選択その22(悪魔の10年間)


いつものようにベルゼブブはなまえの部屋に居座っていたのだが、今日はいつもと違う点が一つだけあった。
家主であるなまえが不在なのだ。



友人と出かけてでもいるのだろうか…ふらりと台所へ飛んでいくとハヤシライスのルーといくつかの食材が置かれていた。




「…夕飯の買出しに行っているのか…。」




どうやら足りない分の食材を買出しに行っているようだ。
そう見当をつけると、やることもないのでベルゼブブはなまえのベッドに座り込みぼんやりと部屋を見渡してみた。




「せっめぇ部屋だな。」




当たり前だが、ランドセルを背負っていた10年前と違い遥かに女としての性が強調され、部屋に置かれている小物類は若い女性の好むものを取り揃えている。
中庭の果樹園で別れてから無事帰れたかどうかもわからなかった人間の子供は、一人前にも”女”として成長していた。









学校の帰り道。



かくれんぼの途中だったベルゼブブは、残りのアザゼルが見つかるまで待つのに飽きて帰路についていた。
(早々に見つかった原因は道端の黄金に気を取られて隠れるのを忘れたからだった。)
アザゼルも勝手に帰宅してしまっていると予想しての行動だったが、鬼役のモロクは何処にいるのかわからないので勝手に抜け出してきた。



遊び場から本来の帰路に合流しようとして、ベルゼブブは立ち止まる。



ルシファーくんがいるかもしれない。



学校は違えど妙に絡んでくる傲慢のルシファー。
この悪魔は非常にベルゼブブの神経を逆撫でする存在だった。
おそらくそんなベルゼブブが愉快でしょうがないのだろう、苛立つ様子を見せると更に突っかかってくるのだからたちが悪い。



時間帯的に鉢合う可能性があったからこそ放課後に遊んで時間をずらそうとしたのに早々に帰ってきてしまった。



空を飛んでもよいがエネルギーを多く消費するので、空腹の状態でそれは望ましくない。
義務教育やらそれなりの秩序があるとは言え、基本的に物騒なこの魔界ではいざというときの対処ができなくなるからだ。




「…なんであんな男のためにこの私が気を揉まねばならないんでしょうね…。」




舌打ちを一つ打つと、ベルゼブブはルシファーに会わないためだけに遠回りとなる別の道を選択した。







幾許も歩かぬ内に、背後で人の気配がした。
こちらを窺っているらしい。
しかし複眼でその存在はベルゼブブに丸見えであった。



恐らく自分とそう年は離れていないだろう。
その小さな人影にどう対処すれば良いのやら考えあぐねていると、決断するより早く相手が動き出した。




「あの、待って!」




その言葉が言い終わらぬ内にベルゼブブは振り向いた。
(複眼でその存在に気付いていたのだから当然である。)



目を丸くして驚く視線とかち合う。



恐らく、人間だ。
自分のように人型を取る悪魔も多くいるが、目の前の小さな存在は匂いからして違う。
そして何より、この魔界に相応しくなく、彼女は悪目立ちしていた。



これが人間。
将来正式にベルゼブブの名を継いだ私を人間界へ召喚する存在の、人間。



初めて見る人間を上から下まで無遠慮に観察してから、「…あなた、人間ですか?」とベルゼブブは先に口を開いた。








その後の展開はベルゼブブにとって非常に面倒くさいものだった。
何が楽しくて人間を我が家に連れて行かなければならないのやら。



面倒くさいながら、それでもベルゼブブがなまえに関わったのは、人間に少しばかりの興味が芽生えていたからだった。



いずれベルゼブブの名を継いだ自分を召喚するであろう人間。



人間にしてみれば悪魔を使役する、と思っているのだろうが悪魔にしてみれば全く逆である。
悪魔が人間に憑くのだ。



そのために人間について学ぶのも悪くはない。
そういった考えからなまえに関わっているだけなのだ。


しかし当の人間であるなまえは悪魔の城を珍しそうにきょろきょろと見渡し、警戒心がまるでなかった。



悪魔は人間についてよく学ぶと言うのに、当の人間達は自分達の存在をあやふやなモノとして受け止めている。
人間界での教育はどうなっているのやら…。




「いいからさっさと行きますよ。」




ぼんやりしているなまえの手を引っ張り、少し驚く。
自分とは違う、弾力のある柔らかな手だった。



…こんな弱々しい手で、何ができるのだろう。








エネルギー切れ寸前だったので、ベルゼブブは流し込むように夕飯を口の中へかっこんだ。
一気に半分ほど食べてようやく落ち着き、はたと横を見ると口をもごもごと動かしてクッキーを頬張るなまえが目に映った。



