選択その28(人魚のお姉さん)
浜辺に打ち上げられた人魚を助けたことがきっかけで、私はいま彼女の恋愛相談を受けているのですが…。
私のヘタな返答に怒った彼女は殺気立ち、私は今にも殺されそうです。
「聞いといて何ふざけたことぬかしてんの!!」
「(ヤられる!!)に、人間じゃなくて、悪魔の男性じゃダメなんですか…!?」
お姉さんの手がまた私の首に伸びてくるのを見て、私は体を縮こませながら慌てて話題を逸らした。
考え無しに言ったその言葉は意外にも効果があり、ピタリとお姉さんが動きを止めて、考え込む。
「…全然ダメね。この人ほど鬼畜な人はそうそういないわ。」
悪魔以上に鬼畜な人間って、如何なものか。
人間の私でもお近づきになりたくない人種である。
そんなことを考えつつも口にはできない私の横で、お姉さんは更に「ていうか、他に当てがないのよ!職場の上司だけど、私には彼しかいないの!」と叫ぶ。
どうやらお相手は上司のようだ。
「同僚にいい人いないんですか?」
「名前すら知らない。」
「…そうですか…。」
それは興味持たなすぎじゃないだろうか…。
恋愛云々以前に、コミュニケーション能力に欠けている気がする。
「…当てがないなら、友達に紹介してもらうとか。」
「周りの友達は早々に結婚して子育てに忙しいし無理ね!」
「うぅ〜ん…。」
なら尚更職場の同僚とは交流を持ったほうが良いのでは…。
提案するネタが尽き、うんうん唸りながら考え込む私を、お姉さんが見つめているのに気づいた。
「…?…どうしたんですか?」
「さっきからあんた口ばっかりだけど…あんたが誰か紹介すればいいじゃないの。」
「え!?私が!?」
「あんたが言い出したんでしょうが責任持ちなさいよね!」
多くの人間が集まる大学に通っているのだ、頑張れば紹介できる男性を見つけることはできるだろう。
しかし、紹介する側にだって責任はある。
このお姉さんに…魔界に住む人魚に、人間の男性を紹介して良いものだろうか?
悪魔な彼女のことだ、”気に入らない”と言って、相手の男性を八つ裂きにしかねない。
…私のせいで1人の若き男性の人生が散ったかと思うと、この先私は一生罪悪感を背負って生きていくことになってしまう。
やっぱり、悪魔の彼女には悪魔の男性が合うんじゃないかな。
そう結論付けた私の頭に、優一くんの顔がポッと浮かび上がった。
あぁ、そういえば奴がいたな…すっかり存在を忘れていた。
ケンカ中の相手の顔を思い出してしまい、私は薄っすらと眉間にしわを寄せる。
「なに?誰か思いついた顔でしょ、それ。どんな男?」
「え!あ〜…。」
私の表情の変化に気づいたお姉さんが身を乗り出す。
すぐ顔に出てしまうのは私の悪い癖だ。
…優一くんを紹介して大丈夫だろうか。
優一くんの抱える大きな問題を想像して、私は言いよどむ。
焦れたお姉さんが「なによ、惜しくなったって言うの!?」と、じわじわと怒りを滲ませ始めた。
「えっと、その…ちょっと、問題を抱えた人なもので…。」
「問題かどうかは私が判断するわよ!……で、どんな人なの?」
”とにかく早く言え”というオーラを発してお姉さんが私を見つめる。
これは…言わなければ引っ込みつかなそうだ…。
それに、同じ悪魔なら以外と平気かもしれない。
観念した私は、先ほどのお姉さんと同じように指折り数える。
「え〜〜〜っと…まず、お姉さんと同じ悪魔で…。」
「あんた悪魔の知り合いなんているの!?」
「…貴族で…。」
「ふん。」
「無駄にでかい城に住んでて…」
「ふんふん。」
「髪は金髪で顔は王子様系。」
「へぇ〜。」
「好物はカレー。」
「ふぅん。」
「趣味は排泄物の摂取。」
「…は?」
ぴたりとお姉さんの相槌が止まる。
お姉さんの動きが止まったことに何かを察知した私は、恐る恐る彼女の様子を窺うと、彼女の顔が怒りのために、みるみると燃えるように赤くなっていた。
「はあぁあぁあ!?今なんて言ったのあんた!?」
「しゅ…趣味は排泄物の摂取…。」
「ちょっとなんなのよその男!?変態なの!?」
……変態かもしんない…。
けど優一くんにしてみれば、どうもハエの本能に従って黄金を摂取しているようだし、変態とは言わないのかな…?
