「あのねぇ」

 自分の下で、唇を噛み、身を強張らせている女に、綾部 喜八郎(あやべ きはちろう)はやれやれと言った具合に声をかけた。

「僕は何も君を犯したいわけじゃないんだよ」

 彼女の両足に手を添えたまま告げるが、一向に相手は緊張を解く気配がない。むしろ解くまいというようにシーツを握り締め、すべてをシャットアウトせんばかりに固く目を閉じていた。その目尻にうっすらと涙が浮かんだままになっているのを見て、綾部の口からは自然と溜め息が零れた。


「ただ、こういう流れになったら手を出さないのも不自然だし、出さなかったら出さなかったで失礼な場合もあるからさ。だからと言って、嫌がるのを無理強いするつもりはないんだ。するならするで気持ちよくしてあげたいし、気持ちよくなってほしい。わかる?」

 諭すように言うが、女であるところの卯子(うっこ)は反応を示さない。何かに耐えるような素振りも変わらない。綾部は再びため息を吐いた。彼女の反応が変わらないのは、綾部が気遣うような口調で言ったつもりの言葉も、彼とたいして交流したことのない卯子にとっては、いやに無感情な棒読みに聞こえたからなのだが。綾部の感情の起伏が感じ取れるようになるには、ある程度彼という人間を知らなくてはならない。だが、生憎と卯子はそこまで綾部と親しいわけではなく、まともな会話と言えば、仕事時の事務的なものくらいという他人ぷりであった。それですら、担当する部署が違うため、回数を言えば片手で数えられるほど少ない。

 そんな卯子が、今何故ほぼ裸に近い状態で綾部の家のベッドに横になっているのかというと、事は数時間前に遡る。

 今日は、仕事が終わってから職場の飲み会があった。職場の、とは言っても、正直な話それはただの合コンに近いもので、とある部署の女の子たちが他の部署の男性と知り合いたいがために企画したものだ。だが、いろんなところに声をかけたからか人数は案外すごいことになっており、通された居酒屋の個室はかなりごったがえしていた。

 卯子がこの飲み会に参加したのは、同じ部署の友人に誘われたからという理由もあったが、なんと言ってもお目当ての人物がいたからである。斎藤 タカ丸という人で、実家は美容室を営んでいるらしい。見た目は少しチャラっぽく見えるが、中身はおっとりとした親切な人だ。以前、卯子がタカ丸の部署へ書類を持っていった時に、とても感じよく対応してくれ、それで好感を持った。実家が美容室だなんてお洒落、という若い女の子らしいミーハーもあった。他に会話をしたことはないが、ずっといいなと思っていたのだ。だから今回の飲み会で、少しでも仲良くなれればと彼女は期待していた。あわよくば携帯の番号くらい交換したい。そんなふうに思いながら、わりあい浮かれた心持ちで卯子は飲み会へと足を運んだ。

 しかし、卯子のそんな期待は儚く崩れ去り、飲み会が始まって早々、タカ丸はとある女の子と仲良くなっていた。これはまずい、とさりげなく近付いた時には、二人は携帯の番号を交換していて、「実は前から可愛いなって思ってたんだ」と笑うタカ丸を見た時には、卯子は「これは駄目だ」と諦めた。今さら二人の空間を作っているところに割り込む勇気もないし、そんなことを聞いてしまっては、顔さえ覚えられていないだろう自分に勝ち目はなかった。幸せそうに独特のへにゃりとした笑顔で女の子と話しているタカ丸に、私も前からかっこいいと思ってました、と心の中だけで言って、卯子はその場を離れた。


 別に、本気で好きだったわけではない。そう自分の中では見切りを付けた。けれども、微妙なショックは隠しきれなかった。その後はどの男の人にも目が行かなくなるくらいには、残念だった。なので、卯子はひたすら酒を浴びることに決めた。もういい、今日は飲みに来たんだとヤケクソになりながら、どんどん杯を進めていった。すると、いつも以上に酔いが回るのが早く、途中から思考が曖昧になり始めた。隣にいた誰かと喋っていたことは覚えている。ぐらぐらとしだした卯子に「大丈夫か」と声をかけてくれたことも、肩に頭を預けさせてくれたことも覚えている。だが、そこからの記憶がない。気が付いた時には見知らぬ部屋の見知らぬベッドに寝ており、傍らには綾部がいた。