そういえば、自宅で誰かと食を共にするのは何年ぶりだろう。
昼は学校なので、当然よくつるんでいるアザゼルと昼食を取るのだが、朝と夕は自宅で1人だ。



家が無人なわけではない。



貴族らしく身の回りの世話人として一族以上に多くの悪魔が城内には存在している。
しかし主人と同じテーブルにつき、食を共にすることは流石のジイにもできないことだった。



思わず手を止めてじぃっとなまえを見つめていると、彼女が視線に気付いた。
口いっぱいにクッキーを詰め込み「ん?」と首を傾げて見つめ返してきたのでハッと我に返る。




「あ…いえ、自宅で誰かとテーブルを囲むのは久しぶりだと思って…。」




物事はきっぱりはっきり言い切る性質のベルゼブブが、自分でも理解できない行動の説明ができず、ごにょごにょと言い辛そうに言った。








なまえがトイレを済ますのを待っていると、偶然ジイが通りがかり「おや、お帰りなさいませ優一様。どちらからお入りになられたのです?」と不思議そうな顔をした。
簡単になまえのことを説明すると、ジイが突然取り出したハンカチで目元を拭った。




「女性をエスコートできるようになられて…。」




とジイは何故か感動していた。
窓から放り投げ、背後から蹴りを食らわせたと告げたらなんと言うのだろう。



散々なエスコートっぷりを知らぬジイは「そうそう優一様。」と言葉を続ける。




「旦那様、奥方様ともにお揃いでご帰宅なさるそうです。”絶対に帰る”とお伝えするよう仰せ使いました。」




それを聞いた途端、ベルゼブブは孤を描きそうになる口を無理やりひん曲げようとして、口元をもごもごと動かした。



ベルゼブブの両親は非常に多忙だった。
一体何に追われて忙しいのやら定かではないが、魔界きっての貴族である以上致し方ないのだろう。
そう自分を納得させてはきたが、やはりベルゼブブはまだ子供だった。



