唐突に、目が覚めた。無であった世界が現実に戻る。

 ――眠っていた。

 他のことが思案できない頭で、紺子は当たり前のようにその答えにたどり着いた。ぼんやりと目を瞬いてみる。吹雪がじっとこちらを見ていた。

 小さく声を漏らしながら、紺子は肩を揺らした。寝起きの彼女にできる、最大限の驚きの表し方だった。

 ゆっくりと半身を起こす。どうやら、コタツに入ったまま居眠りをしてしまったようだ。卓に俯せていたので、頬が妙な具合にピリピリする。枕にしていた両腕に感覚がない。だるさと脳の痺れを払うように、紺子は吹雪を見た。

 吹雪はいまだ卓面に頬をひっつけていた。澄んだ瞳が紺子を見つめている。まるで、何時間も前からそうやっていたようだ。それくらい、自然に完成された奇妙な一体感だった。紺子はなにやら嫌な気配を感じ、おそるおそるといったふうに口を開いた。

「……おはよう」

「おはよう。まだ夜だけど。よく寝てたね」

「うん……。どれくらい眠ってた?」

「わかんない」

「……吹雪くんはいつからそうしてたんだべ?」

「紺子ちゃんがうとうとしはじめてからかな」

「さっ、最初っからでねーか!」

 小さな体躯をキュッと縮め、紺子は声を上擦らせた。餅のようにふっくらとした白い頬に、林檎のような赤が散る。または苺と言い換えてもいいかもしれない。苺ならば苺大福だ。どちらにせよおいしそうだなぁと、これは吹雪の脳内コメントである。

「ごめんごめん。だってあんまり気持ちよさそうだったから。起こすと悪いかな、って」

 そう眉を下げて謝罪されると、紺子はすでになにも言えない。うっ、と口をすぼめて、吹雪を睨むだけだ。彼女のくりくりとしたどんぐりまなこでは、まるで威嚇されている気にはならないのだが。小動物みたいでかわいいなぁと、これは吹雪の心の声である。

「それに、紺子ちゃんの顔見てたら幸せになっちゃって。ずっとこうしてたいなぁ、って思ったんだ」

 わずかの恥じらいさえなく、そう甘い吐瀉をする吹雪の表情は、とろけきってゆるい。彼の周囲を包む柔らかな気配が、気を許した相手にしか見せないものであることくらい、紺子にはわかっていた。けれど、それが紺子の持つ羽衣のようなおおらかに包まれたうえでの安心感だということには、なぜだか気付けないでいた。それは吹雪だけが知っている。吹雪は、この小さな少女のかたわらにいる時だけ、えもいわれぬ幸福感を覚えた。存在を受け入れられていると、実感できた。実感できる時がないわけではなかったが、紺子に対してのそれは、他と比べてどこまでもくすぐったかった。それなのに、あたたかく満たされる。吹雪がこの感情を“恋”、または“愛”と名付けたのは、もういくらか前のことになる。

「それに、紺子ちゃんの寝顔すごくかわいかったから。見逃すの惜しくて」

「もう! またそんなこと言って――」

「ねえ、紺子ちゃん」

 彼女の言葉を切って、すいっとその紅葉のような手をとると、急に紺子が悲鳴を上げた。

「どっ、どうしたの」

 触られるのが嫌だったのだろうか。そう危惧しながら問いかけると、紺子は握られた手と逆の手を痙攣させながら、

「し、しびれた……」

 呻いた。

 どうやら、枕代わりにされていた彼女の両腕が、血の巡りを再開して暴れ回っているらしい。なんとか気を紛らそうとあっちこっちへ身をよじっている紺子に、吹雪は「あはは」と苦笑を零した。

「大丈夫? すぐに痛くなくなるから、もうすこし我慢しておいでよ」

 そう言って、苦悶する紺子を優しく諭す。

 引き寄せて、そのまぶたに唇を落とすはずだったのに、完全にタイミングを失ってしまった。煩悩が多いとダメだなぁと、これは吹雪の口に出さない本音である。

 ひぃひぃと涙を浮かべながら彼の服をつかむ紺子は、実にいじらしく、なんと愛おしいことであろうか。そんな頭の湧いた思考をしながら、吹雪は目尻を緩ませた。

 「もうすこし我慢しておいでよ」とは、自分にこそ言わなければならない台詞だなぁと、これは紺子に内緒の吹雪の葛藤である。





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吹紺の日おめでとう!
ギリギリアウトでした!(笑)




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