 ──どうして綾部 喜八郎がここに。いや、どうして自分は綾部の部屋に? 混乱する卯子に、彼はたいした動揺も恥じらいも見せず、事の経緯を話して聞かせた。至極簡単な、お約束とも言える流れで、潰れた卯子を綾部が介抱してくれたのだ。卯子は自宅を言えるような状態ではなかったので、仕方なく自分の家に連れてきた。そういうことだった。壁にかかった時計に目をやると、飲み会がお開きになったと思われる時間から三時間あまりが経過していた。

 なるほど、ではうっすらと覚えているあれは綾部だったのか。申し訳なくなって、卯子は「すみません」と頭を下げた。隣にいたからというだけで、まともに話したこともない綾部を巻き込んだことがいたたまれなかった。


 綾部はのんびりとした口調で「別に気にしなくていいよ」と言ってくれた。聞くところによると、綾部も同じ部署の友人に強引に連れていかれたのだそうだ。乗り気ではない飲み会は楽しくなかったらしく、抜け出す正当な理由ができて逆によかったと、やはり感情の読み取れない口振りで言われた。その正直な物言いに戸惑いと若干の不満は感じたが、こういうことをしてくれるあたりを見ると、無神経な人ではないようだ。職場での綾部 喜八郎の評価と言えば、外見は悪くないのに不思議くんだとか、仕事は普通にこなせるけど何を考えているんだかわからないだとか、いかんせんおとぼけが行きすぎて絡みにくいだとか、そんなものばかりだったから、もっと常軌を逸したようなタイプだと思っていた。しかし、今の状況を見るかぎり非常識なのは自分の方で、卯子はまたしてもいたたまれない気分になった。

 綾部は、普段見る姿とは違う、少しだらしない格好をしていた。ネクタイは緩められ、ボタンも上から二つは外されて、髪もどこか適当だった。自宅でのラフさを垣間見ることに対する気恥ずかしさを感じて、卯子は目を逸らした。


「残念だったね」

 冷蔵庫を開けて帰ってきた綾部が、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出しながら、言った。

「なにがですか?」

 お礼を告げてからそれを受け取り、卯子は聞き返した。ミネラルウォーターのボトルは、ひんやりとして気持ちよかった。

「タカ丸さんのこと」

 ベッドの端に腰かける綾部は、やはり表情に大きな動きがない。さらりとよこされた発言に、卯子はしばし固まった。顔を覆いたいような気分になりながら、そろそろと口を開く。

「私そんなことも喋ったんですか?」

「うん。タカ丸さん狙いで来たからもう意味ない、って」

「……すみません」

 何に対して謝っているのかわからなかったが、卯子は再度謝罪した。そういえば、綾部はタカ丸さんと同じ部署だ。自分がひどくみっともなくて、穴があったら入りたい心境だった。

 けれど、綾部はそんな卯子に嫌そうな顔一つせず、「いいよ」と首を振った。

「まあ、そんなこともあるって軽く思っておきなよ」

 大きな手がぽんぽんと卯子の頭を叩く。軽い口調と軽い手。その手の優しさに、彼女の涙腺が刺激された。残った酒のせいもあったと思う。じんわりと浮かぶ涙を隠すように、卯子は綾部の胸に頭をもたれさせた。彼女の行動に動きを止めた綾部は、しかしすぐにその手を彼女の背中に回した。包み込むように抱き締められて、なんだか卯子はひどく安心した。本当に、思っていたよりまともな人だ。失礼なことを考えながら、彼の腕の中の暖かさに浸る。不思議なほど、綾部の腕の中は居心地がよかった。まるで、ずっと前からこうしていたように思えるほどだった。

