんなことを知らない青年は無視されたのかと気分を害し、言葉を続けた。


「ボクは、キミみたいな人間から、トモダチを解放してあげたい。このまま傷付いていくだけの、キミのトモダチが、可哀相だ」


闇色の瞳を囲う、彼女の長く豊かな睫毛が、ぴくりと動く。
しかし、反応したのは、女王ではなく、彼女の従者達だった。

音を立て、次々と従者達が姿を現す。それはこの場所では異例なことであったが、青年自体が異例な為、口を挟む者はいない。

彼等はそれぞれが激怒の炎を瞳に浮かべ、青年を見つめた――否、睨みつけていた。青年は、彼の言葉でいう"トモダチ"から向けられた怒りに、僅かに怯む。


「主の世界は、何があっても壊させない」

「ナナシの苦痛を知らない君に、ナナシを侮辱する権利はないんだ!」

「ナナシは、俺達が守ってみせる」

「ナナシ様から離されるというのなら、僕らもナナシも殺してよ」

「できないなら、これ以上マスターを苦しめないで!傷付けないで!」

「ボクたちにとって、ナナシから切り離された世界でなんて、生きている意味がない」


忠実なる従者達は、次々とそう言った。従者の言葉を理解できる青年は、ただ驚く。

瞳に光のない少女は、"ナナシ"という名前であることがわかった。
しかし、幼い女王と従者達の絆は、青年の理解を越える程に――強い。

トレーナーが自分を守る為に"トモダチ"を犠牲にしている姿を、青年は何度も見てきた。傷付いたトモダチの、悲痛な声も。
だが、少女のトモダチは、


「彼女が傷付くくらいならば、己が傷付く。彼女と切り離されるくらいならば、死んだ方が良い」


――と、言う。

彼等の意思が強すぎるのか、青年の脳裏には、直に彼等との思い出が伝わってきた。

ジャローダは、元トレーナーに旅の途中で捨てられた。人間を極度に恐れるようになった彼は、自分を見付け、噛み付かれても何をされても、優しく笑顔で保護してくれた少女に、忠誠を誓った。

ダイケンキは、少女が与えられた初めてのトモダチで、長年の付き合いの中、何も知らなかった自分に色々な世界を教えてくれ、親から貰い受けなかった愛情をくれる、彼にとっては母親か姉のような存在だった。

ゼブライカは、幼少の頃、群れから外れ迷子になった自分の群れを、一緒になって必死に探してくれた少女に、多大なる感謝をしている。群れは見つかったのだが、それでも心底に優しい少女へ着いて行きたいと、自ら望んだ。

シャンデラは、まだヒトモシだった頃、野生の仲間からの虐待を受けていた。命が尽きると思った時、差し延べられた暖かく小さな手。三日三晩、少女は彼の看病を寝ずに続けた。目が覚めた時、白い顔にくっきりと隈を作った少女の寝顔を見て、初めて差し出された暖かい手と、初めて流れた暖かい涙の理由を知った。

広い砂漠で一人ぼっちだったシンボラーは、行く宛てもなく、ただふらふらと砂漠をうろついていた。赤と白のボールを持った人間に追い掛け回され、何もしていないのに攻撃され、満身創痍になった時、「こっちだよ」と、少女が手招きした。恐る恐る近寄ると、彼女はあの怖いボールを出すでもなく、ひたすら傷の手当をしてくれた。彼女とならば、幸せになれる。そう確信し、彼もまた、自ら少女のボールに収まった。

バイバニラは、代わり映えのない日々に辟易していた。同じコンテナの中で、外の世界も、"花"や"空"や"海"という存在も知らず、ただ死んでいくだけなのだと、絶望していた。そこに、少女が現れた。少女からは、嗅いだことのない"花"のような柔らかで自然な甘い香りがした。コンテナをうろちょろする少女の後を、ずっと追い掛けた。少女が外に出るのを必死に止めると、少女は眉を下げて笑う。「外の世界が見たい?」すぐに頷いた。「・・・寂しかったね」初めて、気がついた。自分は、寂しかったのだと。


「――・・・っ」

ナナシのトモダチの思考を諸に受け、青年は頭痛がするのか、額を押さえてしゃがみ込んだ。
トモダチの記憶の中での少女は、彼が出逢ったことのない程に優しい人間で、柔らかく笑う女の子だった。
きっと、この場所――ポケモンリーグのチャンピオンとして彼女が鎮座しているのも、"彼女の世界"というものを守る為の、トモダチの強い意思。

ここまでトモダチを想い、ここまでトモダチに想われている少女。
何が彼女を傷付け、そうさせたのかは知らないけれど、青年は少女に興味があった。トモダチの記憶で見た、少女の暖かい手、柔らかい声、優しい瞳が見てみたいと、純粋に思った。


「・・・ボクの名前は、N。ボクは、王様じゃなきゃいけない存在。でもボクは、"英雄"になったら、逃げようと思ってるんだ。行く宛てなんて、ないけど・・・」


今まで虚空を見つめていた黒真珠の瞳が、青年――Nを捕らえる。


「王様の横には女王様がいなくっちゃ。だからさ・・・

一緒においでよ、ナナシ。僕と君と君のトモダチで・・・君の望む世界に行こう?」


従者達からの鋭い睨みは、もうなかった。
幼い女王――ナナシは、この地位についてから、初めて玉座を降りる。


「・・・約束、よ。私の家族もみんな、一緒って・・・」

「僕は、約束は破らないよ」

「なら・・・連れてって」


――イッシュ地方、チャンピオンリーグ。
"屍の女王"ことチャンピオンが、何者かに連れ去られ、行方不明。

翌日、そんな号外がイッシュ地方中にばらまかれた。

レシラムに選ばれ、真の英雄となり、「サヨナラ」と言い残して旅立っていくNの跨がるレシラムの傍らに、シンボラーが飛んでいたと知るのは、その場を見届けた者だけである。


―― ボクは 私は

――自由になるの。




孤高の王様屍の女王

自由への片道切符

(後戻りも、する気はないよ)




2011.05.04


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