――見上げた夜空。
特有の闇には、小さな宝石が散りばめられたように、キラキラと輝いている。

私がまだ小さかった頃、お月様が夜空にいない時の方が、星が綺麗に見えるのよ、と、ママが言っていた。何でも、お月様の輝きに、星達の光が霞んでしまうのだそうだ。

ちなみに、今日は新月。
お月様がお休みの日だから、ここぞとばかりに星達は煌めいている。

ポケットから出したポケギアで時間を確認すると、深夜はとっくに過ぎてしまっていた。ママもパパも、相棒のピカチュウも、今頃はきっと夢の中。
今、このマサラタウンで起きているのは、きっと私だけなのだろう。

ポケギアをしまって、もう一度夜空を見上げた。

吐き出す息は、ほわほわと白い。寒いのは苦手だけど、冬は好きだ。
空気が澄んでいるからなのだろうか。煌めく星が、一段と綺麗に見える冬。

――何度、この冬の夜空を見上げたのだろうか。

「――・・・♪」

誰もが寝静まった夜。
聴いてる人は、誰もいない。

こうして夜空を見上げながら、囁くように歌う癖が出来たのは、もう何度も季節を遡った春の日から。
今はこの星の一つになってしまったおばあちゃんが、よく歌ってくれた歌。どこかの地方の、昔の曲らしい。
小さい私はこの歌が大好きだったのだけれど、年を重ねるごとに、気付いてしまった。
――この歌は、とても切ない歌なのだと。



"上を向いて 歩こう"
"涙が こぼれないように"



何度も、何度も廻った季節。
おばあちゃんが歌ってくれた歌のように、春も、夏も、秋も――今も、私は独りぼっちで、夜空を見ながら歩いている。

懐かしい過去の思い出には、うるさいけど根はとことん優しい世話やきな男の子と、極端に無口で本能のままに生きる、綺麗な赤い瞳を持った男の子がいる。大切な大切な、私の幼なじみ。


キラキラ、キラキラ、幾億もある宝石の一つになってしまったおばあちゃん。


雲の上に幸せはありますか?
空の上に幸せはありますか?
悲しみは、星や月の陰に、隠れているのですか?

ならば、この"寂しさ"は、何が隠してくれるのでしょうか。

滲んだ視界で星を数えるのは、とても難しいです。


――あの歌は、嘘つきだ。
涙が零れないように夜空を見上げても、それは勝手に出てきてしまう。しかも、見上げているせいで、涙が耳に入って、ちょっと気持ち悪い。

それでも私は、その涙を拭うこともなく、滲んだ星を必死に数える。何度季節が廻ろうと、毎晩そうして、星を数える。

世話やきの幼なじみは、今や立派なトキワシティのジムリーダーになった。バトルに負けては、息を殺して泣いていたのが嘘のように。

極端に無口な幼なじみは、シロガネ山というとても危険な山に引きこもってから、一度も帰って来ない。ポケモンにしか興味のないような人だったから、世界に対して興味を失くしてしまったのかもしれない。

――ねぇ、レッド。
常に冬のようだと聞いたその山から、この美しい星空は見えるのかな。
それとも、いつだって雪を降らせる雲のせいで、君はこの煌めく夜空を知らないのかな。

月に何度かマサラタウンを訪れるグリーンは、シロガネ山にいるレッドへ会いに行っている筈なのに、何にも教えてくれないんだよ。
相変わらず、意地悪だよね。

――・・・涙が、とまらない。
楽しかった思い出は、私の寂しさを増長させる。

こんなに泣いてしまったら、赤くなった私の目を見て、ピカチュウが心配するだろう。ママとパパは、私が夜中にこっそりと抜け出していることに気付いているから、見て見ぬ振りをしてくれるだろうけれど。

ピカチュウを、心配させたくない。あの子は私の相棒であり、大事な友人だ。

――それでも、溢れ出る寂しさを止める術を、私は知らなかった。


――ふと、夜空に小さな赤い光が見えた。
赤く見える星といえば火星かな、と思ったけれど、その赤い星はどんどんこちらに近づいてくる。
火星が地球に墜落するわけがない。そんなことになっていたら、今頃はニュースもラジオも大騒ぎだ。

呆然とする私を余所に、赤い星の原因は夜空を一度旋回し、私の前に降り立った。

「・・・リザードン?」

赤い星の正体は、リザードンの尻尾の炎だったらしい。

何で、こんな辺鄙な町に、リザードン。リザードンは貴重なポケモンの筈。グリーンだって、リザードンは持っていなかったと思う。

事態が飲み込めず、呆然とする私の頭には、多分十個くらいクエスチョンマークが出ていたと思う。目視できるわけじゃないから、何とも言えないけれど。

そんなリザードンの背中から、一人の男の子が降りてきた。

少年と青年の間をさ迷っているような、容姿。特徴的な赤い帽子とジャケット。端正な顔立ちに、艶やかな黒髪。そして――火星もビックリする程、綺麗な、赤い瞳。

「・・・、・・・レッド?」
「・・・・・・・・・うん」

私は、夜空を見ながら眠ってしまったのだろうか。
グリーンから「レッドがシロガネ山に行った」と聞いてから、約三年は経っている。ポケモンマスターを目指し、旅だってから、一度も会わなかったレッド。

「・・・・・・夢?」
「・・・違う。下山した」

どうやら、私は立ったまま眠ってしまったわけではないらしい。それでも、目の前の光景が、信じられない。

「・・・な、んで」
「・・・・・・・・・」

私の疑問に答えず、近付いてくるレッド。ふいに伸びてきた手へ、反射的に目をつむる。

「・・・泣いてた?」

レッドの親指は、優しく私の目尻を撫でた。

「・・・な、んで、下山・・・」

泣いていたのは私の目を見れば明白なのだけれど、それでもなけなしのプライドが邪魔をして、その問い掛けをはぐらかす。
しかし、次の瞬間、私の視界は真っ黒になった。

夜の闇とも違う。
星達も見えない。
ただ、あるのは――昔よりも逞しくなったけれど、昔とは何も変わらない温度。

「・・・・・・ナナシに、会いたくなった」

レッドの、低くなった声が、耳元で聞こえる。

「・・・本当は、ナナシにずっと会いたかったんだ」


幸せは、雲と空の上に。
悲しみは、星と月の陰に。


――ねぇ、おばあちゃん。
あの歌を、嘘つきなんて思ってしまって、ごめんなさい。

私の"寂しさ"と"涙"は、大切で――大好きで、会いたくて堪らなかった幼なじみが、すっぽりと隠してくれた。

「私だって、ずっとずっと、会いたかったよ」
「・・・ごめん」

「星、今日は凄く綺麗なの」
「・・・そうだね」




星と涙と夜空と君
恋とか愛とかよくわからないけれど、
きっと、この気持ちがそうなんだって、君の胸の中で思ったよ




song by
"上を向いて歩こう" 坂本九
2011.03.25





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