選択その4

女の人がベッドで眠っている。
とてもキレイな人で、金色の髪も同じ色をした長い睫毛も月の光を反射してきらきらと輝く。
金糸の髪に誰かが触れた。



その手は、4本指だった。











「起きろこのクソバカ女!」




ばちん!という音と痛みにより私は驚いて飛び起きた。



覚醒したばかりの目で見た、見慣れぬ場所に一瞬自分の身に何が起きているのかわからなかったが、横にいる優一くんを見て思い出す。
いつの間にか眠ってしまった上に、夢まで見ていたらしい。




しかし随分と荒々しい起こし方だ。
じんじんと痛む頭を起こし、寝ぼけ眼で優一くんを見て私は驚く。



彼の目が真っ赤で、潤んでいたからだ。




「え、あ、どうしたの!?」



「………なんでもない。」




…じゃあなんで叩き起こされたんだ私。



怪訝に思いながら優一くんを見ると、その目に涙が滲む。
その涙を袖で力任せに拭うものだから、どんどん目元は赤くなっていった。




「何処か痛いの?」


「………。」




何処か痛いのか、何が悲しいのかと理由を聞いても黙り込んで答えてくれない。
年の近い子が泣いていることに幼い私は不安を感じつつ、自分の心を落ち着かせるように優一くんの背中を撫でた。
(頭は王冠やら目玉があるので触れなかった)



すると涙がぶり返してしまったらしい、今度はグズグズと鼻を啜る音が聞こえたと思えば本格的に泣き始めてしまった。
何時の間にか優一くんの手は私の腕を掴んでいる。



食い込んだ爪が痛いけれど、今はそれを気にしている場合ではなかった。








暫くそんなことを繰り返していると、落ち着いてきたらしくずっと目元を隠していた腕が降ろされる。
ほっとしつつ、無言で様子を覗っていると泣き疲れた眠そうな目がぼんやりと床を見つめながら「…帰ってこないそうです。」と掠れた声で呟いた。




「帰ってこない?」




すぐに見当のつかなかった私は首を傾げ、寝る前に何を話していたか思い返してから「お父さんとお母さん?」と聞き直す。
優一くんが小さく頷いた。



親が帰って来る、と話していた優一くんの顔を思い出す。
拗ねているようだったけど、少しだけ嬉しさの滲んだ表情が垣間見えた。



とにかく慰めようと「また次会えるよ、ね?」と言えば睨まれてしまった。




「またって、いつです?」



「……えーっと…。」




気休めに言葉をかけるものではない。
案の定幼い私は何も考えず口にした言葉に悩まされた。




「…最後に会ったのは小学校の入学式ですよ。」




と追い打ちをかけられて更に返す言葉がない。
黙り込んでしまった私に「軽率な発言は嫌いだ。」と言ってそっぽを向いてしまう。
嫌われたのかな、と思ったけど相変わらずぎゅうぎゅうと私の腕を掴んでいる様子を見ればそうではなさそうだ。



透明な薄い羽は触れば破けてしまいそうだったので、羽の下に手を差し込みまた背中を撫でる。
羽の根元がふるふると震える。
ちょっと嬉しそうに見えた。




…ヤバ、眠い。




また眠くなってきて頭が船を漕ぎ始める。
背中を撫でる手が段々と下がり気味になると、すかさずバチンと頭をはたかれた。




「……手、止まってますよ。」




撫でろってか。
眠くて手が止まる度に私は叩き起こされた。



…私に寝られたら寂しいのだろうか。



5度目のビンタを食らいながらそんなことを思った。











「もうすぐ4時になる。早くしないと帰れませんよ。」




先ほどまで目を真っ赤にして泣いていたくせに、優一くんが意気揚々と言った。
散々叩かれた私はあれから一睡もできずついに朝の4時を迎える。



あまりの眠たさに欠伸が出た。
「さっさと城から出てけ。」と言う優一くんの目もさっきより垂れ気味で眠そうだ。
…背中擦ってくれた人に言うセリフか、それは…。



急かされた私はふらふらと起き上がり、優一くんに続いてベッドから降りると、いつの間にかいたジイやさんにランドセルを渡された。




「お気をつけてお帰り下さいませ。」




ランドセルを持たない空いた4本目の手で頭を撫でられる。
私は「うん。」と笑顔で頷いた。
腕の本数にはもう慣れた。




「どうやって帰るの?」




ランドセルを背負いながら聞くと、優一くんは「こっちです。」と言ってベランダに繋がる扉を開く。




「私の部屋からでしか降りられない中庭です。」


「へー。」




興味津々でバルコニーに出ようと身を乗り出した私は突然ランドセルを後ろへ引っ張られ、喉から「ぐぇっ」という潰れた声がした。




「…羽のないあなたがどうやって中庭に降りるのです?」




てっきりバルコニーだと思われたその扉の先には足場もなければ梯子もなく、私は危うく落ちかけたのだった。
来たときと同じように私のランドセルを掴んで、優一くんが飛び立つ。
ゆっくり中庭に着地し、上を見上げるとジイやさんが手を振っていた。




「行きますよ。」




いつまでもジイやさんに手を振る私を見かねて、優一くんが手を引っ張った。



幼い私の目から見てもわかるほどによく手入れされた中庭を2人で歩く。
普通は色とりどりの花々が満開に咲き誇っているはずなのだけど…どこまで行っても白、青、紫、赤という気の滅入る色の花ばかりだった。




