選択その11
執拗に私にカレーを食べさせようとする優一くんは、駆けつけたさくちゃんの「グリモアで殴られたいですか!?」という一言で渋々引いた。
おかげで私は救出され、今はスペース内に入れて貰っている。
とりあえず私は、さくちゃんに小学生の頃魔界入りした話をケーキを食べつつ簡単に説明した。
誰かに魔界での出来事を話すのは初めてで、信用してくれるか不安だったけれど、さくちゃんは手の中でプロ並の札さばきを披露しながら真剣に聞いてくれた。
「そんなことあったんだ…災難だったね。」
「無事に帰ってこれて良かった。」と同情を示すさくちゃんは心底そう思ってくれたらしい。
その様子から彼女も優一くんに関して相当苦労していると見える。
「つまり、命の恩人ということです。」
横で私が食べなかったカレーを、口の周りべちょべちょにしながら食べていた優一くんが私達の会話に横槍いれた。
「死んだ後もこのベルゼブブに感謝なさい。」
「…この10年でだいぶ高い位置に自分を置いたよね…。」
カレーまみれで何を言うやら。
それに私のこと友達って言ってなかったけ…。
昔と変わらぬ横暴さを身に付けたままの優一くんは、「ではスイーツでも頂きますかな。」と上機嫌に去って行った。
どうやら私は大変な人に恩を作ってしまったようだ。
頭が痛い。
頭を痛めつつも、私の胸中はすっきりとして靄が晴れたようだった。
小学生の頃から親にも話せず、あの出来事が心の中で燻っていたのは私にとってストレスだったらしい。
さくちゃんに話せて良かった。
「ベルゼブブさんが人助けするなんて…でも悪魔の中でも意外と常識人寄りだし、納得できるかも。」
相変わらず札さばきの手を止めず、さくちゃんが言う。
「え、悪魔って他にもいるの?」
あんなのが人間界に他にもいるのか。
その言葉に反応すれば、さくちゃんは「あー…言っていいのかな…。」と少し考え込んでから、口を開いた。
「実はさ、他にも…」
「 な い ! ! 」
という優一くんの声が辺りに響き渡り、私たちはもちろんカレーを食べているお客さん達も彼へと視線を向けた。
どうやら先ほど取りに行くと言っていたスイーツが冷蔵庫にない、と言っているようだ。
相当頭にきているらしい、優一くんは「名乗りでろ!!」とまで言い出す始末。
しかし優一くんが叫んだ瞬間…会場内が、それとはまた別の理由で騒ぎ始めた。
カレーを食べていたお客さんが嘔吐や痙攣を起こし、倒れ始めたのだ。
いつの間にか横にいた、トイレ内で優一くんの肩にぶら下がっていたあの犬もひっくり返って息を荒げている。
何が起きているのだろう、混乱する私の横でさくちゃんが「スイーツって…まさか!」と呟いた。
それからやってきた救急車にお客さんのほとんどが搬送されていき、私はサークルのメンバー達に紛れてその様子を茫然と見守った。
これは明らかに集団食中毒だ。
この異常事態に警察の人も駆けつけ、一斉に張り詰めた空気へと変わった。
警官の1人が「話し聞かせてもらえるかな?」と言ったとき。
さくちゃんがちらりと私に横目で合図した。
なんとなくその合図の意味を理解しつつも、罪悪感が私の胸の内を占める。
本当にやるのか、という意味を込めて優一くんにも視線を向けると、彼は無言でこくりと頷いた。
この騒ぎの中、私たちは無言で”バックれようぜ!”と言う会話を成り立たせたのだ。
私は半泣きで頷くと…さくちゃんを先頭に私達は走り出した。
ごめんね名も知らぬ人達…ケーキありがとう。
しかし我が身の大切さには代えられない…。
「りんこりーん!」というサークルメンバー達の叫びを背中に受けて、振り返りもせず走り続けた…。
苺の戦士、頭に王冠のせた燕尾服の男、ぐったりする犬を抱えた女の3人で走る。
私の抱える犬は、逃亡中にひっくり返って泡吹いていた所を回収したのだ。
走る優一くんの背中に「あのこ優一くんの犬でしょ?」と聞いたのだが、彼は見向きもせず「捨て置け!」と言い放ったため、仕方なく私が抱えて連れていくことにした。
外道かアンタは。
それにしても私達は目立った。
さくちゃんは苺の戦士で人目を引くし。
優一くんは服装もそうだが、なまじ美形なものだから余計に人目を引くし。
私なんか瀕死の犬を抱えて走っているものだから、嫌な人目の引き方をして最悪だ。
前方を走る優一くんが、さくちゃんに向かって「何処に向かってるんですか、さくまさん!」と聞いた。
対する答えは「人気のないところです!!」だ。
どうやら行く宛てがないらしい。
「ねぇ!2人とも、うち来ない!?」
それならばと思い、異常に足の速い2人の遠い背中に向かって、私は精一杯叫んだ。
私は近場にある自分の部屋に2人を招き入れることを提案した。
11.7.18
例のさくちゃん生写真(苺の戦士ver)はアクタベさん自らが撮ったと信じてる。
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