「ムムちゃんお菓子食べるー?」

「食う。なに?」

「ポッキー」

 赤い箱を出して、ミミは機嫌よさげに笑う。ムムは「ふーん」と相槌を打つと、まったく表情を変えないままそれをミミから奪った。

「あー! ちょっと返してよムムちゃん!」

「『いる?』って訊いたのはお前だろ」

「分けてあげるって意味なのー! 全部あげるなんて言ってない!」

「へーへー」

 ポカポカと背中を叩く拳に揺らされながら、ムムは無造作にポッキーの封を切った。返して返してムムちゃんのバカバカ、と飽きもせず喚いているミミの口に、甘いお菓子の一本を押し込む。

 むに濁点が付いたような呻き声を上げながら、ミミは口に入れられたそれを素直に咀嚼する。モグモグと口と頭を動かす姿はさながら小動物で、しかし己の愛らしい容姿に最上の自信と矜持を持っているムムは、俺の方がかわいいし、とけっしてそれを認めない。

「ブッサイクな顔ー」

「ひつれいなー!」

 口に食べ物を入れたまま叫ぼうとしても、間抜けに間抜けを上乗せするだけだ。いつでも険悪になりきれない生ぬるさは、おおむねミミのせいである。ムムは頬杖をついて、ニヤニヤとそれを見ているだけだったが、ふと――その目に静閑さが降りた。

「これ、チョコと一緒に食べるつもりだったんじゃねーの?」

 すると、グオングオンと回っていた全自動洗濯機が終了を知らせる前に突然沈黙するように、ピタリとミミは停止した。シュンとしたことを隠しもしない下がり眉に、ムムは嘆息しながら、自身もパクリとポッキーを食んだ。

「だってチョコ、アンドリューのとこ行っちゃったんだもん……」

 まあ他にないわな、とムムは口に入れた棒の長さを減らしていく。

「寂しいけど、邪魔したくないもん……」

 語尾がどんどん小さくなっていき、ミミはしょんぼりと俯いた。おおかた、いつものごとく目に涙を溜めて、うるうるしているのだろう。すぐ泣く。毒づきながらも、ムムの顔もなんとなく切ないものになっているのは、ひとえにミミの涙に胸を締め付けられるからだ。

 たとえばチョコと一緒にいたのが自分だったら、ミミは遠慮などしない。どいてムムちゃん! チョコの隣はあたしなんだから! という自分ルールと共に、その小さい体躯でムムに突進してくるだろう。ムムはムムで、そんなミミに「いてーなデブ!」と悪態を吐き、さらにミミの反感を買う。結果、見かねたチョコに叱られて、仲良くしなさいと諭されるのだ。二人はちょこんと正座をし、怒られたことで少しグズつきながら、ごめんなさいと謝罪する。たとえムムが、お得意のエンジェルスマイルをもってチョコに甘えたとしても、通用しない。それは、仲間内ではみんなそうである。三上などは、さらに上をいく王子様スマイルで返してくるか、持ち前の天然ともKYともつかぬ斜め上の珍回答をよこしてくるか、どちらかである。

 三上のことを思い浮かべて、ムムはふと考えた。

「なあ、なんでお前三上くんのとこ行かなかったの」

 ミミは面を上げると、「なんでミカちん?」と首を傾げた。やはり目には涙が溜まっていて、鼻頭は赤かった。

「三上くんならきっと優しく慰めてくれるだろ。俺んとこ来たって、こーやってイジメられるだけなのに」

 言っている自分がふてくされてきて、ムムはぷいっと顔を背けた。

 三上のことは好きだがコンプレックスだ。あんな王子様を具現化したような奴に勝てるものか。外見レベルなら張り合える自信はあるが、なんせ自分は“かわいい”や“プリティー”を売りにしている。ミミの理想からは程遠く、むしろライバルだなんて言われてしまう始末である。

 言ってスッキリするはずが、むしろもやもやしたもので胸中を埋め尽くされてしまった。頭上から黒い糸のかたまりみたいなものが発されているのを感じていると、

 クイ、と服が引かれた。

 見ると、ミミの手がムムの服をつかんでいた。唇をキュッと引き結んで、眉を寄せ、大きな瞳をまた涙で潤ませている。

 ムムは目尻を下げ、正面からミミと向かい合った。ムムちゃんがいいんだよ、という、明確な言葉にはされない意志を汲んでやる。自分は意地悪だし、よくミミにもそう言われるけれど、そこまで悪い奴にはなりたくない。嫌いも大嫌いも飽きるほど聞いたが、それを本当にされたらたまったものではない。

 優しくはできないので、ムムは戯れるようにギュッとミミを抱き寄せた。オラオラーと頭に顎をグリグリ擦り付けると、悲鳴と抗議の声が返ってきた。




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新刊を一年くらい待ってます。この二人はお互いの気持ちわかってるのになんで付き合ってないの?って考えて、ムムちゃんがはっきり「好きだ」って言ってないからだと思いました。うさぎちゃん同士のピーピーした争いは大変かわいらしいですね。




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