ノボリの暴力は、いつものことだった。
痛くないわけじゃないし、悲しくないわけじゃない。でも、私を傷つけているノボリの方がよっぽど辛そうだったから、私は反論もなしに、四、五年はその状況だったと思う。日課による暴力のおかげさま、当時の記憶が曖昧になった私には、正式な日数は言えないけれど。


監禁でも、軟禁でもなく、ノボリに捕われ続けた日々。勿論、クダリ君は知らない。ノボリにとって一番大切な家族を、私が奪っては、壊してはいけないと自覚していたからだ。


――だからこそ、わかって欲しいのに、彼には何も伝わらない。


「わたくし以外の異性と話さないでくださいましと、どれだけ申し上げたことか・・・」

「ノ、ボリ・・・ごめん・・・ごめんなさ、」

「言い訳は見苦しいだけにございます」


ノボリの足が、私の腕を蹴る。
本当は私の腹を蹴りたいのだろうけれど、私がそこから腕を離さないので、結局腕を蹴っている。

いつもは頭やら内蔵やら、どこかしら庇う私に疑問を覚えたのか、ノボリの暴力が止まった。


「ナナシ・・・?」


不自然な空気が、流れる。早くノボリに返答しなくてはと思うのに、痛みで声が出ない。

謝ることもできなくて、ごめんね、ノボリ。

きっと私の腕は折れたのだろうと、漠然と思った。それは過去にも、経験していた痛みだったから。


「ナナシ・・・?どうしたのです、ナナシ?」


ああ、優しいノボリが帰ってきた。
否、帰ってきたという表現はおかしいかもしれない。優しいノボリも、酷いノボリも、ノボリはノボリなのだから。


「ノ、ボ・・・リ・・・」


掠れる声で、精一杯名前を呼んだ。長時間の暴力で、叫びたくった私の喉は、すっかり切れてしまっているからだ。


「・・・ナナシ?」

「ノボ、リ・・・お、願い」

「は・・・?」

「この、子は、私とノボリ、の・・・から・・・まも、あげ・・・ね」


声が、きちんと出ない。
ちゃんと、言いたかった。
どんなに酷いことをされても、誰よりも愛してる、ノボリだから。


――この子は、私とノボリの子供だから、守ってあげてね。


ママ、とか、パパ、とか、そんな風に我が子から愛される、訪れる筈のない未来を夢見て、瞼を閉じる。
せめて、この子が、ママを知らなくてもパパに愛されますように――そう、祈って。




せめて、愛されて
それが、私の切実な遺言。




2011.05.20


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