私の中でぐるぐると優一くんを擁護する言葉が浮かぶが、私だって排泄物摂取には抵抗があるので、なんとも言えない。
「排泄物摂取するなんてハエじゃないのよ!!」
「お姉さんよくわかりましたね!」
優一くんの名前も出していないのに、見事ハエと当てたお姉さんに感心したように言うと「皮肉で言ったのよ正解しても嬉しかないわよ!!」と更に怒らせてしまった。
そうだよね…こんな状況で褒められても嬉しくないよね…。
「それよりあんた!そんなハエ男を私に紹介しようだなんてケンカ売ってんの!?」
「いや、その、排泄物の摂取は悪魔的に容認されてる趣味なのかと思って…」
「アウトに決まってんでしょそんな趣味!!もっとマシな男はいないの!?」
他に…と言われて思い浮かぶのはジイやさんとハエの人だけど、ハエ関係はアウトらしいので却下。
となると、紹介できそうなのはアザゼルさんぐらいだけど…
「趣味はセクハラっていう悪魔もいるけど…ダメ?」
「ダメよダメ、全然ダメだわ!!」
「ですよねー。」
私だって嫌だ。
やっぱり黄金摂取もセクハラも、人間と同じで悪魔にとっても受け入れがたいらしい。
ここら辺の感性は悪魔のお姉さんと一緒で安心したけど、そうなると優一くんもアザゼルさんも将来結婚できるのかしら?
他人の心配をする私に「…それとあんた。」とお姉さんが言葉を続ける。
「なんでそんなに悪魔の知り合い多いわけ?悪魔使い…には見えないわね。」
お姉さんの疑問は最もである。
私だってまさか、悪魔に悪魔の紹介することになろうとは思ってもみなかったし。
「昔色々あって…最近偶然の再会を果たしたと言いますか…。」
おもに命を狙われたと言いますか。
誓約書通り、優一くんの存在を忘れていたなら私はあのとき大学のトイレで死んでいたことになる。
…そんな死に方だけはごめんだ。
「紹介できるってことは…連絡取り合える仲ってこと?」
「えぇ、まぁ…時折我が家にカレーをせびりに来ますが…。」
これだけ聞くと、友人以上恋人未満な関係に思われがちだが、私と優一くんの間にはいっさいそんな色気のある空気は流れていない。
あるとすれば殺伐とした空気だけだろう。
他人以上友人未満って感じか?
自分で考えた造語に、乾いた声でハハ…と自嘲気味に笑うと、「ちょっと、あんたそれって…」とお姉さんの怒りの声が聞こえた。
「自分に気のある男を私にあてがおうとしたわけぇ!?」
お姉さんのその言葉に、今度は私がフリーズした。
「気のある…?優一くんが?」
奴が?私に気がある?
魂を取り立てようとしたり、我が家のトイレを魔界化したり、困っていれば鼻で笑って見下すような男が?
いやいや、ない。なさすぎる。
むしろ、優一くんが初恋の相手である私のほうが気があるってことになるだろう。
…ん?
