選択その27(人魚のお姉さん)
友人とのたまう悪魔とはケンカ。
人間界との唯一の繋がりである携帯電話も電池切れ。
魔界の何処とも知れぬ場所で、使いものにならぬ携帯電話と、ネギの飛び出したスーパーの袋を抱えた私は途方にくれた。
これからどうしよう。
優一くんは当てにならなそうだし…もしかしたらジイやさんが迎えに来てくれるかもしれない。
優一くんよりは可能性が高いだろう。
ほんの一欠けらでも希望の持てる案に従うことにした私は、探しに来てもらえるようヘタに動き回らずこの場に留まることに決めた。
ザァザァと波の音が私の耳に届く。
やることもないので重い足取りでとぼとぼと砂浜に踏み入れると、驚いたことに魔界の砂浜は真っ黒だった。
その砂浜のあまりの黒さにつられてか、またどんよりと暗い気持ちがぶり返す。
人家も街灯もない魔界はひどく暗く、どうにも落ち込みやすい。
”魔界”と言うだけあって、ことごとく人間の身には合わぬ世界のようだ。
優一くんの中で私はいったいどんな位置づけなのだろう。
ただひたすら待つだけの身であるためか、今まで考えないようにしていた優一くんとの関係について私は思案し始めた。
”友人”だなんて言ってたけど、本当に友人として見ているのか甚だ疑問だ。
なにせ彼は誓約書によって私の魂を取り立てようとしていたことだし。
画策が失敗した今では、カレーを食べさせてくれる便利な存在、ぐらいにしか認識していないんじゃないか?
ハァ…と深いため息をつく私の目に、こちらに向かってくる大きめの津波が映った。
海水を被るわけにもいかないので、慌てて海辺から離れると、ギリギリ靴のつま先が濡れる程度に離れることができた。
魔界の海は随分と荒れているようだ。
暗くてよく見えない水平線を見つめる私の耳に「ねぇ、ちょっと。」という女性の声が聞こえた。
「…?…女の人の声…?」
この空間に自分以外の誰かがいることに驚きつつ、声の主を探そうと私は辺りを見回すが、それらしい人物が見当たらない。
「こっちよ。鈍いわね。下よ下!視線下げなさいよ!」
「あ、え?」
焦れたように張り上げる声に従い、視線を落とす。
そこには、黒い砂浜の上に仰向けで、身をなげだした……人魚が、いた。
「ジロジロ見てないで、助けなさいよ。」
どうやら、先ほどの津波に乗って打ち上げられてしまったらしい。
舌打ち混じりに人魚は言った。
海岸に打ち上げられてしまった人魚を抱き起こし、海水へ入れる。
それだけの作業なのだが、私はひどく疲れて砂浜の上にへたりこんでいた。
彼女の肌はヌメヌメとしていて、私の手はひどくベタついている。
打ち上げられた人魚を海中に戻すため、彼女の背後から脇に手を差し入れて引きずるように海辺へ連れて行こうとしたのだが、お気に召さなかったようで彼女は怒り出したのだ。
「抱えあげるとか、もっと気のきいた運び方ないの!?」
「えぇえ〜」
私の腕力では到底できない運び方である。
あんまり怒るから試しにお姫様抱っこをしようとしたが、持ち上がらない。
「もっと力入れなさいよ!」
「!?!?」
お尻をつねられ、人魚に激を入れられても持ち上がることはなかった…。
仕方ないので、半ば強引に最初の運び方で彼女を海中へ入れる。
靴は脱いだので無事なものの、おかげで足はびしょびしょだ。
一息つく私の目に、波打ち際まで来れた人魚が、慣れた手つきで金色の髪をかきあげる仕草が映る。
濡れているせいか少し長めの前髪から覗く瞳は切れ長で、”可愛い”よりも”美人”と言われるタイプであろうことが窺えた。
胸も豊満で、まるで西洋の彫刻のように整った顔立ちと上半身を持つ彼女だが、下半身の魚の尾と、青ざめた肌は一般に”人魚”と呼ばれる存在であると私に認識させた。
「まったく…あんたがもたもたしてたせいでお肌が乾燥した挙句、ママとはぐれちゃったじゃないの。」
「…すみません…。」
しかし、その美しい人魚は、私の苦労に感謝の言葉もなく、かわりに不満を浴びせてくる。
なんと横暴な人魚…。
一般に定着しているであろう”人魚姫”に沿わないイメージだ。
さすが魔界の人魚と言うべきか、見た目は美しくとも関わるとロクな目に合わない気がする。
(優一くん然り)
この場は早めに立ち去ったほうが良さそうだ。
「それじゃあ。私はこれで…。」
靴とスーパーの袋を持ってそそくさとその場を離れようとする。
が、「ちょっと待ちなさいよ。」とお姉さんに引き止めらてしまった。
…逃亡失敗。
今度は何を言われるやら、少し身構えつつ「はぁ。なんでしょう?」と私は振り返る。
「…人間のあんたに聞きたいことがあるのよ。」
「え?」
悪魔が人間の私に聞きたいことって、なんだろう。
思わず興味を引かれてしまい彼女を見つめると、先ほどから青筋立てて怒っていた彼女が、頬を染めてもじもじとしている。
悪魔のような(正真正銘の悪魔だけど)彼女と打って変わって、そこにいるのは一人の乙女だった。
なんだろう。
彼女は何を聞きたいのだろう。
彼女の様子につられて私もドキドキと胸を高鳴らせる。
それは、想いも寄らぬ言葉だった。
「…人間の男受けする…服装って、どんなの?」
その言葉に、「…人間の男?」と私は繰り返した。
この相談内容に、先ほどの様子からしてどうやら彼女は恋をしているようだ。
それも、人間に。
悪魔も人間に恋をするのか。
「人間の男性で好きな人がいるんですか?」
驚いて私は聞き返す。
すると突然、頬を染めていた彼女がキッと私を睨みつけた。
「質問を質問で返すんじゃないわよ!さっさと答える!」
「は、はぃ!ごめんなさぃ!」
短気な彼女は海面をバシャバシャ叩きながら答えを急かした。
飛び散る海水を顔面に浴びながら理不尽な怒りに謝りつつ、慌てて考える…が。
男受け…って、なんだ?