「ピンクの花はないの?」


「趣味じゃありません。」


「植えようよ。キレイだよ。」


「私の庭にケチつけないで頂きたい。」




私の提案はバッサリ切り捨てられた。
こんな陰気なとこに住んでるから泣くんだよ…。




「そういえばお礼してないね。」




いらないだろうなと思いつつ「イイ匂いのするケシゴムあるけどいる?」と聞けばすっごいバカにした目で見られた。
だって今持ってるものって文房具ぐらいしかないんだもん。




「だから礼はパンt……」



「ヤダ!!」




すかさず拒絶すれば「てめぇは否定することしかできねぇのか!!」とブチ切れる。
なんでそこまでパンツに固執するのか理解できない。
パンツ貰ってどうすんだろ。



「やっぱりパンツはあげるものじゃないよ…。」



「ちっ、つまり今日の私の働きはなんの得にもならなかったってことですね。」




頑なな私に優一くんが苦々しくそう言うので「…なんだかんだ助けてくれたね。」と笑って言った。
すかさず「あなたがしつこかったからです。」と返される。



そうは言うけれど、でも本当に嫌なら私を無視するなり飛んで置いて行くなりすることもできたはずだ。
悪魔だけど実はけっこう優しい?
…そんなこと言ったら怒りそうだから言わないでおこう。




無駄に広い中庭の奥へと進み、青い薔薇で作られた花のアーチをくぐり抜けると、そこは小さいながらも果樹園が広がっていた。
更に奥まった場所へと歩けば、たくさんの赤い実を付けた樹木の茂るスペースに辿りつき、淀みなく歩いていた優一くんの足が止まる。




「赤い実を付けた樹木の奥へ進みなさい。途中で隣の青い実をつけた樹木の方へ行ってはいけませんよ。」




そう言って優一くんが樹木の奥を指差す。
奥は生い茂った枝葉が光を遮っているので真っ暗だ。




「一緒に行こう。今度はうちにおいでよ。」




今が朝の4時だということも忘れて私は優一くんを遊びに誘ってしまった。
離れるのが名残惜しかったこともある。
しかし「遠慮しておきます。」ときっぱり断られてしまう。




「私は其処から人間界へは行けません。悪魔が人間界へ行く手段は1つ。魔法陣を通るしかないのです。」




魔法陣と言われて思いつくものがない。
”まほうじんってなに?”と今日で何度目だという質問をしようと口を開きかけたが。




「何?とは聞かないで下さい。説明が面倒です。」




と先回りして説明を拒絶された。
けっきょく魔法陣について教えてくれなかったから意味不明だけど、とにかく話し方からして人間界へ行くことは容易ではないようだ。




「じゃあもう会えないってこと?」



「…あなたが普通の人間ならば、次会う確率はほぼ無いと言っても過言ではありませんね。」



「まったく会えないってわけじゃないんだ。」




難しいだけで会えないわけではない、と勝手に解釈した私は「じゃあ、きっとまた会おう。」と素直に思ったことを告げた。
特に深く考えて口にしたわけではない。



”そうだったら良い”という希望を口にしただけなのだ。
しかし言われた優一くんは「…きっと?」といくらか低い声で言い直す。




「”きっと”だなどと、保証もないことを軽々しく言わないでもらいたい。」




”きっと”の何がいけないのか。
短い時間の中で彼が気休めの言葉を嫌っているのは解っていた筈なのに、学習していない私は「”きっと”って言葉、嫌い?」と安易に聞いてしまう。




「えぇ大嫌いですよ!」




優一くんが歯をむき出して食ってかかった。




「必要以上に期待させるくせに簡単に破ることができるのですから最初から”きっと”など…”絶対”などと言わなければよいのに!」




途端に、優一くんの目じりに涙が滲んだ。
憤怒の表情から一変して、まさか泣くと思っていなかった私は焦り「会えるよう努力する!」と言い直す。
が、今度は「努力ってどんな努力ですか!」とあげ足取られてしまって私はぐうの音も出ない。



…もしかしたら、だが。
”きっと”と言われては約束を破られていたのかもしれない。
今日のように。



察しの悪い私は事が起きてからそう思うがもう遅く。
繋いだままの手がまた力任せに握り返してくるので爪が食い込んで痛い。
(多分血ぃ出てる。)



どう慰めて良いのやら。
考えに考えた末、私は「…じゃあ、今度もし会えないとしても優一くんのことはきっと忘れない。」と言い直してみた。



ぴたりと涙が止まる。
そして優一くんは何やら思案するように無言で眉間に皺を寄せた。
…きっと私の言葉の粗探しをしているに違いない。



今度は何を言われるのかと考え込んでいる優一くんを見つめる。
たっぷり考えた末に優一くんは「…つまり死ぬまで私のことを忘れない、と。そういうことですね?」と念押ししてきた。



随分と大袈裟な表現だけど、間違えではないので頷く。
「まぁ信じてやりましょう。」とケロッとした表情で言った。



どうやら彼は、かなり面倒な性格をしているようだ。
細かいことを気にしない性格の私も、この頃には彼の感情の起伏の激しさに疲れてきていた。



…また会おう、とか言ったけど撤回したくなってきた。





11.6.20
管理人の中でべーやんは怒りながら泣く、という勝手なイメージでこうなっちゃいました;





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