自分で出した結論に、私はまたもフリーズした。
いやいやいや、それは10年前の話だし、大人になった今現在、優一くんに向ける気持ちはそんなものではない。
いや、でも、逆に言えば10年前は確かに優一くんに恋してたわけで…。
堂々巡りの解答に、自分で自分のことがわからなくなってきた。
10年前の…小学生だった頃の、小さな優一くんの姿が頭の中に浮かぶ。
何が不満なのか、常に不機嫌そうな顔をした美少女のような少年が、無愛想にあの硬質な手をこちらに伸ばす。
そういえば、私たちは2度も手を繋いだんだっけ。
…あの頃の優一くんは本当に可愛かった。
そんなことをもやもやと考えていると、私の顔は自分でもわかるほど熱くなり、赤く染まっていった。
その熱はしだいに全身に拡がり、魔界の潮風がより一層冷たく感じる。
これは昔からの悪い癖で、10年前の優一くんのことを思い出すと条件反射のように私の顔は赤くなるのだ。
その度に友達にからかわれるのが嫌で、なんとかこの初恋を忘れることができたのに。
どうも優一くんに再会したのがきっかけで、ぶり返してしまったようだ。
でも、仕方ない。
長らく私の心に居座り続けた、初恋だったのだから。
…向こうは…あの小さな優一くんは、私のことをどう思っていただろうか。
この10年間、私を思い出す日はあっただろうか。
「そんな、まさか、そんな、ない、絶対ない。奴に限ってそんなことは…」
時間をかけてなんとか蓋をすることに成功したあの初恋が、私の心にじんわりと染み渡る。
「なに照れてんのよ気持ち悪いわねッ!!」
「あいたぁ!?」
夢見心地の私はパァンと後頭部をはたかれて、我に返った。
目の前には、ギリギリと歯軋りをしながらこちらを睨むお姉さん。
すっかり自分の世界に入っていたようだ。
正気に戻った今、初恋に照れる自分を思い出して私の全身に鳥肌が立つ。
…だから嫌なのだ、初恋話をするのは。
「成就してもいないのに幸せそうで妬ましい…けど、それ以上に虫唾が走るわ!」
「……。(なんという言われよう…。)」
自分の世界に入り、赤くなる私も私だけど、もう少し言葉を選んでいただきたいものだ…。
呆れた様子でお姉さんは髪をかきあげた。
結婚、結婚と言うけれど、お姉さんは一体いくつなのだろう。
見た目からして相当若いし…それに、とてもキレイな人だ。(怖いけど)
正直なところ、引く手あまたなのでは?(とても怖いけど)
私から見たら、妬ましく思うのはこちらのほうだ。
黙ってじっと見つめてくる私を「なによ。」とお姉さんがねめつける。
「あのー…そんなに結婚を急がなくてもいいんじゃないですか?」
年齢を聞いたらまた怒られる気がしたので、言葉を選んで遠まわしに言ってみた。
また怒鳴られるかな、と恐る恐る口にすれば、お姉さんはふん、と鼻を鳴らす。
予想外にもお姉さんは「…人間は何もわかっちゃいないわね。」と落ち着いた様子を見せた。
「兄弟姉妹は稚魚の内に命を落としたから私以外に一族の血を継ぐ者はいないわ。
跡取りもいないまま、私が死ねばどうなるかなんて明白でしょ?このままじゃあアンダインの血が絶えてしまうのよ。
…私の代で血を絶やしただなんて、後の世でなんて言われることか。」
お姉さんの真剣な様子に私は気圧された。
…いや、違う。
お姉さんではなく、話の内容に、気圧されたのだ。
後世に血を残すための婚姻、なんて今の時代一部の家庭以外は関係のない話だろう。
自分とは次元の違う話をされて、すっかり私は黙り込んでしまった。
「…ま、人間のあんたには関係のない話よね。もう帰らないとママが心配するから、行くわ。」
「え、あ、」
黙り込んでしまった私を尻目に、お姉さんは私に背を向けると声を掛ける間もなく海へ潜ってしまった。
散々な目には逢ったが、また一人ぼっちになるのは寂しい。
迎えが来るまでいてもらえないかと思い、引きとめようと口を開くが。
「…たっく。これまでの人生で一番無駄な時間を過ごしたわ。」
こんな独り言が聞こえてしまい、やっぱり見送ることにしておいた。
…役には立たなかっただろうけど、親身になって話聞いてあげたのにそりゃないよ…。
また私は、一人ぼっちになってしまった。
12.02.28
ちょろっとべーやんを意識する夢主。(ただしちびっこべーやんに限る)
濃い印象を植え付けてくれためぐみ姉さんですが、次会ったときこちらのことはカケラも憶えててくれません。
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[mokuji]
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