悪魔だろうと、親が恋しいものは恋しい。
プライドの高さから”寂しい”などと漏らしたことは一度たりとないが…会えるとなればひどく嬉しかった。




「それは…本当か?」



「えぇ、今日こそお帰りになられると…。」



「どうだか。」




プライドが邪魔して素直に喜べず、語気を強めにそう言うが、傍目から見て強がっているのは明白だった。
そしてそれを見たジイが…ほんの少し、心配そうに顔を歪めた。



ベルゼブブはそんなジイの表情を読み取れず不思議そうに見ていただけであったが、その理由が今ようやく理解できた。




「大変申し訳ありません。優一様…旦那様も奥方様も急用によりお帰りになられぬそうです…。」




古くからベルゼブブ家に仕える使用人は、眉尻を下げてそう告げた。



彼は長年勤めていた経験からか、予想していたのだ。
今回も彼らは帰ってこないのだと。



しかし幼いベルゼブブは毎回両親の言う”絶対”という言葉を本気で信じていた。
だからこそ約束が破られたときの心のダメージは強いもので…。




「…やっぱり。思ったとおりだ。まぁ仕方の無いことですね。彼らは多忙ですから。」




気丈に振舞おうとして言葉強めに両親を”彼ら”と他人行儀に称したことが引っかかったのだろう、ジイが「…優一様、」と口を開きかけたとき。




「…んー…。」




ベルゼブブの横で眠りこけていたなまえが唸る。
字が読めないため、つい先ほどまで本の挿絵を眺めていたなまえはいつの間にか眠っていた。



声を潜めず喋っていたので今のも起きそうである。
それに配慮して、ジイは「…失礼します。」とだけ言い残して退室した。



静かになった室内で、なまえが寝返りを打つ衣擦れの音だけが響く。
眠っているせいか、隣で眠るなまえの体温はとても高い。



もしなまえを城に連れ帰らなければ、今自分は部屋の中で1人きりだっただろう。



そう考えた途端、あれだけ強気に振舞っていたベルゼブブの視界が霞んだ。
泣くまいとする意思に反して零れ出る涙にベルゼブブはひどく慌てる。
寝ているとは言え、なまえの前で…他人の前で泣くのが非常に恥ずかしかった。



なまえへ背を向け、服の袖で涙を拭う。
しかしなかなか涙は止まらず、さらにぐずぐずと鼻が鳴り始めた。




「うぅ〜…ん…。」



「!」




そのとき、突然ベルゼブブの背中になまえの腕がぶつかった。
驚いて振り返ると、横を向いていたなまえが仰向けの体勢になっている。
どうやら寝返りを打ってせいで、腕がぶつかったらしい。



驚いて涙が引っこんだのは助かったのだが、隣に他人がいるのに1人泣いているこの現状は余計にベルゼブブの孤独さを浮き立たせた。
見ればなまえは寝ながら笑っている。



人が泣いているというのに暢気に寝こけるとは…。



急に沸々と怒りが沸きあがり、あれだけなまえを起こさぬよう注意を払っていたにも関わらずベルゼブブは彼女の小さい肩を掴んで揺さぶった。




「おい、起きろ。」




声までかけたが起きる気配はなく、むにゃむにゃと何事か寝言を発しては安らかな寝息を立てて寝てしまう。
最初は小さかった揺さぶりが、どんどん大きく幅を広げ、しまいには「起きろって言ってんだろうがド低脳!」と罵声を浴びせる始末。



しかし時刻は夜中の3時。
普段のなまえなら当に眠っている時間帯なのでなかなか目を覚まさない。




「起きろこのクソバカ女!」




ついに癇癪を起こしたベルゼブブが手を振り下ろし、ばちん!という一際大きな音とともになまえが飛び起きた。
叩き起こされたせいですぐには状況が飲み込めないらしい、せわしなく部屋を見渡してから最後にベルゼブブへ視線を向けるとなまえが目を見開いた。




「え、あ、どうしたの!?」



「………。」




そう言われてから、ベルゼブブは自分が泣いていた形跡に気付かれ焦った。
あれだけ他人に涙を見せるのを嫌がっていたのに、癇癪を起こしてなまえを叩き起こしてしまった。



咄嗟に「………なんでもない。」とは言ったものの、赤くなった目元はどうすることもできない。
涙の理由がわからぬなまえは案の定オロオロしながら何処か痛いのか、何が悲しいのかと心配そうに理由を聞いてくる。



不思議なもので、他人に心配されればされるほど涙とは出てくる。
うるさい、と言おうとするのだが口を開けばきっと声は震えているだろう。
今のベルゼブブは黙りこくって目元を袖で拭うことしかできない。



口を閉ざし、俯くベルゼブブの背中になまえの小さな手が触れた。
つい先ほどまで寝ていたせいで体温は高く、その手はぎこちなくベルゼブブの背を上下に行き来する。



最初はなんのつもりかと怪訝に思ったがどうやら自分を慰めようとしているらしい。
昔、誰かに…両親のどちらかと思いたいところだが…背を撫でられたことを思い出した。



背に他人の体温を感じるのはいつぶりだろう。
おかげで涙がぶり返し、鼻までぐずぐずと鳴り出してしまった。



あぁ、やはり起こすんじゃなかった。



恨みがましい思いで目元を覆う腕の隙間からなまえを覗き見れば、何故か今にも泣き出しそうな顔をしていた。
きっと自分に釣られて泣きそうになっているのだろう。



ベルゼブブは目を閉じると、背中に当たる体温に集中した。








11.9.16
今まで夢主視点だったのでいまいちべーやんが何考えてるかわからなかったですね^^;
これからべーやん側の考えも挟み込んでいきます。



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