小学校の頃、変わった女の子がいた。変わっているといっても、頭がおかしいとか、人道を外れた道を歩んでいるとか、家庭環境が狂っているとか、そういう意味ではない。ある一点を除けば、彼女はいたってごく普通の女の子だった。普通に明るくて、普通にワガママで、普通に泣き虫で、普通にかわいいものやおしゃれが好きで、本人もそれなりにかわいくて、たまに男子から告白されて困ったように顔を真っ赤にしている、普通の女の子だった。それならなにが変だったのかというと、彼女は時々妙な行動を取ることがあった。さっきまで友達とニコニコ笑っていたはずなのに、急に押し黙って、とある一点をじいっと見つめているのだ。そこにあるのは椅子や机だったり、黒板だったり、壁だったり、けっしておもしろいものでもない。それでも彼女は、いやに思い詰めた表情でそこを凝視する。それから、ふと窓の外に視線を移した時なんかにも、何事もなく視線を戻したかと思えば、突然ぎょっとした顔でまた窓の外を見直したりもした。変わったものでもあるのかと、僕もつられて外に目を向けてみたが、見える範囲には別段なにもなかった。他の子が彼女のそういう行動に気付いていたのかは知らない。僕だけが彼女のことをよく見ていて、そんな彼女の時たまの行動に目を留めていただけかもしれない。しかし僕は彼女のそんな行動が気になったし、すこし怖くもあった。だからある日訊いてみたのだ。

「ねえ、君って霊感とかあるの」

 彼女はキョトンとして、歩くのをやめた。音楽室への移動の際で、めずらしく彼女が一人だったから、勇気を出して声をかけた。しばし訪れた沈黙に、僕の方こそ変なことを言ったなと、間違いを恥じる気持ちで赤面しながら質問を撤回しようとすると、

「えー、どうして?」と彼女は笑った。

 僕はようやく動き始めた時間にホッとし、「ううん、ごめん、なんでもないよ」と笑って見せた。「へんなのー」と彼女は首を傾げ、僕らは連れ添って音楽室へと向かった。カップルー、だのと囃し立てる男共に「うっせ」と噛みついたりしながら、俯く彼女と離れて座った。僕らの間で会話らしい会話といえば、そのくらいだったような気がする。

 どうして今さらそんなことを思い出したかと言うと、昨夜小学校時代の友人から、その女の子が死んだという連絡を受けたからだ。大学生になってから、二ヶ月が経っていた。

 「自殺だって」と、電話の向こうの友人は言った。僕はなんと言うべきかわからず、「ほんとに?」と返した。思いがけず、声が震えた。「葬式どうする? 出る?」と訊かれ、僕は特に予定もなかったし、アパートを借りているのも地元からたった二駅の所だから、「行くよ」と答えた。そいつは仕事があるから行けないんだと残念そうな声で呟き、僕は代わりに手を合わせてくるよと励ますように言った。

 そうして出向いたお葬式で、僕は彼女の両親に会った。見たことがあるような気がしたが、気分的には初対面だった。彼女の両親は真っ赤に泣きはらした目で「よく来てくれたね」と言うと、またわんわん泣き崩れた。ビルから飛び降りてね、と彼女の母親が途切れ途切れに言った。悩みなんて聞いたこともないし、その日の朝だっていたって普通だったんだよ、なのにどうして、と彼女の父親が目頭を押さえた。二人は、立ち尽くす僕に、なにか心当たりはないかと尋ねた。無論、小学校卒業からこっち顔を見たこともなかったのだから、わかるはずはない。僕は「すみません」と首を振るので精一杯だった。

 葬儀の帰り道、僕は久しぶりに煙草を吸った。よく晴れていて、少し肌寒かった。肺に煙が回って、頭がぼんやりした。その反面、脳の中心みたいなところがスウッと冷えて、ふいに僕に昔のことを思い出させた。彼女に「霊感とかあるの」と訊いたあの時のことだ。

 二回しか煙を吐いていない煙草を携帯灰皿に入れ、僕は深い溜め息を吐いた。ニコチンとは違う苦さが胸を渦巻いて、こめかみのあたりがズキズキした。

 よくよく考えてみると、彼女はあの時一度も、「見えないよ」とは言っていなかったのだ。




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久しぶりに一次創作物。




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