――真ちゃんになら、安心してアイツまかせられるわ。

 馬鹿者が、と緑間は声を大にして言いたかった。身勝手な、他人任せな、自己中心的な、打算的な、提案だった。相手のすべてを思いやらず省みず、自らの退路を確保するための卑しい逃避。そのくせ、瞳に映る諦めが、普段まっすぐに緑間を見て笑うその目が、一度もこちらを向かなかったから、緑間は奥歯を噛むしかなかった。

 ――なぁ、頼むよ、真ちゃん。オレのここ最近一番のワガママ、聞いてよ。これ聞いてもらったらオレもうしばらく真ちゃんのことからかわないし、ウザイって言われたらすぐやめるようにすっから。だから、なぁ、頼むよ。頼むよ、真ちゃん。




 窓の外で烏が鳴いている。夕焼けの入る物悲しい雰囲気の教室は、まさに“放課後”というにふさわしい空気をまとっていた。

「これ私、フラれたんだよね」

 自分の机に座り、彼女は笑って言った。その視線は、彼女と友人の映ったプリクラが貼られ、授業中の無意味な落書きで真っ黒になった卓面へと向けられていた。両手を自分のふとももの間に入れ、まるで寒さに縮こまるように、彼女は座っていた。起立した緑間へ視線がよこされないのは、見上げるのが億劫なほど彼が高身長であるから――だけではないはずだ。

「結局こうなるのかぁ」

 笑った声音のまま、彼女は窓の向こうへ目をやった。その横顔も笑っていた。冬の終わりに落ちる夕日のように、胸の奥をざわざわとさせる微笑だった。

「……馬鹿なのだよ」

 やっとのことで、緑間は言った。握り締めた拳がギリリと音を立てる。シューターとして、緑間がなにより大切にしている指先。巻かれたテーピングが、動きによってクシャリと歪んだ。

 「だめ」と、少女が小さく言った。

「緑間くん、手は大事にしてるんだ、って言ってたじゃん。やめなよ、せっかく綺麗な指なのに。それに、シュート打つのにも響くでしょ?」

 シュートを打つモーションをしながら、少女はニカリと笑った。歯を見せた笑いはひどく場違いで、間が抜けていて、緑間をさらにやるせない気持ちにさせた。

「何故怒らない。お前には怒り、泣き、責め立てる権利があるはずだ。何故、」

 ――何故俺がこんな思いをしなければならない――

 まるで当事者のように、緑間は頭を抱え、俯いた。

「緑間くんには悪いことしたなぁ」

 おだやかな少女の声が響く。緑間の鋭利に尖ったものとは違う、柔らかなたおやかさのある声音だった。

「板挟みになっちゃってつらかったでしょ? どっちの味方するわけにもいかないし、でも緑間くんはなんだかんだでいい人だから、きっと私らどっちのこともどうにかしたかったんだよね? わかるよ。わかるよ、緑間くんの気持ちも。でも、でもね」

 そこで、彼女は目を閉じた。グッと眉間に皺を寄せ、数秒ほど黙り込んだかと思いきや、薄く目を開ける。

「真ちゃん」

 緑間は、自分の唇がわななくのを感じた。

「真ちゃん、私と友達になってくれないかな」

「友達だと……?」

「そう、私からのお願い。ごめんね、めんどくさくて。でも、ねえ、私ね」

 ボロリと、すべてが決壊した。

「少しだけでも、失いたくないんだ」

 すでに声になっていないむせび泣きのなかで、そんな言葉を緑間は聞いた。


 馬鹿な者たちだ。

 緑間は思う。


 ――なぁ、真ちゃん。頼むからオレのお願い聞いてよ。

 ――ねぇ、真ちゃん。お願いだから私の望みを聞いてよ。


 ふざけるなふざけるな。自分になんの関係がある? なんの関係もありはしない。自分はただ巻き込まれただけなのだ。くだらない男女間の色恋沙汰に、いつからか道連れにされてしまっていたのだ。迷惑きわまりない。

 ――だが、自分にどうにもできない所で回っていく歯車の、なんともどかしく不公平で悔しいものか。どうにもできずに掌からこぼれ落ちていく欠片のなんと後ろ髪引かれることか。

 少女は顔をおさえて泣き続けている。言い様のない苦い気持ちが胸中に蜷局(とぐろ)を巻く。

 何故。何故自分がこんな気持ちを味わわなければならないのか。好き合って、想い合って、それだけではいけないと言うのか。そんなもの、知ったことではない。

 少女の髪が、残された今日の陽に照らされて亜麻色に輝く。

 今の自分にできることなどなにもない。それは緑間が一番よくわかっている。そして、高尾も、目の前のこの少女も、わかっているはずなのに。

 ――何故だ。

 答えなど出ず、はなから出るとも思っていない。

 緑間はせめてありふれたドラマのヒーローのように、その亜麻色へと手を伸ばした。



――――――――――――――


高尾→←夢主なんだけど、永遠にくっつけなくて二人から断ち切ってくれと求められる緑間。
夢主は高尾のことはもう諦めようと思っているけど、やっぱり希望を捨てきれなくて、彼との繋がりを全部切る勇気はなくて、せめて二人の間にいた緑間をつなぎ止めておきたい、みたいなそんなかんじ。
お気付きの方もいらっしゃるでしょうが、前の高尾と緑間と夢主の続きであります。最終的に緑間オチになるありきたりルートみたいな。




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