彼が頭を振れば、水しぶきがパッと散って輝いた。風呂場でなにげなく行うそんな仕草さえ、どこか美しく映える青年である。キュッと蛇口を締めてシャワーを止める。濡れた前髪を手でかきあげる。一仕事終えたようにふぅと息をつく。すべてがまるでドラマのワンシーンのようであった。

 肩にかけたタオルで短い髪をふきながら、彼は寝室のドアを開けた。ベッドの上に女が一人座っている。男物のワイシャツを一枚羽織っただけという、いやに薄着な格好だ。彼女はドアの開閉音を聞いて、じろりと振り返った。

「ちょっと。これはどういうこと?」

「“どういうこと”とは?」

 赤司 征十郎は、かすかな笑みを浮かべて首を傾げた。試すようなそらとぼけた態度に、相田 リコは恨めしげな表情を濃くする。

「起きたら私の服がなくて、なぜかあんたのワイシャツだけが置かれていたんだけど」

「あぁ。君の服なら、今は洗濯機の中だ」

「なんでよ!」

「二日同じ服を着るなら、せめて洗濯されていたほうがいいだろう?」

「いや、その気遣いはありがたいけど……下着くらい置いといてくれても」

「それこそ、同じものを付けるのは嫌じゃないかい?」

 リコの苦い顔がさらに苦くなる。正論を言われているから、看破するのが困難なのだ。赤司の言葉は、いつもこうやって彼女を追い詰める。「嫌なものは嫌なの!」という癇癪じみた当たり前が通らないのが、赤司 征十郎という男である。

「だいいち、今さら恥ずかしがる仲でもないだろう」

 さらっと赤司が言いのけるものだから、リコは「この野郎……」と負け犬じみた呟きをしながら、再び彼に背を向けた。逃げられないこの場所で、赤司が距離を詰めだしたことが空気と足音でわかった。予想どおり、背後から彼が抱きついてくる。甘えるように頬を擦り寄せて、彼は囁いた。

「足止めをしたかったんだ。こうすれば、少しの間でも君はここにいてくれるからね」

 驚くほどベッタリと密着する赤司には、そろそろ慣れた。リコは逃げはしないが、すぐに首筋に口を寄せてくるのには、いささか眉が下がってしまう。愛されすぎているのも困りものだわ、と思いながら。

「別に逃げたりなんかはしないわよ。まるで信用がないみたいじゃない」

「逃走をはかることはなくとも、健全に目覚めて、すぐにベッドから抜け出し、日常生活を営むことはありえる話だ」

「? それのなにがいけないの」

 リコは眉根を寄せながら、肩にもたれる赤司を横目で見た。

「僕はただ、恋人らしい時間を継続させたかったんだ」

 耳をすまさなければ聞き逃しそうな小さな声だった。赤司は普段、声を荒げたりはしなくとも、朗々と明確に喋る。内の自信と曲げぬ信念の強さが、そこから滲み出している。彼のこんな体たらくを見られるのは、なかなかない機会と言えよう。

「だからって……なかなかやり方が姑息よ。天下の赤司様ともあろうものが」

「別に僕は特殊なプレイを要求したいわけじゃない。きわめて平凡なことだ。二人で夜を共にした後、腕枕をして君の髪を梳きながら眠りにつきたいだとか、そうして朝を迎えたら、ぐずぐずとベッドにこもったまま、意味のない愛の言葉を羅列してイチャイチャしたいだとか」

「イチャイチャって言葉がこんなに似合わない人、初めて見たわ」

「はぐらかすのはやめてくれ」

「はいはい、ごめんなさいね」

 だんだん拗ねた様子になってきたので、リコは自分から折れてやることを決めた。負けたみたいですこし癪だが、年下の彼氏をなだめるためなら仕方あるまい。これも年上の余裕というものだ。

 くるりと体を反転させて、赤司と向き合う。思ったとおり、あまり大袈裟に変わらない表情に、わずかな不機嫌が混じっていた。頭を抱き込むように引き寄せて、サラサラと髪を撫でてやる。赤司の手がリコの背中に回った。

「すぐそうやって懐の広さを見せつけようとするんだな」

「どうしてそう穿った考え方しかできないかしらね、このかたくなくんは! そのわりにしっかり抱き返してますけど!」

「当たり前だろう。もらえるものはもらう主義だ」

「誰にでもいいから聞かせてやりたいわ……征十郎くんのこの発言」

「馬鹿なことを。君以外に、僕のこんな姿を見る権利があると?」

「そうね。私だけの特権よね」

 クスリと微笑み、リコは赤司の額へキスをした。すると、肩にのせた手をつかまれて、視線を合わされる。アシンメトリーな色をした瞳が覗き込む。その目に灯る要求がなにかを瞬時に理解して、リコは彼のお望みどおりに瞼を下ろした。ちょいと唇を突き出すと、すぐさま彼は自身のそれを重ねた。

「……素直だね、リコ」

 吐息と一緒に、彼が囁く。

「まあね。だってぐずぐずとベッドにこもったまま、意味のない愛の言葉を羅列してイチャイチャしたいんでしょう?」

 征十郎くんの愛の言葉が楽しみだわ、とリコはクスクス笑う。赤司はめずらしくムスッとしていたが、どうせこの後、朝っぱらから余裕もなにも奪われて彼のものにされてしまうのだ。その前くらい、大人ぶってみてもよいではないか。

 そんなふうに考えていたら、口付けが噛みつくように深くなった。

 やっぱりね、とリコは笑った。




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大学生くらいの付き合ってる赤リコ。付き合いだしてそこそこ長くて、致した回数もそこそこ多いみたいな。リコちゃんがだんだん赤司からの求愛に慣れつつあるのです。なんか意味もなくリア充してるだけでした。爆発しろ。
子どもっぽい甘えた赤司様と大人の余裕見せつけるリコちゃんっていうちょっとめずらしいかんじ。
なんだかんだ赤リコの赤司くんはリコさん大好きで「かなわねーちくしょう」ってなってるといいなと思います。いつもの調子が出せないのね。




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