選択その6





早瀬田大学に入学してから2年目の12月。




「はい、ノート。」




さくちゃんに言われていたノートを渡す。
バイトが忙しいようで授業に出ていなかったから、さくちゃんは色んな子にノートを借りていて大変そうだ。
嬉しそうにさくちゃんが笑顔でノートを受け取った。




「ありがと〜助かる。」


「いいよ、今度ご飯おごってくれれば。」




冗談のつもりでそう言う。
が、さくちゃんは難しい顔をしてぶつぶつ言いながら指折り数え




「…………………ランチで……いい…?」



「冗談だから…そんな深刻そうに答えなくて大丈夫だよ…。」




…多分、お財布の中身を計算していたのだろう。



以前にも増してバイトをしているのに金欠なのは何故だろうか。
大学1年から付き合いがある目の前の友人について考えてみる。



さくちゃんは別にブランドものに興味があるわけでもないし、無駄遣いするタイプでもない。
(むしろシビア)



そう考えると授業を潰してまでバイトに励んだ分がお財布に影響しないのはおかしい。
弱みでも握られてるんじゃないだろうか。



…友人の身の上が心配です。



私に心配されてるとは露知らず、今度は申し訳なさそうにさくちゃんは「あと、明日の約束だけど…。」と言った。
すぐに私は昨日のメールに思い当たる。




「メールで言ってたやつでしょ?また今度行こ。」


「うー、ごめん。」




昨日の夜、さくちゃんから来たメールは以前約束していたショッピングの予定を変えてほしい、という内容だった。
申し訳なさそうに手を合わせて謝罪するさくちゃんに「バイト入ったの?」と聞けば途端に彼女は苦々しそうな顔をした。




「いや、それがさ…私がとってる授業で友達いないのあるじゃない?」




そう説明された内容は非常に怪しいものだった。
どうも「CURS」というサークルに所属する見ず知らずの相手に授業のノートを借りる約束をしたらしいのだけど…かわりに何かやらされるらしい。
しかしその”何か”についてさくちゃんははっきりと説明してくれない。



心配して「ついて行こうか?」と聞いたけど「いい!むしろやめて!!」と全力で拒否しながら私の貸したノートを雑巾を絞る要領で締め上げる。




「わかった!追求しない、追求しないからやめて!!」




相当悪い交換条件らしい。
悪い噂は聞かないサークルだから大丈夫だとは思うんだけど…。




「身の危険感じたら連絡してね…。」




とは言ったけど、さくちゃんは目を逸らして「うん…。」と掠れた返事をした。
ほんとに大丈夫か。








次の日。
授業も終わり、私は筆記用具をカバンにしまい帰り支度を始める。
今日最後の授業を一緒にとってる友達はいないので、1人で帰らなくてはならない。



本当は学校帰りにさくちゃんと買い物行く約束してたんだけど、彼女は急な用事が入ってしまった。



カバンを持ち、教室から出て…私は寒さからぶるりと体を震わせた。



なぜかそわそわする。
何か約束をしているのに、それがなんだったのか忘れてしまった感じに似ている。



さくちゃん以外に遊ぶ約束してないし、提出期限間近のレポートもない。
なのにじっとり絡み付くようなこの不安感はなんだろう。




「……トイレ行こ。」




多分寒くて体が冷えたのだろう。
12月なのに調子乗ってスカートとタイツにしたのが悪かったな…。



そう結論付けると、そそくさとトイレへ向かった。










12月の真っただ中のトイレは殊更寒く、寒さに震えながら扉を開いた。
どうやら私以外に利用者はいないらしい。
私の靴音だけがトイレ内に響いた。



さくちゃん、今頃何やらされてるんだろ…。
確か「CURS」ってオタク系サークルだよね。
コスプレやらされてるとか?
でもさくちゃんアニメ好きだったっけ。



便座に座りぼんやりとコスプレしてるさくちゃんを妄想していると、遠くから段々と大きくなってゆく足音が耳に入った。



その大きくなってゆく足音と共に「アカンて!」という男性の声も混じる。
どうやら犯人は関西人のようだ。



誰だよ廊下走ってるの…。
(しかし怖いので口に出しては言えない)



心の中で文句を言っていると、誰かがトイレに駆けこんできた。








「アカンてべーやんマジアカンてマジべーやんやべーやん!」








という先ほど耳にした関西弁で喋る男の声がトイレ内に反響した。
主語や述語、名詞の区切りがわからないことを叫んでいる。



女子トイレに響く男の声に私は驚いて身をすくめた。
男女共用トイレだっただろうか、と記憶を辿るが大学内のトイレは全て男女別のはず。



これは…立派な変態だ…!



身の危険を感じて、私はトイレの個室に設置されている警報ブザーを、いざという時いつでも押せるようきょろきょろと探す…が。





信じられないことに、私の入っている個室の扉がひどい衝撃音とともに開いた。





決して私が開けたわけではない。
蹴破られたのだ……何故なら





白いコートを着た男が扉のあった場所に片足を上げた状態で立っていたのだから。




「おやおや…相変わらずトイレが近いようで。」




裂けた赤い口から鋭利な歯がのぞいた。








11.6.28
魔界の紳士は変態紳士。






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