鋭く磨かれた鋼鉄の刀身が、少女の真っ白い喉元に反射して鈍く光った。ぎらりと目を焼くそれよりもずっと、彼女の肌は眩しく見えた。

「泣き叫んで命乞いをしたりはしないのか」

 クナイの切っ先を彼女の喉に突き付けたまま言うと、完全にマウントポジションをとられた少女は、彼の後ろに何か違うものでも見ているような、ひどく無感情な目をちっとも動かさないまま、

「今の貴方に、それが必要ですか」と言った。

 なんのことだと少年が訝しがると、今にも喉をかっ切られそうになっている少女は、ただ静かにそんな彼を見返した。ひっそりと佇む夜のような、底のない海のような目に映るのは、ずいぶんやつれた顔をした男だった。頬はこけ、髪は乱れ、瞳だけがギラギラと獰猛さを剥き出しにして血走っている。当然だ。彼は今から、人を殺そうとしているのだから。それも、ただの人ではない。共に笑い合い、慈しみ合い、人生の伴侶となることを約束した、好いた女であったから。

 作り物のような少女の頬に、ぽたりと、なにかが落ちた。雨が一滴地面に落ちたような小さな水溜まりは、間を置かずにぽたり、またぽたりと、少女の頬に落ちる。

 泣いているのか、と彼は言った。泣いているのは貴方でしょう、と少女は言った。自分の顔をさわってみると、ああ確かに、目から零れた本心でびしょびしょになっている。洪水のように後から後から流れ出す涙は、彼女を溺れさすがごとく、とどまることを知らなかった。あんまりにも呆然としていたので、彼女がクナイを持った少年の手をやんわり横にどけても、彼は何一つ発さなかった。

 華奢な体が、幼さに精悍さを蓄え始めた少年の体を、柔らかく包んだ。上等の絹でくるまれているような安心感である。しかし、それは絹ではなく、一人の血の通った女の子なのであった。たった一人の、彼の愛しい恋人なのであった。

 すがりつくように、彼は少女を抱きしめた。ぎしりと骨の軋む音がして、クナイより己の方がずっと彼女を殺してしまいそうだと思ったが、少女はそれを拒まなかった。

 少年の目の前に広がる藍色の髪に、涙は吸収されていく。愛する人からの抱擁では、少女は死なない。清らかな手は、傷口を癒やすように少年の背を撫でた。

 カラン、と、クナイの落ちる音が辺りに響いた。




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