選択その17
「書け!!」「イヤ!!」と問答を繰り返し、互いに息があがってきた頃。
「…わかりました。なまえさんがそこまで言うのならば引いてあげないこともありません。」
落ち着きを取り戻した優一くんがようやく諦める気になったらしい、ペン立てから手を離した。
上から目線のその言い方にひっかりつつも私はなんとかこの場を乗り切ることができてホッとした…のだが。
「ただし!」
優一くんは、書類を踏みつけるように片足をテーブルへ力任せにダンッと乗せた。
その振動に皿の上のクッキーが飛び散り、冷めた紅茶が零れる。
「た、ただし…?」
突然の狼藉に驚く私のほうへ、彼が書類を踏みにじりながら身を乗り出す。
鋭利な歯がよく見えるほど顔が近づき。
「それ相応のものを戴ければ、の話ですがね。」
そう言うなり、奴は私の膝頭をがっちり掴んだ。
相応のものって…もしや…。
「ということでパンツを脱げ!!」
「やっぱり!」
迫る身の危険に後ずさろうとする私の体。
しかしソファーの背もたれによって阻まれる。
「自分の思い通りにいかなくなるとそうやってパンツに固執するの良くないと思う!」
「魂より格段に楽な献上物でしょう?」
「楽じゃない、楽じゃないよ!」
テーブルに身を乗り出し、近づいてくる優一くんを遠ざけようと彼の両肩を掴んで押した。
しかし膝頭を掴んでいたが手が、いつの間にか膝裏へ回り足を持ち上げられる。
スカートが捲り上がると焦った私は、彼を押し返す腕で咄嗟にスカートを押さえてしまった。
瞬間、獲物が罠にかかったような、自分の企てが上手くいったときに浮かび上がるイヤな笑みが優一くんの顔に滲む。
「まぁそう言わず、こちらへおいでなさい。」
今度は持ち上げた足を引っ張られた。
引っ張られた足が、テーブルの上へと乗り上げる。
「待って、ちょっと…!」
テーブルとソファの間に私が落ちないよう胸倉を掴み、優一くんはテーブルの上へと私を引きずる。
机上に置かれていた紅茶のカップにクッキーの皿が耳障りな音を立てて落ちてゆく。
陶器の割れる音に気を取られ、されるがままの私はすっかりテーブルの上へ引きずりこまれた。
彼のとんでもない行動に驚き、見上げると、私の上を膝立ちの優一くんが跨いでいた。
テーブルに縫い付けられた体に、上から降りかかる視線。
今の私なら、食卓に並べられた獲物の気持ちがよくわかるだろう。
「まぁ、この前はパンツを戴きましたし…今回は別のものにしてやってもよろしいですが?」
体勢からして優位に立った奴が上機嫌に言う。
嫌な予感がしつつ「別のものって…」と呟いた瞬間、下腹部が痛み出した。
突然の痛みに生理痛と勘違いしたが、それとは別種の痛みが私を襲う。
…これは…便 意 だ。
「お腹…痛い…ッ…。」
それは非常に強烈な痛みを伴い、私の全身にじんわりと汗が滲んだ。
「どうしました?汗ばんでますよ。」
そんな私を見て、優一くんが何故か舌なめずりしながら笑う。
あまりの痛みに下腹部へ手を置くが、もちろん痛みは引かない。
おかしい。
こんな状況でタイミングの良い急激な便意は不自然すぎる。
下腹部を押さえる私の手の上に、悪魔の硬質な手が置かれた。
「お手伝いしてあげましょうか?」
そしてぐぐぐ…と徐々に力を入れて私の手の上から下腹部を押してきた。
痛む腹を押されて、さらに痛みが増す。
「や、やめ…!」と目の前の胸を押し返すが激痛から力が入らない。
どうしよう…このままじゃ私…”一生の恥”というものを作ってしまう…!
これから起きるであろう非常事態を予測して、私は血の気が引いた。
それだけはなんとしても避けねばならない。
私は優一くんをどかそうと無意識に手を伸ばし…その指の先に当たった何かを、縋る思いで掴んだ。
すると、彼の動きがピタリと止まり…。
一拍間を置いて、叫び声とともに頭上から鮮血が噴出した。
「てめ…この…何しやがるクソビチ女ァァア!!」
「え…あ、えぇえ…?」
原因はわからなかったが、血塗れの人間に怒鳴られて「な、なんかごめん!」と私は思わず謝ってしまった。
気付けば、私の手には優一くんが頭に戴く王冠が握られている。
そしてその王冠のあった場所から、噴出する血。
なにこの王冠、頭から直にはえてるの!?
「ど、どうする?頭に挿す?」
「傷口に触るなクソバカ女!」
元あった場所へ王冠を置こうとして、その手を払い除けられた。
どうすりゃいいんだ。
噴水のように噴き出す血が優一くんの額を真っ赤に染める。
「あー…じゃ、私、トイレ行って来るね。」
血に塗れた頭を押さえて悶絶する優一くんにしてあげられることもないので、私は彼の下からそろりと身を滑らせてテーブルから降りる。
そそくさと部屋を出る私の背後で唸り声が聞こえた。
後で聞いた話だが。
彼の職能・暴露には生き物の便意を促す効果もあるそうだ。
…なんだその能力…。
魔界へやって来る原因となったトイレの扉を開くと、そこは10年前に見たこの城に相応しいトイレが広がっていた。
あれだけ何度も扉を開け閉めしてもうちの庶民トイレだったのに。
時間が経つと自動で元に戻るのだろうか。
血だるまな優一くんのために、ジイやさんを呼ばなきゃなー…と思いつつ用を済ませ、扉を開くと。
そこは、赤いカーペットの敷かれた廊下ではなく庶民的な我が家のフローリングが広がっていた。
「うそ、戻ってきた…!?」
朝がきたことを告げるように鳥が鳴き、空は朝日が滲んで夜が終わろうとしている。
時計は午前4時を指していた。
私はこうして、行きも帰りもトイレを通じて人間界と魔界を行き来した。
11.8.16
散々な目に合う夢主ですが、その分首を締められ王冠をぶち抜かれと痛い目見るベルゼブブ氏。
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