――アポロ率いるロケット団が解散して、三ヶ月。
最初の一ヶ月はそのニュースで持ち切りだったが、今はもう世間が話題に飽きたのか、少しばかり幹部達の指名手配が流れる程度だ。
写真は撮られていなかったらしく、名前だけの指名手配。今のところ幹部達は全員無事なようで、幾分か安心した。
――世間に忘れられていく。
これは追われる身である私にとっては非常に都合の良いことなのだが、何故だか虚無感を感じてしまう。
――サカキ様が行方をくらませてから、三年以上。
私達は彼だけを目標に、"サカキ様"という夢を追い続けてきた。
・・・結局、叶うことはなかったのだが。
人の夢と書いて、"儚い"。
この字を考えた先人は、私でさえ偉大だと思う。
私達の掲げた夢は、あの三年間が嘘のように、たった一日で、たった一人の少年によって、本当にあっさりと消えてしまった。
――本当に、"儚く"も。
「ランス、どうかした?」
「・・・・・・いえ、ニュースも大分落ち着いたものだと思いまして」
彼女――"ナナシ"とは、初代ロケット団が解散する直前に、出逢った。
私がジュンサーから逃げ、酷い怪我に倒れていた所、私を保護したのが彼女だ。
"R"とロゴの入った団服を着ていたにも関わらず、彼女は私を自宅へ運び、自力で手当をしてくれた。世間を脅かすロケット団が、怖くない筈はないのに。
以前、彼女にそのことを訪ねたら、思いもよらぬ返事が返ってきた。
「悪人だって善人だって、"人間"に変わりはないでしょ?
目の前に死にかけの人が倒れてたら、助けるのが同じ"人間"としての筋じゃない」
一般的な考え方でも、ナナシのそれは少し違う。
普通、犯罪者が倒れていたら、ジュンサーに突き出すか、怯えて逃げ出すのが当たり前だろう。
そんな彼女の、普通であり、普通ではない価値観が心地好かった。
暫く経って、私達が恋人という関係になるのも、必然的だと言える。"運命"という陳腐な言葉で表せない程、私は彼女の持つ雰囲気や価値観に惹かれたのだ。
ナナシもナナシで、同じような事を言っていた。
「ランスは危なっかしいから、私が傍にいなくちゃって思っちゃうんだよね」
「ランスと居ると、ヒヤヒヤするのにすごく落ち着く」
根本の理由は違えど、彼女が"私"を必然的に求めてくれたことに、変わりはない。
「ラーンス!」
「・・・・・・・・・・・・」
「ランスってば!」
「・・・ん、どうかしましたか」
どうやら、私は己の思考に飲み込まれていたようだ。
「五回も呼んだのに」と、頬を膨らませるナナシが、愛しい。
「・・・ねぇ、ランス」
「なんですか?」
「・・・悲しい、ね。
・・・いや・・・寂しいの、かなぁ・・・」
「はい?」
ナナシの発言が突拍子もないことは、今に始まったことではない。
しかし、こんなにも切なそうな表情を見たのは、初めてだった。
「どうしたのですか、いきなり」
「・・・ん、なんか、ね」
「はい」
「・・・ランス達が三年も掛けて必死に築いたものが、たった一ヶ月で世間から忘れさられるのか・・・と、思って」
――嗚呼、
私の感じた虚無感に、彼女は意図せず答えをくれた。
私はきっと――寂しかったのだ。
ロケット団で最も冷酷だと言われていた私には気付けなかった気持ちに、彼女が代弁し、答えをくれた。
「・・・ねぇ、ランス」
「・・・なんですか」
「今なら、さ・・・ランスが泣いても、気にする人は誰もいないよ」
一般の人間としてはあらゆる感情の欠落した私を、彼女は一般の人間とは少し違う価値観や空気で満たしてくれる。
気が付けば、ナナシの香りがするハンカチを、頬に宛がわれていた。
「・・・我慢、なんてさ。もうランスには必要ないんだよ。
今まで、充分殺してきたんだから」
――苦しさも、辛さも、涙さえも。
彼女が、ナナシが居て、本当に良かった。
彼女がいなければ、私は今頃、憎しみの権化となっていたのだろう。ロケット団を潰したあの少年を、裏社会の方法で殺してしまうくらいに。
「・・・イッシュにでも、行こうか。ライモンシティっていう街の遊園地に、二人乗り専用の観覧車があるんだって。私とランスで、ちょうど二人、だね」
言葉の代わりに、頷いた。
涙を晒してしまっただけでも情けないというのに、震えるだろう声は、出せなかった。
「・・・ランスは笑うかもしれないけど、ね、」
「・・・・・・・・・?」
「私・・・さ、ランスが一緒にいてくれたら、それだけで満足なんだよ」
あなたの傍に
いられたら
(私もですよ)
(声にならなかったその気持ちは、貴女に伝わったのでしょうか)
貴女の言葉が、空気が、存在が、その心地好さが、私には必要不可欠な世界なのです。
2011.05.24
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素敵企画サイト様Snow crystalに参加させて頂きました。
弱気ランスになってしまいましたが、素敵な企画に参加させて頂き、ありがとうございました。