選択その20
「…ふん。どうせお前のことだ、契約させて取り憑こうとでも思ったんだろう。」
散々彼等を痛めつけてようやく気が済んだアクタベさんが重石(アザゼルさん)から脚をどけた。
どうやらアクタベさんは優一くんの思惑に見当がついていたらしく、そう言えば優一くんが気まずそうに口をつぐみ、逆に私は”契約”と聞いて昨日のことに思い当たった。
「そういえば、昨日変な書類に名前書けって迫られた。」
すると優一くんが”げぇ!?”と言わんばかりの顔でこっちを見た。
さらに私の言葉に思い当たったらしいさくちゃんが「ベルゼブブさん、一度私のこと裏切ろうとしましたよね?」と続けざまに言った。
「黙れビチグソ女ども!!…ギャー!石追加しないで!!」
アクタベさんが、恐ろしく重いはずの重石を片手に担いで優一くんの膝の上に追加した。
(おかげでアザゼルさんは石と石に挟まれた状態になる)
二つの断末魔が響き渡る。
その光景はトラウマにでもなりそうなほど凄惨な光景だった。
こんな血の絶えない職場で働いてて大丈夫なのかな、さくちゃん。
しかし私の心配をよそに、さくちゃんは引き出しからお菓子を引っ張りだして「なまえちゃん、食べる?」と笑顔だ。
環境適応能力高すぎるよ…さくちゃん。
「これ使って。」
突然目の前に小さな瓶が突き出された。
見ればその小瓶を突き出しているのは、アクタベさんだ。
「…なんですか、これ?」
「トイレの悪霊に悩んでるんだろ?それ使って。」
トイレの黒い影に悩まされる私にアクタベさんが渡してきたのは白い顆粒が半分ほど入っている小瓶。(悪魔たちの返り血付き)
聖水のような、清められたなんちゃら、みたいなアイテムだろうか?
「ありがとうございます…?」
興味深いげに小瓶を見ると…そこには”高血圧なあなたに、や○しお”と書かれたラベルが貼られている。
優しい塩…の略のようだ。
「あの〜…アクタベさん、これって…。」
「トイレ行く度にその塩を5回は振りかけろ。それでも消えないようなら10回は振ること。わかった?」
「わ、わかったんですけど、あの、これって…料理用の塩ですよね?」
「正式な手順を踏んで清めた塩だから効果は変わらない。」
「しかも使いかけなんですけど?」
「代金は次からで構わないから。」
「(私の質問無視された…。)………血圧高いんですか?」
「………。」
「…すみません…なんでもないです…。」
血圧気にしてるのかな…。
それ以上の質問は許さない、という無言の圧力をかけられて私は押し黙った。
アクタベさんの言うとおり、トイレに振り掛けると黒い影は消えた。
しかし5回では消えず、けっきょく10回以上振りかけたせいで、今では残り4分の1を切っている。
そろそろアクタベさんに次の塩を貰いに行かなくては。
しかし1瓶1000円の出費は学生の私には痛い。
「さくまさんなんて300万の借金背負ってるんだ。1瓶1000円で浄霊できるんだから君はまだイイほうだ。」
渋い顔をする私にアクタベさんが言う。
しかし私はまさかの友人の暴露話に「え!?さくちゃん!?300万!?」と声が裏返った。
「アクタベさん!!なんでそういうデリケートな話を友達に言うんですか!!」
「なに。すぐ返済してくれるんだから問題ないだろう?期待してるよ、 さ く ま さ ん 。」
「あうぅ…。」
そう言って笑うアクタベさんだが、その顔は笑顔と言うには矛盾する、負のオーラを纏ったものだ。
…驚いたことに、いつかの私の予想通り本当にさくちゃんは弱みを握られていた…。
私と優一くんの関係も奇妙だが、アクタベさんとさくちゃんの関係もなんだか奇妙なものだ。
「さくまさんほどではないですが、まぁまぁ良いカレーですね。」
「……。」
こいつ…うちの貴重な食料を大量に消費しておいて文句言うとか…。
我が家に関わる全ての諸悪の根源は、悪びれもせず今日も私の家でカレーを食べている。
私を騙して魂の取り引きを条件にした誓約書が露呈されたというのに謝罪の一つもない。
少しは罪悪感というものを感じたらどうだ。
…悪魔だから無理か…。
奴に何か期待することを諦めた私の目に、カレーを口に含む優一くんの姿が何故かぼやけて見える。
私の視界が霞んでいるのかと思ったが、よくよく見れば違う。
確かに彼の輪郭がぼやけてきている。
「…優一くん。」
「なんです?静かに食事をしたい性質なのですが。」
「優一くん!なんか薄い、薄くなってるよ!」
「確かに。このカレー、ちょっと薄くないですか?ルーをケチらずもう少し濃い目のほうが…」
「ケチってないわよ!…じゃなくて、優一くんが薄くなってるんだってば!」
「はぁ?」
私の言葉にようやく気付いたらしい。
薄くなりつつある自分の姿を見下ろして優一くんが「ぴぎぃ!?このベルゼブブのグリモアが天使に獲られたというのか!?」と叫んだ。
天使のことはよくわからないけど、カレーを口に含むたびに彼の透明度は上がっていた。
もしかしてカレーに何か原因が…?