男の人に好かれる服装…って、ことだよね?
…。
………。
………………?
「…男受けしたことないんでよくわかりません…。」
モテてモテて仕方ないって女性に聞くべき質問だろう。
こういう質問を私にするのは間違いである。
悲しい気持ちで素直に言えば「ちっ!役に立たないわね。」と痛烈に言われた。
理不尽である。
「…なんか…すみません……その、人間の男性って、どんな感じの人ですか?」
人となりを聞けば、そこそこ有益な情報を提供できるかもしれない。
親切半分、興味半分で聞けば、途端に彼女の表情は険しくなった。
「聞いてどうすんのよ!自分が同族の女だからって寝取る気!?これだから若い女は気が多くてイヤなのよ!!」
「違いますそんなつもりじゃなくてー!首絞めないでぇ!」
腕の力だけで匍匐前進のように素早く間合いを詰めると、あろうことか人魚は私の首に手を伸ばし、ぎりぎりと絞めあげてきた。
(これだけ動けるなら自力で海中に戻れたのでは)
驚くやら、苦しいやら…言い訳しつつ人魚の手をパシパシと私は叩く。
親切心が逆に仇になったようだ。
「…そうじゃ…なくて!人間の男性って言っても色んな人がいるから、人となりを聞かないには私も答えようがないと思ったんです〜!」
必死の思いでわけを話せば、「なによ。それを先に言いなさいよ。」と納得した人魚が、私の首から手を離す。
慌てて私は息を吸い込んだ。
「そうねぇ…まずはあの目かしら。」
ゲホゲホと咽る私に構わず、お姉さんが目を輝かせながらと指折り数えた。
「目が釣り上がってて」
「ゲホッ…は、はぁ。」
「黒のスーツが似合って。」
「へぇ。」
「眉毛がなくて」
「う、うん。」
「常に目元は影に覆われていて」
「…うん?」
「私のお腹を躊躇せず渾身の力をこめて蹴り上げてくる素敵な人よ!」
「はぁあ!?」
お姉さんの口から語られたその人は、とても普通の人間とは思えない人となりをしていた。
私は思わず「やめておきましょうそんな男!!」と叫ぶ。
が、恋は盲目と言う通り…お姉さんは「なんですってこのクソガキ!!」とぶち切れ、また私の首を絞めにかかる。
「ごめんなさいごめんさない!つい勢いで!首絞めないで!」
「ふん!言葉には気をつけなさいよね!…ま、あんたみたいなガキにはわからない魅力なんでしょうねっ。」
私の頭を半ば投げつけるように手を離され、頭がぐらつく。
男受けする服装云々よりも、このヒステリックな性格をどうにかしたほうが良いのではないだろうか。
…しかし、そんなこと怖くて絶対口にはできない。
「…で、どうなのよ。その人の好みはわかったの?」
お姉さんが期待をこめて聞いてくる。
けど今の人となりで思い浮かぶものは何もない。
「…そんな、悪魔みたいな人の好み、わかりません…。」
私は脂汗のような、嫌な汗を滲ませながら、正直に答えた。
学校の先生に職員室に呼び出されたときよりも緊張するって、どうなの。
案の定「はぁぁぁぁあ!?」とお姉さんの鋭い怒声が空を裂かんばかりに轟いた。
…助けて、ジイやさん。
12.02.26
やっとこさ出せました、めぐみ姉さん。
書いてて楽しいです^^
「選択その21」で出てきた巨大なサメは健在な頃のめぐみママです。
散歩中、お腹が空いて獲物にかぶりついたら血の味にテンション上がっちゃって大暴れしたママが海を荒らし、それに巻き込まれてめぐみ姉さんは打ち上げられた設定です。
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[mokuji]
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