「おい、ペトラ」

 剣呑な響きを十二分に含んで、その声は彼女の背後から届いた。

 それが穏やかでないことを彼女は瞬時に察知したし、またその理由についてもよく理解していた。しかしながら、ビクリと振り向くかたわらで、どこかあまやかな高揚があることも否定できなかった。

「やり直しだ」

 部屋の隅に膝をつき、床を指で撫でながら、リヴァイ兵士長は親の仇のような目でペトラを睨んだ。



 リヴァイ兵士長その人は、人類最強の兵士と名高い、調査兵団のエースである。その力量は、一人で一個旅団なみの戦力を有すると言われる。これは、共に戦って幾年になるペトラにとっても、巨人と対峙したすべての兵士にとっても、反論を挟む余地のない事実である。無論、彼を信頼し、絶対的な忠誠を誓っているペトラには、疑う気持ちなど微塵もなかったのであるが。


「お疲れ様です」

 声をかけながら、ペトラはリヴァイの前へ茶の入ったコップを置いた。

「ああ」

 それだけ言って、リヴァイは目の前に置かれた茶を啜った。

 元より愛想のない男である。けれど、非人情なわけではない。世間の英雄扱いのわりに、実際の彼は小柄で、神経質で、口が悪くて、態度も悪い。戦闘のさなかに、巨人の血で汚れた手をハンカチで拭ったりするような人だ。部屋の掃除ひとつに、小姑なみのチェックを施すような人だ。だが、死にゆく部下の血にまみれた手を拒むような人ではない。固く握り締めて、確固たる意志を持った瞳で、約束をする。そんな人であるから、皆彼に付き従うのだろう。ペトラとて同じである。

 愛想のない人だ。しかし、こうして出された茶に文句をつけたことは一度もない。茶葉の量を間違えても、湯の温度が高すぎても低すぎても、常に同じ顔で同じ所作で茶を啜る。ペトラにとって、たったそれだけのことがひどくうれしいものだった。

 この澱んだ世界の中で、それでも心を緩めるものがある。浅はかだとわかっていながらも、胸に灯る高鳴りがある。口に出す日など来なくとも、彼女はこうして彼の役に立ち、共に戦い、茶を出すことができれば満足なのだ。さらに欲を言うならば、最期の瞬間には、自分も彼に手を握ってもらいたい。死ぬ瞬間に彼の姿を目に焼き付ける――今のペトラにこれ以上幸せな最期は思い付けなかった。十中八九、巨人に生きたまま食い殺される末路なのだ。それでも高望みしすぎなほうだろう。

「ん?」

 ペトラの視線に気付いたリヴァイが、鋭い眼光を隠しもせずに彼女を見上げる。

「なんだ、ジロジロ見て」

 そう言いながら、彼は再び茶に口を付ける。「いいえ」と微笑みながら、ペトラは確かな幸せを噛み締めていた。




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一時でいいから幸せにすると決めた。
今はそれ以上の言及はいらない。




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