選択その12
部屋に上がった途端、私もさくちゃんもどっと疲れが押し寄せて崩れるように座り込んだ。
「なんか……大変なことになっちゃったね……。」
2人にお茶でも出してあげたいところだけど、膝が笑ってしまって立てそうにない。
さくちゃんが、汗一つかかず涼しい顔してソファーに座る優一くんをキッと睨んだ。
「ベルゼブブさんが冷蔵庫に黄金なんか入れておくから!」
そう怒るさくちゃんに対し優一くんもキレながら「鮮度を保つために食材を冷蔵庫に入れるのは当たり前だろうが!!」と返す。
話しの流れからして例のスイーツのことを言っているのはわかるのだけど…。
黄金とは何かの比喩だろうか?
「あのー…黄金ってなに?」
言い争いがヒートアップしてきた2人の会話に割り込むと、さくちゃんの動きがぴたりと止まり、視線が彷徨う。
言うべきか言わぬべきか、逡巡しているらしい。
「う○こか…。」
するとぐったりしていた犬がふらりと起き上がり、そう呟いた。
その声は、優一くんにトイレで襲撃されたときに聞いたあの関西弁の声そっくりだった。
「う○こ入れよったなこの糞便悪魔!!」
そう叫ぶと犬は顎の下を掴み、皮を上に引っ張り上げた。
どうやら着ぐるみを着ていたらしい。
驚いてその下から出てきた顔を見つめると…やっぱり犬だった。
…着ぐるみの必要性はあるのだろうか。
犬(?)の人に”糞便悪魔”と言われた優一くんがドスのきいた声で「あぁ!?」と凄む。
「犬面低級悪魔に理解できる趣味じゃねーんだよ!!」
どうやらこの犬(?)は優一くんとはまた違った悪魔のようだ。
もしやこの悪魔もペンギン姿の優一くんと同じ状態にあるのだろうか?
もう1人の悪魔は「アホンダラ!!」と叫ぶ。
「そーいうマイノリティな趣味は人様の迷惑にならんようするのが常識やろ、見てみぃアザゼルさんの今日のランチメニューが全部出てきよったオロロロロロロロr…」
「ギャー!カーペットの上で吐かないで!!」
突然床に膝まづいたと思ったら、その悪魔は我が家のカーペットの上へ、今日のランチを吐きだし始めた。
見てみぃ、じゃない。
人の家で何してんだ。
「ご、ごめんねなまえちゃん!アザゼルさんこっち来て!!」
「おいちゃんをトイレに連れ込んで何する気!?…ぶるぇっ」
さくちゃんは必死に謝りながら、犬の悪魔にエルボーを食らわすと引きずるようにトイレに連れて行った。
…このカーペットは、残念だが捨てよう。
優一くんは苛立ちを隠さず「私は被害者だ!」とぶつぶつ文句を言っている。
そういえば、優一くんは魔界でトイレに行きたいと言う私に嬉々としてタッパーを差し出したことがある。
他にも城の芸術品は何点かう○こっぽい造形のものがあった。
なんとなく…子供心に勘付いてはいた。
大人になった今なら、それがなんという名称を持つのか…私は知っている。
「…スカ○ロ?」
頭に浮かんだ言葉がぽろりと私の口から転がり出た途端、優一くんの背中の羽が風を切る音とともに広がった。
「ス、ス○トロですってぇぇぇぇ!?これは貴族だけに許された高尚な趣味だぞ、撤回しろ!」
怒りのあまりに羽が広がったらしい。
禁句だったようだ。
しかしキレながらも否定しないところを見ると、どうやらほんとに黄金を摂取しているらしい。
…なんてこった。
久しぶりに会った初恋の人は複雑な食事情を抱えていた。
「うわぁ…引くわー…。」
撤回する気にもなれず、顔をしかめると「命の恩人に向ける目かそれは!ちったぁ理解する姿勢ぐらい見せろ!!」と優一くんが騒ぐ。
「無理、絶対無理。」
「ギィィィイィイイ…ッ!」
理解しろと言われても無理がある。
殴られ蹴られ、パンツ脱がされても、スカ○ロだけは受け入れがたい。
否定の言葉しか出ない私を前にして、優一くんの広げた羽がぶるぶると震えた。
「脆弱な人の子に侮蔑されるとはなんたる屈辱…ッ!」
憤怒の形相でソファーから立ち上がると大股で私に近付いてきた。
