※現パロ



 図書館で川西 左近が陣取る席といえば、いつも決まって奥のテーブル席の窓際だ。本棚がずらりと並んだそばにあるので、まるで個室のように隔離されている。その閉鎖的感覚は、ちょっとした秘密基地や隠れ家の気分で、左近の少年心を刺激した。もちろん大部分は、その場所がとても静かで、読書や勉強にふさわしい位置であったからなのだが。それと、その席からは大きな銀杏の樹が真正面に見える。秋になると、見事な景観で人をセンチメンタルな気分にさせる。左近は、その景色も気に入っていた。

 ――そして、もう一つ。


「あらいやだ、いつの間に雨が降っていたのかしら」

 耳に入った声は、高く澄んで清らかだった。独り言として呟かれたわけではない声量で、目の前に座った女の人は言った。それが信じられず、またその言葉が自分に向けられたものなのかもわからず、左近は手元のレポートから顔を上げた。元よりたいしてはかどっていない。

 四人掛けの机の正面に座る女性は、曇った表情で窓の外を見ていた。灰色に澱んだ空から、知らぬ間にかなりの量の雨が降っていた。天気予報では今日は一日晴れだと言っていたのに、どうも気象予報士が外したらしい。

 いやしかし、問題は目の前の女性だ。彼女は窓に向けていた物悲しそうな顔を左近の方へ向けると、白い輪郭がぼやりと浮き上がりそうな儚げな笑みを作った。

「傘は持っていらして?」

「え、いや……。天気予報は晴れだと言っていたので」

「そうね、私もそう。まったく、お天道様も困ったものねぇ」

 まいったわというふうに眉を下げ、彼女はコトンと首を傾げた。

 ――どうしたんだ、これは。僕、会話してる。会話してるぞ! 憧れのあの人と!

 左近は、湧き上がる感動を隠しきれなかった。頬が紅潮して動悸が速くなり、不可思議な汗が掌で滑った。左近は、ずっと前からこの場所を定位置にしている青い髪の女性に恋をしていた。彼がこの場所に座りたがるのは、ここに座れば彼女に会える可能性が上がるから、というわけだ。

 すると、ふと、彼女が目を瞬いた。

「あら、その本――」

「えっ、本!?」

「鉢喰 亜二郎の『弓切りの刃』じゃない。マニアックね。いつも思ってたんだけど、結構マイナーな路線に走るタイプなの?」

「へ?」

 今度は左近が目を瞬いた。

 “いつも”と言ったか? はて、それはいったいどういうことか。

「僕のことを、知っているんですか?」

 ポカンと呆けたまま、左近は口だけを緩慢に動かした。

「知っているわ。だってよく見かけるもの」

 彼女は、上品に口に手を当て、クスクスと肩を揺らした。

「あなたこの間、オータリーの『暴れ坂峠の逆光』も読んでいたでしょう?」

「あ、はあ……」

「あれ、前に私が借りた本なの。自分以外に読む人がいるなんて思わなかったから、つい感動しちゃって。それ以来、たまに見かけた時……ごめんなさい、勝手に盗み見ていたのだけど、よく私が読み終わった本を読んでることに気付いてね。『ああ、お話がしてみたいなぁ』と思っていたのよ」

 にっこりとした笑みは、見る者の邪気を払うようにきらめいて眩しい。とてもじゃないが「あなたが読んでいた本を片っ端から読みあさっていたんです」なんて言えない雰囲気だ。だから左近は、綿菓子のようにほわほわとした笑顔に「あは、はは」と取り繕った笑いを返した。

「ねえ、よかったらなんだけれど――この後時間があったら、どこか喫茶店で雨宿りでもしながら、お話しませんこと?」

 左近の上っ面の笑いが、「あは」で止まった。

「そ、れは……僕とあなたが?」

「ええ。お嫌かしら」

「とんでもない! 是非っ、是非行きましょう!」

 言いながらガチャガチャと慌ただしく筆箱やノートを鞄にしまう左近を見て、彼女はまた「ふふふっ」とたおやかに微笑んだ。

「うれしい。私は恵々子というの。よろしくね」




―――――――――――――


左近は図書館でよく見る美人なお姉さんに憧れる普通の大学生。うっかりストーカーじみた行動に出ちゃうのはあれだ、耳をすませば的なあれだ。
癖でこへ恵にしそうになったけど、小平太には似合わなすぎたんで、「さこ恵ってたまに見るな…」のノリで左近になった。

恵々子ちゃんもたぶん大学生だけど、左近よりいくつか年上。天然なのか小悪魔なのか。
恵々子ちゃんに昭和文学ちっくな喋り方をしてほしかっただけです。
ちなみに作中に出てくる著者名と作品名は私が適当に作ったフィクションなのであしからず。似たようなのあったらすみません。




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