選択その2



サングラスの人が去ってから、私は暫くとぼとぼ歩いた。
ここは何処なのだろう。



薄暗く、じっとりと肌に纏わりつくような空気に当てられて気持ちが悪くなってきた。
…ヤバイ、トイレ行きたい…。



気分的にも膀胱的にもピンチになりかけてきた頃。
道の先に二つ目の人影を見つけた。



どうやらその子も同じく小学生らしく、背中にランドセルを背負っている。
先ほどのサングラスの人のこともあり、声をかける前に今度はよくその子を観察してみた。



…頭に王冠被ってる。



非常に嫌な予感しかしない。
けど牛よりはまだマシだろう。
背に腹はかえられず、私はその子に走り寄った。
(同時にサングラスは放り投げた)




「あの、待って!」




声をかけるとパッとその子が振り向く。
眠たそうな目と視線がかち合う。



外人だろうか。
髪も金色だし、顔の作りも端正で一瞬女の子かと思った。
まぁとにかく話は通じるみたいだから良しとしよう。



そう自分を納得させて”ここ何処ですか?”
と聞こうとしたとき。




「…あなた、人間ですか?」




途端に男の子の眉間に皺が寄った。




「…え…うん…?」




人間意外の何者でもない。
というかそんな質問してくるってことは、人間以外の何かが存在するってこと?



あまりにも当たり前のことを聞かれた私は、肯定のような疑問形のような返事をしてしまった。
男の子は私の返事を聞いて「やはり人間でしたか。」と納得顔で言う。



スーツを着ているその出で立ち(この頃は知らなかったけど、燕尾服というらしい)や
言葉づかいがその子を大人っぽく見せるが背中にしょったランドセルが私とそう離れた年齢でないことが覗えた。



そんな風に男の子の出で立ちをじろじろ見る私と同じように、男の子も物珍しそうに私を見ている。




「えっと…あの、ここ何処ですか?」




その視線が気まずくて、そう聞けば男の子は「魔界です。」と一言返した。




「まかい?」


「えぇ。魔界です。」




言葉の意味がわからなくて首をかしげる私に、「じゃあこれで。」と背を向けて男の子はまた歩き出してしまった。




「ちょっと待って!」




せっかく捕まえた情報を逃すものかと私は慌ててその後ろ姿を追いかけ、腕を掴めば心底面倒くさそうにその子は振り返る。




「なんです?質問には答えたでしょう。」


「…まかいってなに?」




恐る恐る聞けば「悪魔の私が知っているのに、人間は何も知らないのですねぇ。」とその子は呟く。
今、悪魔って言った?




