女より女らしい男など認められるものか。心の中でそう毒づきながら、ナオミは斜め前にある背中を睨み付けた。

 そこにいるのは、烏の濡れ羽色の長髪をゆるやかに結い、スラリとした身丈を鮮やかな薄紅藤の着物に包んだ――

「立花先輩お綺麗ですぅ!」

「とても男の人だとは思えません!」

「まあな」

 正真正銘の、男なのである。


 ただでさえ白い肌に白粉を振り、艶めいた唇に紅を引いた立花 仙蔵は、笠の下で髪をサラリと後ろに流した。

「女装をするのであれば、半端なものではいけない。男が女に化けるんだ。少しの綻びすら、怪しまれる要素になりかねない。恥を捨てて女子になりきることが大切だ」

「勉強になりますぅ!」

 普段は姿を見るだけで顔を引きつらせて逃げ出すくせに、なんだかんだ仙蔵はこのしんべヱと喜三太に甘い。敬遠しているわりには相手をするし、こんなふうに真剣に忍者としての心得を説いたりする。

 今日は、一部の間ではお約束になっている、仙蔵・しんべヱ・喜三太の三人での登場で、きっとまたこれから一波乱があるのだろう。数分後には、真っ黒焦げになった仙蔵が焙烙火矢を投げながら、二人を追いかけ回しているに違いない。そして、疲れた顔をしながら帰ってきて、もうあの二人には関わらないと固く心に誓うのだ。そうやって毎回決心するくせに、その時になってしまえば仙蔵はまた同じ轍を踏む。以前、しんべヱと喜三太に「立花先輩は時々おっちょこちょいなところがあるから」などと言われていたが、あながち間違いでもないと思う。


 事実、彼は未だにしんべヱと喜三太に、忍者としての心得を得々と語っていた。そんな呑気なことをしているから、最終的にひどい目に遭うのではないかとナオミは思うのだが、口に出せはしなかった。話題は女装する際に気を付けることから、格上の敵と対峙した際の対処法へと移っていた。ずいぶん世話焼きなことだ。

 ナオミは手持ち無沙汰に、辺りを見回した。彼女は、本来この三人組の中に混ざるべき人間ではない。その彼女が何故今ここにいるのかと言うと、話は簡単だ。今回、仙蔵が学園長から仰せつかった任務は“とある城主から預かった手紙を、とある城の城主へ渡すこと”。くわしい内容は、ナオミには教えてくれなかったが、おそらくその二つの城は手を組むのだろう。もしくは、片方の城が「手を組みませんか」ということを打診するために文を送るか、どちらかだ。そのことが他の城に露見すればまずいことになる。馬借便などは足が付く可能性があるため、こうして忍術学園の生徒が秘密裏に行っているというわけだ。仙蔵の女装は、万が一の可能性をさらに潰すための念入りである。そしてナオミは、仙蔵の下女役として連れて来られた。今の仙蔵は、どこからどう見ても良い所のお嬢様。車に乗っていないのが不思議なほどの、綺麗な身なりをしている。そんな女子が、お供も連れずに畦道を一人で歩いているというのは、少しばかり不自然である。そんなわけで、その不自然さを払拭するためにお供の役を授けられたのがナオミであった。しんべヱと喜三太の二人には、その道中で出会ったのだ。


「ナオミ、お前も男装する際には気を付けろ」

「へ」

 急に話題を振られて、ナオミは間の抜けた声を出した。先程までしんべヱ・喜三太に向けられていた視線が、久方ぶりにナオミの方を向いていた。

「くノ一にも、男装する機会があろう。その時には今言ったようなことを念頭に置いておけ」

「あ、ああ……はい。気を付けます」

 全く聞いていませんでしたとはとても言えず、ナオミは曖昧な笑みを作って答えた。

「ねー、ナオミちゃん! 立花先輩すっごく綺麗だよね」

「女装してると女の人にしか見えないねぇ」

 さらに、しんべヱたちが言い募る。本物の女がここにいるのに、と複雑な思いを胸に秘めながら、彼女は「ほんとだね」と笑った。実際、そこにいる人は本当に美しく、振りまかれる光の粒に目を細めてしまうほどだ。その眩しさに、ナオミは顔を逸らす。男の時ですら、その美貌に劣等感を抱いているのに、こうやって女に化けているとなおさらだ。隣に立っていることが恥ずかしくて悔しくて、どんどんと目線は下がってしまう。


 すると、何かがするりと頬を撫でた。

「そう卑屈になるな、ナオミ」

 声がいやに間近で聞こえて、ナオミはギクリと飛び上がる。パッと面を上げると、彼女の頬に手を添えた仙蔵が、すぐそこまで迫っていた。ひくりと、唇の端が歪んだ。

「いくら私の女装の質が高いとは言え、結局のところ私は男だ。心配することはない」

「あははーそうですねー」

 棒読みの台詞を返しながら、妙に接近してくる彼の体も押し返す。まずい、なんだか仙蔵の雰囲気が二人きりでいる時のものになっている。これはまずい。眼前に迫るのはえもいわれぬ美女なのに、ナオミの体を引き寄せようとする力は、とても女子のそれではなかった。腰に手が回されて、ナオミはとっさに「立花先輩!」と声を荒げる。「おや」と口先ばかりの疑問を零した仙蔵は、紅の乗る薄い唇を意地悪げにゆるめた。

「どうした、ナオミ。いつものように『仙蔵さん』と呼べ」

 心の中で悲鳴を上げながら、ナオミの顔色は蒼白に染まった。


「立花先ぱーい。先輩からは“忍者の三禁”については教えてもらえませんねー」

「ですねぇ」

 黙って事の成り行きを傍観していたしんべヱと喜三太が、ナオミたちから視線を外さないまま言った。いやに落ち着いた年下の少年たちの言葉に、ナオミの羞恥心は一層加速する。そんな彼女をすっぽりと胸の内に収め、仙蔵は「まあな」と笑った。

 ――なんなんだお前らは!

 右も左も前も後ろも敵だらけで、男装する際の心得よりも、四面楚歌になった際の対処法の方を教えてもらいたいと、ナオミは切に思った。




[戻る]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -