ゆっくりと、まるで柔らかな綿の輪郭を一ミリも潰さずに撫でるように、エドガーの指はリカの頬を滑った。くすぐったいやらもどかしいやらで、体が震えた。けれど、リカの心はなにもかもを諦めんばかりに落ち着いていたので、黙ってその大きな目を閉じた。

「辛かったでしょう、レディ」

 英国紳士は、なんの捻りもない慰めを口にした。女性に対する言葉のレパートリーなら、サッカーの技に匹敵するくらい持ち得ていそうな男だ。その彼がこんな無難な台詞をこういう状況で使うなんてと、意外に思った。それでも、彼のその一言には、噛み締めるような気遣いが滲み出ていた。哀れに思われていることがひしひしと伝わる声音だった。社交辞令じみた口先だけの言葉ではなく、本当にそう思っているんだろうなと、表面上だけでも感じることができた。

 欧米ではキスは挨拶がわりだと言うのに、エドガーは相手を労るようなキス一つ寄越しはしない。アイシャドウとアイラインのひかれたリカの瞼と目尻を、産毛をくすぐるような優しい手付きで撫でる。リカは涙など流していないのに、彼の指先はまるでそれをすくうようだった。もしかして彼には、今まで流してきた彼女の涙が見えているとでも言うのだろうか。

「弱っとるとこにつけ込んだりせえへんの?」

「そんなこと、紳士のすることではありません」

「じゃあアンタは、なんでアタシにかまうん」

「それでも、自分を見てほしいと思う欲は確かにあるからですよ」

 素直じゃないなと思った。しかしながら、ある意味では非常に正直だ。決して博愛主義の走りではない。エドガーはリカに好意を持っているから、リカに対して言葉を選び、その結果、面白みも何もないものを選んでしまったりする。そういう格好のつかない様を、エドガーはひどく嫌っているのだが、感情をコントロールすることが困難になれば、行動は自然とそれに付随する。つまり、エドガーはリカの前にいる時は、普段の己を半分も出せていなかった。リカの方は、エドガーのそんな面ばかり見ているので、普段の彼とのギャップに不思議を感じる程度だったが。

「エドガーは優しいけど、時には強引さを押し出すことも大事やで」

 羽衣でくるむような、卵の表面に指先で触れるような、そんな優しさは欲しくなかった。なにも考えられなくして、すべてを忘れてしまいたかった。優しさにあの人を重ねてしまうくらいなら、いっそ激しさで塗り潰してほしかった。めちゃくちゃにかき抱いて、首筋に歯でも立てられれば、あの明るい笑顔も、聡明な声も、厳しさと隣り合わせた優しさも、違う相手へのまっすぐな想いも、忘れてしまえる気がした。逆を行かなければ、きっとすぐに思い出して、いつまでも引きずってしまうのではないかと思った。

 けれど、エドガーの指先が本能のまま牙を剥くことはなく、“ダーリン”という存在は、あいかわらずリカの中で静かに、だが変わらぬ清流として流れ続ける。その流れをせき止める術を持たぬまま、同じ優しさでも気持ちがあるだけでだいぶ違うものなのだなと、リカはぼんやり考えた。

「まずアンタは、その『レディ』っちゅーんをやめることから始めなあかんな。あたしはリカや、エドガー」

 微笑んだ顔が弱々しくなったことは、エドガーの眉尻を下げる笑い方でわかった。きっとリカは今、同じような顔をしているのだろう。縋るためか、それとも目の前の、他人とは思えない恋の仕方をしている男を安心させるためか、リカはエドガーの手にそっと手を重ねた。




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円秋が折れた時は「うわああああ」だったけど、それに伴って一リカが崩れたと気づいた時は「ああ…」って目を伏せるかんじになった。どこかでリカちゃんの恋は叶わないって思ってたのかもしれない。でもすごく悲しかった。ゲームにリカちゃん出てなかったらしいけど、もう公式は残ったエドリカフラグを回収するしかないと思うんだ。




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