離れた距離でもなかったので、私は警戒する間もなく足を掴まれ、持ち上げられた。
後ろへ倒れた私はテーブルに頭をぶつけ、「あだ!」と声を上げる。
くらくらする意識の中、信じられない思いで顔を上げると、うちの天井を背景に優一くんが私の太ももを掴んでこちらを見おろしている。
「謝罪と撤回、そして謝礼を要求する。」
その言葉を聞いたと同時に、腰の辺りに手があてがわれていることに気付いた。
あ、ヤバイこれヤバイ、絶対ヤバイ。
この状況に、私はトイレでの出来事がフラッシュバックした。
「なんでパンツなのなんでパンツなの!!」
「黄金か黄金水でも構わんぞ。」
黄金がなんなのかわかった私は、瞬時にそれが何を意味しているのか理解した。
私は必死に「無理無理無理無理無理…!」と言って頭を左右に振る。
「いい加減受け入れろ!!」
「私にはとても受け止めきれない…!」
また私は、3週間前と同じ相手から降ろされそうになるパンツを掴んで守る。
人生で二度もこんな危機的状況に見舞われるなんて…私が何をしたと言うのだ。
必死の抵抗を見せる私に、最高にハイな感じになってきた優一くんが「無駄無駄ぁッ!」と叫んだ瞬間…その頭に分厚い本が振りおろされた。
パンッと破裂音をさせて弾け飛ぶ優一くんの頭。
生ぬるい血液が私の頬に降りかかる。
その弾け飛んだ頭の向こうに…いつの間にか着替えたさくちゃんが返り血を浴び、濁った瞳で振りおろした本を握っていた。
「私の友達だって言いましたよねぇベルゼブブさん…。」
2度も脅威から救ってくれたさくちゃん。
しかし初めて見る友達の鬼気迫る姿に、私の体の震えは一層強まった…。
「ちっ、頑なに守りやがって…。」
弾け飛んだ頭の再生を終えて文句を言う優一くんに、さくちゃんがスッとあの本を持ち上げる。
(頭が再生する様は夢に出そうなほどグロかった…。)
「ぴぎっ」と声を漏らして優一くんが体をビクつかせた。
ほんと、人のパンツをもぎ取ってどうする気だ…。
「あ、そういえば、この前の私のパンツ返してよ!」
今の今まで忘れてた3週間前のパンツ。
色々あったせいですっかり忘れていた。
恥ずかしさから顔が赤くならぬよう、語気を強めて言うと、優一くんは「ふん。」と鼻を鳴らしてそっぽ向いた。
「無理ですよ。食べましたもの。」
「え?…えぇぇぇえぇ!?」
何を言っているのか理解できない。
冗談で言ったのだろうか。
それだったら笑って返してあげられるけど、本気で言ったとしたら、パンツを食べられたときなんて言葉を返すのが正解なのだろう。
とりあえず、パンツは食べ物じゃない、履くものだ!!
優一くんはふぅ、と憂鬱そうに溜息をついて遠くを見つめた。
「無味無臭で味気のないパンツでしたよ…無駄なものを食べたものですね、私も…。」
なにその無駄なものを切ってしまったみたいなニュアンス…。
被害者の私を前にしてよく被害者面できるな。
「マジかべーやん新しいなそれ!淫奔の悪魔もびっくりオロロロr…。」
トイレから響いてきた言葉に、優一くんは「貴様の”性欲”と一緒にするな、私は純粋に”食欲”に従って食したまでだ!!」とよくわからないキレ方をする。
…私は怒ればよいのか、泣けばよいのか。
複雑な感情のせめぎ合いに混乱し、どうすれば良いのかわからなくなった私は「さくちゃん〜…。」と言って彼女に泣きいた。
「…この前のパンツ泥棒って、ベルゼブブさんだったんですか…」
次の瞬間、例の本が優一くんに向かって剛速球で投げつけられた。
私の部屋で、本日2度目の赤い花が咲いた…。
11.7.23
べーやんにパンツ食わせてごめんなさい…。
”最高にハイな感じに〜”の辺りはジョジョパロです。
べーやんが言うと違和感ないですね。
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[mokuji]
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