「悪魔?」


「悪魔の住む世界が魔界。人間の住む世界が人間界です。」




「学校で習ったでしょう?」と言うその子の言葉をうまく理解できない。



つまり、この男の子は悪魔?
けれど男の子は、私と同じ腕と足を持ち、こうして喋っている。
その姿はとても悪魔のイメージにそぐわない。



驚く私にまたも背を向け「それでは。」と歩き出す男の子。



また取り残されてしまうのも嫌なので負けじとまた腕を掴めば「…なんのつもりかね…!?」と憤怒の表情で歯ぎしりしながら男の子は振り返った。
確かに悪魔のように怖い。



けれどその怖さに怯えている余裕はなかった。
恥ずかしさから顔が赤くなってゆく。




「あの…その…トイレってこの辺にない…?」




実はさっきからトイレに行きたかった。
恥ずかしながらそろそろ限界を迎えそうだったので思い切って聞けば、男の子の表情が途端に輝いた。




「なんですって!?それは一大事だ!!」




あまりのテンションの上がりっぷりに、私は若干ひきつつ「う、うん。」と頷く。




「ちょっとお待ちなさい!」




と言って男の子は背負っていたランドセルを降ろし、中から何やら取り出す。




「さ、これを使いなさい。」




小学生で男の子と言えば下ネタ好きなのは万国共通だけど。
でもトイレに行きたい私にタッパーを差し出し、ヨダレを垂らすのは何故だろう…。




「えっと…それは…?」




気まずそうにそう言えば、「はぁ!?」とドスのきいた声が響く。




「タッパーですよ、タッパー。そんなことも知らないんですか?」


「タッパーはわかるよ!でもトイレ行きたいのになんでタッパーが出てくるの!」


「んなもん当たり前でしょーが!!ブツをタッパーに納めるためですよ!!あ、もしかして液体のほうですか。ご安心ください、液漏れしないタイプです。」


「全く安心できない!」




なんで持ち帰ること前提の話なんだろう。
この辺では外で用を足すのは禁止されているのだろうか。




「じゃなくて…!トイレないの?」


「知りません。しかしこのタッパーにすればなんの問題もありません。さぁ受け取りなさい。」


「む、無理!外で出来ない!」




タッパーを私に持たせようとぐいぐい突き出してくるが、無理なものは無理。
最悪外で用を足すのは致し方ないけど、この辺でそれはしたくない。



この世界の樹木やらなんやらには目玉らしきものが付いているからだ。
なんとなく見られている感じがして、用を足す気にはなれない。



泣きそうになりながら拒否すると、男の子は「ちっ!」と舌打ちして溜息をついた。




「しょうがないですね…ベルゼブブ家の敷居を跨ぐことを許可して差し上げます。」


「へ?」




敷居ってなに?
小学生の私には難しい表現を使われて理解できなかった。




「察しが悪いですね。トイレを貸してやると言っているのですよ。」




「黄金のためですからね。」と言う男の子の口の端からはヨダレが垂れている。
…まさかだけど、食べる気じゃないよね…。



タッパーをしまうと男の子は歩きだす。
私は小走りで追いつくとその隣を歩いた。




「…ねぇ、名前は?あ、私なまえね。」




と聞けば、真っ直ぐ前を見たままこちらを見もせず「ベルゼブブ931世・ベルゼブブ優一です。」と言う。




「べ…ブブ…?」




外人の名前って難しい。
言い辛い名前に戸惑うと、すかさず「ちっ」と舌打ちが飛ぶ。




「ベルゼブブと言えばそちらでも有名でしょうに…優一でいいです。」


「うん、優一くんね。」


「…なんで人間なんかと仲良くしなきゃならないんでしょうね…私だから良かったものの、これがアザゼル君だったら今頃あなた処女膜ぶち抜かれてますよ。」


「(しょじょまく…?)そ、そうなんだ…。」



よく解らない単語が飛び交う。
なんとなく「しょじょまくって何?」と聞いてはいけない気がして話を合わせといた。










「あとどれくらいで着く?」


「10分程です。」


「10分ってどれくらい?」


「…。(イラッ)600数えなさい。」


「そんなことより漏れそう…。」


「だからタッパーを使いなさいと言って…」


「やだ!」


「じゃあ黙って歩けや!」


「お腹痛い…。」




我慢のしすぎで下腹部が痛み、じんわりと嫌な汗が出てきた。
早く歩きたいのは山々だけど、あまり振動を加えると膀胱刺激してダムが決壊しかねない。



そんな私を見かねて優一くんが溜息をつくと、「世話のかかる…持ちなさい。」と言って私に自分のランドセルを持たせた。
意図のわからぬまま受取ると、優一くんは背後に回り私のランドセルを掴む。




「飛びます。」


「へ?」




その直後、背後でブブブ、と風を切る羽音が響き…私は浮いた。




「夕飯前だからエネルギーを使いたくなくて歩いていたのに…。」




頭上でそんな声が聞こえた。
どうやら非常に力の使うことをやらせてしまっているらしい。



遥か下に広がる黒い森に恐怖しつつ取りあえず「ご、ごめんね。」と謝ると「…いいですよ別に。」と返され




「あなたのきったないパンツを頂けるのならどうってことはないです。」




と言われた。
一瞬何を言われたのか理解できず私は茫然とする。



そしてたっぷり間を置いてから「…………ヤダ。」と拒絶の言葉を返した。
案の定「嫌とはなんです!きちんと説明なさい!」とキレる優一くん。




「だってお母さんがパンツはトイレとお風呂のときしか脱いじゃいけないって…」




わざわざ説明する必要があるのだろうかと疑問に思いつつも説明すれば、優一くんはへっ、と鼻で笑った。




「大人になれば別の場所でも脱ぎますよ。」


「え!?嘘だ!」


「嘘じゃありません。そのうち嫌でも解る時が来ます。」


「嘘だ!」




「家帰ったら親に聞いてみろや!!」「お母さん嘘ついてない!」などと衝撃の事実(?)に涙目で反論する私とブチ切れる優一くんの下らない問答が魔界の空に響いた。






11.6.19
「パンツはトイレとお風呂のときしか〜」のネタはHIGH SCOREから。
あのセリフ大好きです。



ちなみに前回のあっちゃんは鬼役のモッさんを置いて家でAV見てます。
べーやんはとっくにモッさんに見つかって、あっちゃんが見つかるのを待ってましたが飽きて勝手に帰ってきたところです。


モッさん…。





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