 綾部が、ほんの少しだけ体を離す。不思議に思って顔を上げると、ごく近くに彼の瞳があった。傍で見ても、なるほど整った顔立ちをしている。これで普段からもっとキリッとしていれば、彼はかなりモテる部類の人だろうに。そんな彼がさらに距離を詰めてきて、卯子の唇に自らのそれを重ねた。あまりに自然にキスされたので、卯子も自然と目を閉じた。軽く触れ合わせるだけのキスは、とても上品で、なんとなく彼に似合っているように思えた。

 “彼氏でもない男の人とキスをしている”という状況に卯子が気付いたのは、それが深いものに変わったあたりだった。唇をはまれるようにして覆われ、軽く噛まれる。舌先がちょん、と卯子の唇をつつくので、彼女は無意識に口を開いていた。スルリと綾部の舌が侵入する。ようやくそこで、卯子はハッとした。ハッとしたはいいものの、この状況をどうすればよいのか、経験値の低い彼女にはわからなかった。どうしようどうしようと思っているうちに、キスはどんどん深くなり、勝手に「ふ……」と鼻にかかった声が漏れた。それを合図にしたように、綾部の体が卯子の方へ倒れてくる。体重を支えきれなくて、卯子は背中から後ろへ倒れた。だが、綾部がしっかりと腰に手を回してくれていたおかげで、その背は柔らかくベッドに受け止められただけだった。


 キスが中断される。綾部がじっと卯子の目を見つめる。どうするべきかわからず、彼女はとりあえずそれを見返した。綾部としては、「先に進んでも大丈夫か」という確認の意味のつもりだった。卯子が何も言わず、むしろ誘うような潤んだ瞳で見てくるので、了承ととらえて彼は彼女の首筋に唇を寄せた。

 だが、そんなつもり毛頭なかった卯子は、綾部の行動にしこたま焦った。いくら鈍くとも、わからないわけがない。これから性的な行為が営まれるのだと、卯子は察した。ヤバいと思った。ろくに話したことのない人が相手だというのももちろんだが、一番の理由は別にあった。それが頭の中をグルグルと渦巻いて、彼女の顔色を青く染める。明らかに動揺している卯子に、綾部はどうしたのかと首を傾げた。「あれ? やっぱ嫌?」と尋ねられて、卯子はとっさに頷いてしまおうかと思った。それでも頷かずに首を横に振ったのは、「自業自得だ」という負い目があったからである。酔った若い女が部屋にいれば、健全な若い男なら手を出さないわけがない。普通はそうだ。なおかつ、先にそれらしい行動を取ったのは卯子の方である。煽ったつもりはないが、よくよく考えれば状況的にそう取られても致し方ないものであった。綾部に非はない。彼は、流れを汲んで真っ当な本能に従ったまでなのだ。文句を付けるなら、迂闊でガードの甘い自分自身に付けるべきである。

 そういった、至極正論とも考えすぎとも言える概念が頭にあったため、拒んではいけないのだと思った。その程度には卯子は真面目で、物知らずだった。


 身に付けた衣服を徐々に脱がされ、いろんなところを彼の指や舌が愛撫しても、彼女は嫌だと言えなかった。そのかわり、それは彼女の態度にありありと表れてしまっていたため、綾部の方はすぐに気付いた。最初は、触れているうちにほぐれるかとも思ったが、彼女の緊張はほぐれるどころかどんどんひどくなっていった。目尻に浮かぶ涙は、快感による生理的なものだけではない。そう確信した時には、もうあらかたのことは片付いて、綾部も服を脱いで、あとは二人が一つになるだけだというところだった。

 綾部とて普通の男なのだから、性欲も本能も普通に普通の男としてある。なので、素知らぬふりをして事に及んでしまおうかとも考えた。だが、ふるふると体を震わせ、一生懸命に己を受け入れようとしている女の子にそんなことをするのは、少々躊躇われた。あと、ここまでの道程でもしかしたらと思っていた疑問が彼にはあり、それが事実であった場合、やはりこれ以上先に進むのはよくないであろうと思えた。ここで、冒頭の台詞に帰ってくるのである。


