「はじめまして、龍田よぉ」
肩で切りそろえられた黒髪が、サラリとなめらかな軌道を描いた。
「天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ」
気弱そうな眉をおっとりと下げ、天龍型軽巡洋艦の二番艦、龍田は、笑った。
なにがどう、と問われても、私にはわからない。
「あはっ、なにか気になることでもぉ?」
見つめていたら、目ざとくそれを察し、食えない微笑みをよこすところも。
「出撃します。死にたい船はどこかしら」
笑みを浮かべているのに、ちっとも穏やかでない台詞を口にする末恐ろしさも。
「うふふ。砲雷撃戦始めるねぇ〜」
儚げな外見とは裏腹に、武装を施したボディを駆使し、硝煙と爆薬の中に嬉々として身を投じる様も。
「天龍ちゃんがみんなに迷惑かけてない? 心配よねぇ〜」
姉に対する一種異様な執着の仕方も。
「おさわりは禁止されています。その手、落ちても知りませんよぉ」
すこしでも触れようものなら、その不届き手に主砲を向けかねない隙のなさも。
みんな、同じなはずなのだ。龍田はあいかわらず龍田であり、どこにも違いなどありはしない。天龍型軽巡洋艦二番艦、龍田。彼女はそれであり、他のなにものでもない。だと言うのに――
――あぁ、天龍ちゃんの戦う姿が見える〜。よかったぁ…――
派手に撃ち抜かれ、水しぶきを上げながら海底に沈んでいく間に呟いたその声を、何故だか私はハッキリと聞き取っていた。
「ねえ、提督? あなた、私の後ろにいったい誰を見ているの?」
龍田が朗らかに笑う。よく見知ったその微笑み、耳に心地よいその声が、こんなにも遠く、見知らぬものに感じる。
これは私の知る龍田でありながら、私の龍田ではないのだ。
「いいや、なんでもないよ。さあ、ドックへ急ごう。君、先の戦闘で大破しちゃっただろう。服がひどいことになっているよ」
「ふふ。服を切らせて骨を断つ、ですよ」
「まったく……怖い人だね」
この入渠が終わったら、龍田を秘書艦からはずそう。そんな私の意図すらわかっているのだろう、龍田はふぅわりと笑い、「しばらくドックで寝てるね〜」と手を振り、去っていった。
「ごめんね、龍田」
その背中を見つめながら、私は聞こえるはずのない謝罪をした。それが“どちらの”龍田に対してのものかは、私にもわからなかった。
――――――――――――
一回轟沈させると、同じ艦なのにまるで違う子のように見える。その艦娘との思い出や愛着が深ければ深いほど、ロストするのはその艦娘本体だけではない。
再びドロップされたその艦娘が自分の艦隊にいること、以前と変わらぬ台詞・挙動・戦い方をしていることが、まるでホラー映画を見ているように私をゾッとさせる。それがどれほどに、すべて自分の咎かわかっていても。グスン…。
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