これの前日譚みたいなかんじ
※ちょっぴりアダルティー



「僕が脱がした方がいい? それとも自分で脱ぐ?」

「なんでそういうこと訊くわけ!? ありえない!」

 真っ赤な顔で憤慨する卯子は、今現在できるかぎりの眼力で綾部を睨みつけたが、布団の上で自分の体を守るように縮こまっていては、いささか迫力にかける。そんな卯子を、感情のわからぬとぼけ顔で見つめる綾部は、彼女の前で四つん這いになったまま「うーん」と喉奥で唸った。

「じゃあ、僕が脱ぐから。その間に決めて」

「え」

 言うが早いか、綾部はグワッと上衣の前をくつろげた。右腕左腕と袖から引き抜き、ポイッと横に放る。それを見て、卯子は息を飲んだ。綾部は躊躇いもなく装束の下の腹掛けも取り去ると、剥き出しの上半身を彼女の前に晒した。どちらかというと可愛らしい部類に入る綾部の体は、予想外なほどしなやかに鍛えられていた。薄い皮の向こうにあるのは、自分とは似ても似つかない節くれだった骨と、固い筋肉。

 よくよく考えれば、穴掘りというのはかなりハードな作業だ。いくら手鋤や踏み鋤を使用しているとは言え、あんなに高度な落とし穴や蛸壺を掘るのはなかなか難しい。趣味が転じた技術というのもあるだろうが、それは同時に、彼の肉体を鍛えていく結果にもなった。普段の、あの保健委員を泥だらけにするしか能がなさそうな穴たちは、こうしてしっかり身になっていたというわけだ。

 ――男の人だ。ドクリ、と心臓が脈打つのを感じた。綾部のまん丸な目が、スッと半月のように細められる。ズイッと、さらに距離を詰めた綾部の顔は、たとえるなら香辛料のようだった。ピリッとしていて、普段の淡白そうな瞳に、強い刺激を宿している。

 彼はその手を卯子の髪に差し込んだ。いつの間にそんなに近付いたのかと、卯子は肩を弾ませる。耳を撫でる掌の感覚に、首の後ろから腰までがゾクリとした。音もなく、綾部は卯子に顔を寄せた。彼の瞳、外気に晒された肌が眼前に迫り、思わず身を引く。とうとう、座った卯子の足の横に手を付いた綾部に、

「あー! あんな所で立花 仙蔵先輩がアフロになってるー!」

 あらぬ方向を指差した卯子は、いかにも驚いたという体で叫んだ。

「ん?」

 綾部が振り返る。その隙に、卯子は布団の上から光の速さで抜け出した。室内は暗いが、すでに目は慣れている。闇夜に紛れる忍者にとって、鳥目など話にならない。すぐさま障子を探り当て、開こうと手をかける。

「こーら」

「ぐえっ」

 背後から思いもよらぬ重みがのしかかり、卯子はうつ伏せに倒れながら、蛙が潰れたような呻き声を上げた。背中に感じる体温と感触に、「なにすんですか、女の子相手に!」と抗議する。首だけ捻って振り返れば、すぐ真後ろに綾部の顔があった。頬に唇が触れそうな距離に、卯子はギクリとする。余計な言葉を発すると、すぐにでも噛みつかれそうな気がした。綾部はそういう目で卯子を見ていた。

 それ以上何を言うこともできず、じっと愛らしい瞳と見つめ合う。こんな近くで異性と見つめ合ったことが、はたして卯子の今までの人生であっただろうか。――いや、きっとない。そう思いながら、ついパチリと瞬きをした。

 ……あ。

 何秒にも満たない暗闇の後、綾部の顔が先ほどよりずっと近くなった。唇に押し付けられるようになっているのは、おそらく綾部の唇である。柔らかいその感触に、呆然と動きを止めた。

 暗い。今晩は明るい月夜であったはずなのに、雲がその白い光を隠してしまったのか、入ってくる明かりはほとんどなかった。手先さえ見失いそうな闇の中で、相手の体温だけが妙にはっきりとしていた。