「…………」

 何を言っても、卯子からの反応はない。どうしたもんかなぁと、細い太ももに手を滑らせる。ビクリと卯子の体が震え、固く閉じていた口が「んっ」と艶めいた声を上げるものだから、綾部はますます困り果てた。ちらりと視線を下げ、自分の雄へと向ける。ばっちり臨戦態勢になっているそれを見て、彼は再びため息をついた。

「?」

 突然、体温が離れた気配を感じて、卯子はそろそろと目を開けた。シーツを纏いながら、上半身を起こす。自分を組み敷いていた男は、ベッドの端に正座して、どこかあらぬ方向を凝視していた。虚ろな瞳を瞬きで一瞬隠し、ガリガリと頭を掻きむしる。ふう、とため息とも深呼吸とも言えぬ息を吐き出した後、「やめよっか」と呟いた。

「え? でも──」

「だって卯子さん、処女だろう?」

「!」

 ズバリと言い当てられ、卯子の顔から火が上がった。茹で蛸のようになりながら、パクパクと口を開閉させる。綾部は相変わらず飄々とした態度だったが、先ほどまでとは違い、頬には朱が差して、額にはじんわりと汗が浮かんでいた。事のリアルさをありありと孕んだ光景に、卯子の熱はさらに上昇した。


「き、気付き、ましたか……」

「うん。まあ、途中からだけど」

「すみません……」

 謝るところなのかわからなかったが、今の卯子に返せる言葉はこれしかなかった。


「てっきり慣れてると思ったけどねぇ。さらりと誘いをかけてきたから」

「あ、あれは! 綾部さんが優しいから、つい……」

「頼りたくなった?」

「はい……」

 ──なんて馬鹿なんだ私は。肩身が狭くて、卯子は縮こまる。綾部はパチリと大きく瞬いて、卯子を見た。


「彼氏とかいなかったの?」

「高校の頃はいましたけど……全然そういうかんじにならなくて。会社入ってからは、出会いとかもないし」

「なるほどねぇ」

 こくこくと頷いて、綾部はベッドの下に手を伸ばした。下着とスラックスを適当にひっつかみ、身に付けていく。彼の裸体に焦点を合わさないように注意して、卯子は俯いた。


「軽々しくしちゃいけないよ」

「え?」

 ズボンに片足を入れ、綾部は彼女を見ずに言った。あらゆる自己嫌悪で消沈していた卯子は、瞬時には言葉の意味が理解できず、聞き返すように面を上げる。

「女の子なんだから、初めてって大事でしょ? 嫌なら嫌って言ったっていいんだよ」

「あ……」

 叱られているのだ。それも、最後までできなかった苛立ちなどではなく、もっと人間的な、親が子どもを宥めるような風に。

 恥ずかしい。みっともない。格好悪い。申し訳ない。いろんな感情がグチャグチャと渦巻いてならなかった。彼の目を見たら本当に泣いてしまうと思い、彼女は再び頭を下げた。


 気まずい沈黙が流れる。この際、かまわないのでやっちゃってくださいと、なるだけ軽いノリで言ってみようか。卯子がそんなふうに血迷うくらい、気まずい沈黙が場を支配して、ようやくそれを打ち破ったのは綾部の方だった。

「ちょっと、失礼」

 上半身には何も着ず、下着とスラックスのみを履いた状態で、綾部は立ち上がった。背を向けて歩きだそうとするその背中に、卯子は思わず「あの!」と叫ぶ。


「ごめんなさい、私、考えなしで。いやあの、絶対に嫌ってわけじゃないんですけど、綾部さんとは今日初めてちゃんと喋ったようなもんだし、やっぱそういうのはまずいっていうか、処女とか男の人にとっては重いんじゃないかなとか思うし、あ、でも気遣ってくれたのは正直すごくうれしいです。綾部さん、ほんとイメージと違ってちゃんとしてるっていうか……いや、あの、だから余計に放り出すかんじになって申し訳ないっていうか──、とにかくごめんなさい!」

