「わかってるの」

 十六年来の幼なじみは、陽に照らされた水面のような、目を細めたくなる表情でそう言った。

「人はだれしも、だれかの全部を自分のものにはできないって。だから私が大ちゃんの全部を欲しがるのはすごく傲慢なことだし、間違ってるってわかってるんだけど」

 それでも、浅はかに望むことをやめられはしない。掌をすり抜けていくような曖昧さと確かな距離感が、その遠さと近さが、彼女に余計なものを植えつけるのだ。

 すると青峰は、「何言ってんだコイツ」という表情を露骨に浮かべながら、桃井へと告げた。

「別に欲しけりゃくれてやるよ。そしたらさつきも俺のもんになるんだろ? 一石二鳥じゃねえか」

 そういう問題か。“ポカン”やら“キョトン”やらを通り越して唖然とする桃井をよそに、青峰はどうだそのとおりだろうと鼻を鳴らした。

 それは、「ドアがあるから開けるんだろう」とか、「売られたケンカは買わなければいけないだろう」とか、「そこにボールがあるからバスケするんだろう」というような、彼にとっては当たり前らしい答えの導き方だった。自らの価値を軽んじているから承諾するのか、桃井を自分のものにしたいから交換条件を突きつけるのか、そのへんのことはわからない。案外本気で、“俺がさつきのものになる=さつきが俺のものになる→OK”という方程式を成り立たせているのかもしれない。無駄な打算などせずに、そこにある彼にとっての事実だけを、単純回路で考えているのかもしれない。

 大ちゃんらしいなぁ。

 毒気もなにも取り払われて、桃井は素直に涙を流した。「なに泣いてんだよ」と少し驚いたように言う青峰に、「うれしかったの」と笑う。

「嫌がられたらどうしようかと思った」

 俺がさつきを嫌がると思うか、などという台詞はさすがに彼にも吐けないようで、真っ直ぐだった視線は気まずそうに逸らされた。

 桃井は青峰の手を取り、縋るように両手で掲げた。

「言い方がちょっと俗物すぎたかな。言い直すね。大ちゃん、私とずっと一緒にいてください」

「今まで一緒にいたんだから、これからも一緒にいるっての」

 そんなとんでも理論が通用するのは自分たちの間だからだと、彼は理解しているのか。本当はありえないことなのに、青峰が言うと「なるほど確かにそのとおりだ」と思ってしまう自分がいて、いやはやこれは傍から見るとひどいバカップルだ。

 いつまでもそういうシンプルで単純で直情的な彼でいてほしいと思う。自分が迷う時があっても、ふらつく足を叱咤して、強引に腕を引くような人であってほしい。その分、それによって取りこぼしがちになっている様々な事柄たちを、私が拾って回るから。

 ――もっと細かいことまで考えてよねー!

 そう文句を垂れながらも、本心で嫌がっていない桃井は、けっして本気で咎めはしないのだろう。たとえば、帰宅するなりネクタイやらワイシャツやらを放り投げていく彼の後ろを、それらを拾いながら夕食前には手を洗えと言うような、そんな未来が、容易に彼女の脳内には思い描けるのだ。




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