 途端、綾部の手付きが変わる。急に、まさぐるように卯子の腰に手を当てた。そのままするすると尻まで落ちていき、ふくよかなそれを確かめるように撫でる。もう片方の手は彼女の胸元に伸び、襟元から装束の中に入り込もうとする。さらに口内には彼の舌が強引に割り込み、卯子はまともな抵抗もできないまま硬直した。暴れようとしても、想像以上に大きなその体は、彼女の抵抗を一切受け入れなかった。




 忍たま長屋のとある一室。明かりも消されたはずの部屋からは、甘い声が漏れ続けている。一人は、緩く波打った量の多い髪の、穴掘り小僧と呼ばれる少年。少年は、平素よりずっと猛々しい顔つきで、自分の下にいる少女を暴いている。こちらの少女は、赤い髪を持つ、男勝りな下級生。しかし今は、いつもの勝ち気な様はなりをひそめ、されるがまま、少年の指に、舌に、少年自身に、嬌声を上げる。その様子はひどく扇情的で、けれどめずらしいことではなかった。普通の男女の情事である。ただ、少女には他に好いた相手がおり、少年はそんな少女を好いていた。少女の恋が叶うことはおそらくなく、少女はそれをひどく悲しんだ。他の男のことで悩まれようと、少年は少女の泣いた顔より笑った顔の方を愛したので、どうにかして彼女を楽にしてやろうと考えた。そうして出した答えだった。大部分が冗談と、己の欲望を満たすためだけの馬鹿げた提案だった。しかし少女は、首を横には振らなかった。少年はその時初めて、彼女がどれほど打ちひしがれていたか気付いた。そして嫉妬した。ここまで彼女に想われる男に、焼け付くような羨望を抱いた。

 ――でも、もうこれで僕のものだ。

 これを終えて、自分たちの関係がどう変わるかはわからない。それでも今この瞬間、卯子は綾部のものだった。卯子が初めて受け入れた男は、善法寺 伊作でも、他の忍たまでもなく、綾部 喜八郎だった。それがどれほどすごいことか、この少女はわかっているのだろうか。

「あ、やべっ、せんぱ……」

 卯子は助けを乞うように手を伸ばした。綾部はその華奢な指をすくい、そっと口づける。

 この背筋の粟立つ快感で、この火傷しそうな熱で、彼女がすべてを忘れてしまえばいいのに。そうして、僕をことを好きになってくれればいいのに。

 月明かりに照らされた卯子の体は青白く、ツヤツヤとして美しかった。だが、卯子の目に映る綾部の体も、また綺麗だった。

 この時、擦れ違う男と女の運命が、一つになろうとしていた。重なる掌は固く互いを結び、触れ合った肌は吸い付くように一体化した。繋がった部分は熱く脈動し、求める激しさに目眩を起こさせた。

 忍たま長屋のとある一室から、絶え間なく声が漏れ続けている。確かめるように名を呼ぶ声と、それに応えるように名を呼ぶ声。それはどちらも甘く、汗と愛にまみれていた。

 体で始まる愛もある。幼い二人は、まだそのことをきちんと理解してはいない。けれどいつか悟るだろう。明日になって離れてしまえば、すぐにでも思うだろう。相手の手のぬくもりを思い出した時、自分の中に流れる生命の息吹が、相手を欲していると気付いた時に。

「卯子ちゃんが、好き」

 小さく呟いた綾部の言葉に、卯子が目だけで頷いたことを、彼はまだ知らない。




――――――――――――

なんとなくわかっていたけれど、最近の私は綾部がかわいくて仕方ない模様。綾部のあの外見をどう言葉で表現したらいいのかわかりませんぬ。

綾部は普通に脱がす方が好きだと思います。てゆーか四年生はみんな普通に脱がすタイプな気がします。そういうとこ案外地味だったらいいです。
タカ丸さんだけちょっと悩みますが、私は彼はかわいいかわいいほにゃほにゃキャラとして認識しているので、腹黒っぽいのは今はなしにしときます。でも腹黒なのも好きです。好きです、タカ丸さん。

余談ですが、仙蔵さんは相手が恥じらいながら少しずつぬぎぬぎしていくのを、すごく楽しそうに見ているタイプだと思います。仙様。




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