 支離滅裂である。口運動ばかりが先行するなか、一体自分は何を言っているんだろうと卯子は思ったが、とりあえず本能に従って言葉を紡いだ。どれも嘘偽りない彼女の本心であり、本音だった。わかってもらいたいけれど、うまく説明できる自信はない。それでも言わなければ伝わらないと思ったから、一生懸命に言い募った。綾部は卯子に背中を向けたまま、何も答えなかった。

「やっぱり怒ってます……?」

「怒ってないよ」

「じゃあ、どうしてこっちを見てくれないんですか?」

 声に震えが混じって「あ、泣きそうだ」と思った。恋人でもないのに、綾部が自分を見てくれないからと言って、泣く必要がどこにある。それこそおかしな話だ。しかし、卯子は零れそうになる涙を我慢できなかった。

 ──“嫌われたのかもしれない”。そう思うと、目尻にたまった雫がポロリと頬をつたった。綾部は振り返らないまま、人差し指でぽりぽりとこめかみを掻いた。俯いて、何かを考え込むように少し間を取った後、「じゃあ、服着てくれない?」と言った。

「へ?」

 斜め上の返答に、卯子は間抜けな声を上げる。

「服を着てよ。あと、お願いだから、トイレ行かせて」

 なおも、よくわからない台詞を連ねる綾部に、卯子の頭上にはたくさんのハテナマークが浮かんだ。

 ――怒ってはいないけれど、服を着ろ? トイレに行かせてくれ?

 首を傾げながら自分の体を見下ろし、卯子はようやく裸にシーツを纏っただけの姿だったということを思い出した。


「確かに無理強いはしたくないけどね」

 綾部が再び口を開く。

「僕も男だから、女の子の裸見れば普通に興奮するんだよ。でも、それを君にぶつけるわけにもいかないし、仕方ないから自分で慰めてくるの。ねえ、これ以上言わせたい?」

 声のトーンに変化はないが、後ろから見た綾部の耳は、ほんのりと赤く染まっていた。卯子の方はそれどころではない赤面状態で、綾部の言葉に「はい」と蚊の鳴くような声で答えるしかなかった。

 ……そうか、そうだよね。普通ならこの先に進んで解消されるはずの欲望を、綾部さんは堪えてくれたんだ。吐き出さないわけにはいかないよね。なるほど、そう、そうか……。落ち着かせるために頭を整理するが、冷静には程遠い。そうこうしているうちに、綾部は止めていた歩みをまた再開した。

 先ほどまでとは違った気まずさが、二人の間に流れた。お互いに顔を真っ赤にして、綾部は目を合わさないようにそそくさと部屋を後にし、卯子はシーツをつかんで頭からそれをすっぽりとかぶった。目の前が暗くなっても、熱は一向に引かない。暗闇の冷たさより、恥ずかしさのほうがはるかに勝って、なんだか消えてしまいたかった。嫌なかんじでは、ないのだけれど。


 バタン、とドアの閉まる音がする。当然、綾部がトイレに入った音だろう。猛った雄を、自らの手によって宥めるために。その光景をうっかり想像して、卯子は一人ベッドの上をのた打ち回った。あのとぼけた顔は、一体どんなふうに恍惚を表すのだろう。間近で見ていたはずなのに、目を閉じていたからわからなかった。

 もったいないことをしたかもしれない、なんて、そんな思考が頭の中に浮かんで、もうどうしようもないと思った。けれど、もっとどうしようもないのは、卯子の身にも彼と同じ高ぶりが宿っていることだった。綾部の指や唇によってほぐされた体は、なんだかんだ熱く火照って彼を欲しがっていた。そのくらいには卯子は普通の女で、若かった。

 なんて軽い女かと自己嫌悪するが、その傍らで、事を再開させるには何をどうしたらいいのかを思案するあたり、やはりこれはもうどうしようもないことなのであった。




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