ごくたまに、夢を見たのか現実だったのか、よくわからなくなる時がある。
例えば、友達と電話をしたような記憶があるけれど、それはお昼寝している時に見た夢で、着信履歴にも発信履歴にも友達の名前はないのだ。

ゆらゆら、ゆらゆら、揺れるカーテンの向こうには、緋色と橙色のグラデーション。そこに浮かぶお日様は、朝方よりもずっと優しく見えた。

――カチャリ

音のした方向に目を向けると、見慣れた男がドアを開けた瞬間。


「おや、起きたのですか?貧血だそうですよ。最近まともに寝てないでしょう。全く、貴女は本当に不摂生・・・ナナシ?」


訝しげに私を見る男。
常盤色の髪と瞳。端正な顔立ち。誰に対しても敬語口調。いつも被っているお気に入りの帽子は、今は被っていない。


「・・・ラン、ス」


そうだ。ランスだ。
あれは夢で、こっちが現実。


「・・・どうして泣いているのですか」


頬に触れるのは、あったかいランスの骨張った指先。


「・・・こわい夢をみたの」

「夢ですか」

「・・・夜でね、なんかおっきい建物からみんな出てくるの。でも、アポロさんもラムダさんもアテナさんも、みんな死人みたいな顔でね、警察みたいな人に連れて行かれちゃうの。最後にランスも出てきたんだけど、私がいくら呼んでもこっち見てくれないの。パトカーみたいな車に乗り込んだランスに、「ランスさま!」って叫んだところで起きた」

「・・・随分と具体的で不愉快な夢ですねぇ」

「だよね・・・」


ランスは眉をしかめながらも、私の頭を撫でてくれる。夢に出てきたみんなが警察のお世話になるだなんて、本当に有り得ない。

アポロさんはうちの会社の社長代理だし、ランスやラムダさんやアテナさんは、その直属の部下だ。ちなみにわたしは、ランスの秘書だったりする。裏取引なんて一切していない、外資系の真っ当な輸入会社。


「・・・パラレルワールドってやつなのかなぁ」

「パラレルワールド?」

「こないだ、アテナさんとお茶してる時にそんな話したの。違う場所で、自分と同じ人間が、違う人生を生きてる世界があるって話」


そんな話をしたから、あんな夢を見たのかもしれない。それにしても、現実味のある夢だった。ランスの顔を見るまで、夢だって信じられなかったくらい。


「・・・そうなると、私は違う世界では警察に捕まるような犯罪者というわけですね」

「あ・・・」

「とても不快ですが、」


にやり、ランスが笑う。


「貴女に"ランス様"と呼ばれるような世界なら、それもいいかもしれませんね」


私の上司兼恋人は、とんでもないサディストなんですね。はい、知ってました。


「・・・ナナシは、"逢魔ヶ刻"という言葉を知ってますか?」

「おうまがとき?」

「夕暮れ時、妖怪や幽霊が出やすいとされている時間帯ですよ」

「・・・こわいんですが」

「もしかしたら、そういう類の化け物が、ナナシにそんな世界を見せたのかもしれませんね」

「だから、こわいって!」


私が睨むと、ランスは珍しく優しげに微笑んで、私を撫でていた手を背中に回してくる。
肩に乗ったランスの頭。頬に当たる柔らかな髪の毛が、少しくすぐったい。


「なんにせよ、どんな世界でも私たちが共にいることに変わりはないということでしょう」


耳元で囁かれたランスの言葉が、すとんと、胸に収まった。彼には、私の胸を埋めてくれる特殊な能力があるらしい。


「うん、どこで生まれても、私はランスのだよ」


ランスの笑う気配と一緒に、頬を常盤色がくすぐった。





「さて、早く準備を終わらせますよ」
「久々の鍋パだもんね。あ、アポロさんからメール来てる・・・今日来れるって!」
「そうですか。ラムダは酒の買い出しに行きましたよ」
「え!ラムダさんもう来てたの!?」
「貴女が寝てる間に」
「ご、ごめんね・・・」
「・・・暫くは仕事を減らしますから、睡眠はきちんと取りなさい」
「・・・はい、ランス"さま"」
「・・・・・・・・・・・・」




2011.04.11



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