「…あ、もしかしてアクタベさんに貰ったお塩、調理に使ったから…?」
塩が切れてしまったので仕方なくアクタベさんに貰った清めた塩”やさ○お”を使ったのだ。
(血圧にイイらしいし。)
どうやらそれが原因らしい。
「こんのクソビィィィィィッチ!!私を殺す気か!?そうなんだな!?」
「…わざとじゃないんだよ…。」
別に優一くんを浄化してやろうとかそういう考えで清めた塩を使ったわけではない。
しかしそんな私の意図にヒステリックな優一くんが気付いてくれるはずもなく、こめかみにびきびきと太い血管を浮き上がらせてぶち切れる。
なんでこうヒステリックなんだろう。
「てめぇのせいだよとりあえず謝罪しろ!」
「勝手にうちのカレーよそって食べてたのが悪いんじゃん…。」
「いいから謝罪しろってんだこのクソ女!!」
「自分だって誓約書のこと謝ってないじゃない。勝手に魂の取り引きなんかして。」
「ハッ!悪魔が魂の取り引きして何が悪い。悔やむなら己の迂闊さを悔やみなさいなド低脳!」
「そうだね、悪魔だもんねー。清めた塩で体全体が消えかかったぐらいだし、優一くんを構成するほとんどが悪意の塊だもんね。だから性格が悪い…」
「大地に額擦り付けて謝れって言ってんのが聞こえねぇのかクソビチがぁぁ!!」
「痛い痛い!!クチバシ意外と鋭い!ヤ メ テ!!」
怒声とともに、ペンギンのクチバシが私の頭に突き刺さった。
体が四散しても生きてるんだから、そんなに怒ることないのに。心狭い。
結局、あんだけ騒ぎ立てたくせに10分もしたら奴の姿は元通りになった。
トイレに塩を振りかけ、扉を開いたまま用を足し、しょっちゅうやって来るペンギンにカレーを出しては理不尽な罵詈雑言を浴びせかけられる。
そんな奇妙な生活が続いたが、アクタベさんのおかげであれ以来私は魔界へ行くことはなかった。
…しかし。
”魔界と因縁深い場所”とは何も我が家のトイレだけではない。
10年前、人間界に戻ってきたときのように街中にはそこかしこに”魔界への通り道”があることを私はすっかり失念していた。
「…………ここ何処………。」
私の頭上には、夜空とは違う濁った灰色。
目の前には暗く澱んだ大海原が広がっている。
夕飯の買出しに来ていただけなのに…スーパーの袋を片手に、私は街中でまた魔界入りを果たしたのだった。
11.9.4
”や○しお”は管理人の母が使ってるものです。
母よ…。
アクタベさんは基本的に夢主に関わろうとはしません。
グリモアが関係しない限り、べーやんが夢主になにしようが興味なし。
べーやんにぶち切れてたのは、余計なことをするとその尻拭いが自分にくるから怒っていただけであって特に夢主の身を案じるているわけではありません。
相談すればそれなりに話は聞いてくれますが料金が発生するので要注意。
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