選択その21

夕飯の買出しに来ていた私は帰り道に角を曲がった瞬間、目に映っていた景色がガラリと変わってしまった。
突然視界が真っ暗になり、自分の身に何が起きたのか理解するのに時間がかかった。



暗さに目がなれてくると、私の目の前には大海原が広がり、足元は細かな海岸の砂が敷かれている。
気の滅入る濁った空の向こうで、怪鳥のけたたましい鳴き声が響いた。



時計を見ると、時刻は午後6時11分。
ばっちり逢魔が時の時刻だ。



信じたくはないが…3度目の魔界入りを果たしたようだ。



夕方とは言えまだ明るさの残る人間界から常に薄暗い魔界へ入り込んでしまったため、突然視界が暗くなったのだろう。



様々な汚濁が混じり合った色の海水は海と称するには美しさに欠ける。
時折吹きすさぶ湿った風は私の体力を奪うようで、体がけだるく感じられた。



前回の魔界入りでは優一くんの家のトイレだったから良いものの、今回はまったく知らない場所に出てきてしまい、それは私を非常に不安にさせた。
優一くんもジイやさんもハエの人もいない魔界のどこかで人間の私が1人。



もし悪魔が魔界で人間に出会ったとしたら、彼らはどう接してくるだろう。
幼い頃の優一くんのように私の話をまともに聞いてくれるだろうか。



下手したらここぞとばかりに人間の魂を持って行こうとするかもしれない…。



命の危険を感じる私だが、袋からはみ出した長ネギのせいでなんだかシリアスさに欠けていた。




「…とりあえず、さくちゃんに電話しよ。」




魔界から人間界へ電波が繋がるだろうか。
不安に思いつつさくちゃんに電話すると、私の予想を裏切り繋がった。
すごいぞ日本の携帯電話。



しかし長い呼び出し音から留守番電話に切り替わってしまった。
時間的に大学は終わってるから…友達と遊んでるか、もしかしたらバイトかも。



何度かかけ直したけど留守電になってしまったので、私は芥辺探偵事務所にも電話をかけた。
しかしそちらも留守電。
なんてこった。ことごとく留守電って…。



あくたべさんに連絡するにも番号聞いてないし…。



仕方なく、私はある人の電話番号にかけることにした。





「ジイでございます。どうなさいましたかなまえ様?」



「ジイやさん…!」




この世界において唯一私が信頼している悪魔・ジイやさん。
何かあったとき(主に優一くん関係)のためにと番号聞いていたのだ。



…ところでジイやさんてなんの悪魔なんだろ。
幼い頃は気付かなかったけど、大人になって再会してみるとジイやさんのフォルムって、ゴキ……いや、今はそんなことについて考えている場合ではない。




「突然電話してごめんなさい。また魔界に迷い込んじゃって…何処にいるかわからないんです。」




心細さから泣きつくように私は言う。
電話の向こうでジイやさんが「おやまぁ!」と驚いた。




「3度目の魔界入りでございますな。いやはやなんと珍しい。おめでとうございます!」





その瞬間、海の向こうで巨大なサメがジャンピングした。
サメはその口に人型をした何かをくわえている。
人型の何かが発する「ぎゃぁ〜…」という遠退く悲鳴とともに、サメが水飛沫をあげて海中に潜った。



一泊間を置いてから、私の体はぶるりと震える。




「めでたくないよジイやさん!目の前で誰かが巨大なサメに喰われてたよ!」



「海でございますか?困りましたね…城からはだいぶ遠退きますな。」




そう言われればあの無駄にデカイ城がここからでは木々に遮られて、てっぺんすら見えない。
相当な距離であることが覗える。




「ど、どうすればいいかな、ジイやさん。」




歩きで行ける距離だろうか。
私の不安通り、電話の向こうでジイやさんが「う〜む。」と唸り声をだす。




「徒歩が可能な距離であればベルゼブブ家の城を目指していただきたいところですが…。」



「歩くのは無理そう?」



「無理ではありませんが、海の近くともなると丸一日歩き続けることになるでしょう。それに日が暮れては人間のなまえ様にとって危険が増すばかりです。」




危険が増すばかり、という言葉を聞いて私の脳裏に先ほどのサメと昔見た巨大な牛を思い出した。
今はかろうじて薄暗い魔界だが、これが完全に夜へと移り変われば人間界と違って光源のないこの世界はそれこそ真っ暗闇になるのだろう。
いったいどうすれば良いのやら。




「飛ぶ以外に方法はありませんな。」




どんよりと暗い気持ちになりつつあった私にジイやさんが言う。




「飛ぶって…迎えに来てくれるんですか?」



「そう言いたいところですが…ジイの飛行能力ではなまえ様を抱えて飛ぶことは叶いませぬ。」




「お役に立てず申し訳ありませんなまえ様。」とジイやさんが心底申し訳なさそうに告げる。




「ゴキ○リだからしょうがな…いや、飛行能力に長けてないんだからしょうがないよ、ジイやさん!」



「なまえ様…!窮地に立たされていてもなお、ジイにお優しいお言葉をかけて下さるとは…おっと、涙が…。」




危ない…思いっきり本人にゴ○ブリとか言っちゃったけど気付いてないみたい。
鼻をかみながらジイやさんが「ところで、優一様に連絡はされましたかな?」と言った。




「…え、なんで優一くん…?」



「おや、なされていませんか。ジイなんぞより優一様のほうがよほど心強い手助けとなりましょうに。」



「…すっごい眉間に皺よせて嫌がる顔しか思いつかないんだけど…。」




私が助けを求めようものなら底意地の悪い笑みを浮かべて傍観するか、面倒くさがって嫌そうに顔をしかめる様しか思いつかない。
ていうか助けられた後の代償が怖くて軽々しく助けてなんて言えない。
今度こそ魂かパンツを持ってかれるに決まってる。




「優一様なら飛行能力に長けていらっしゃいますし、なまえ様を抱えて飛ぶことなどわけないでしょう。」



「素直に助けてくれるとは思えないんですけど…。」



「何を仰います。紳士としてお困りの女性に手を差し伸べるのは当たり前のことです!」



「でもその紳士は最後に女性のパンツ脱がすんでしょ…。」



「まぁ紳士も男ですからな。時には送り狼になるのも致し方ないこと。」




私のパンツ発言を違う意味で捉えたジイやさんが「ほっほっほ。」と笑いながら言った。
いやいや、そういう意味じゃなくて…。




「お宅の優一くんはそういう意味で人のパンツ脱がすんじゃなくて、食欲的な意味でパンツを脱がしてくるんだけど…。」



「ジイも若い頃は黄色い悲鳴ととも女性に追いかけられたものです。」



「………。」




多分それは黄色い悲鳴じゃなくて、ゴキブ○発見による恐怖の悲鳴であって、追いかけられたっていうのは害虫駆除のため追いかけていたわけで…。
という言葉が口から出かけたが、ジイやさんがゴキ○リだという確定はしていないので黙っておいた。




「とにかく、優一様に連絡すべきです!」



「えー…でも番号知らないし…。」




げんなりする私にジイやさんは優一くんの電話番号をメールで寄越してきた。



…電話するのが気が重い…。



果たして彼は10年前と同様に私を助けてくれるだろうか?







11.9.10
順調に魔界との縁を深めていく夢主。
次はベルゼブブ視点で10年前の回想に入ります。




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