選択その10


携帯電話の着信音に私は飛び起きた。
ペンギンのときといい、最近強制的に起こされることが多くなった気がする。



相手が誰かも確かめず電話に出ると「お願い助けて!」とさくちゃんの声がした。
何事かと思い「どうしたの!?」と上擦った声で聞くと。




「今…稼ぎ時なの!」




事情はよくわからなかったけど、とりあえず「…良かったね。」とだけ言った。









そんな電話を受け取ってから数時間後。



私は某会場に来ていた。
周りはコスプレイヤーの人達ばかりで、普通の格好をしてきた私はとても浮いている。




「こんなこと頼めるのなまえちゃんだけなの!お願い…売り子のお手伝いして!」




と切羽詰まったさくちゃんの頼みを断れず、人の波にもまれてフラフラしながらさくちゃんの言っていたスペースへ向かう。



最近のさくちゃんの様子はおかしかった。
語尾に”にょりん”を付けたり、鞄に練乳入ってたり。
さくちゃんの鞄から筆箱と一緒に練乳が転がり出てきたときは、何故か私の方が誤魔化すのに必死になってしまった。



何かあったのかと聞いても「なんでもないの!」の一点張りだったからそれ以上追及せずにいたけど今回のことで謎は解けた。
あれ以来「CURS」と親交を深めていたようだ。



でもさくちゃん、アニメ好きだったっけ?
そのことを指摘すると、さくちゃんは電話口で「違う、違うの!」と必死に否定する。




「別にアニメに興味あるとかそーいうんじゃなくてただ羽振りの良いサークルって言うか、今のバイト先よりちょっとおいしい思いのできる条件の良い場所というか」



「つまり手っ取り早く楽にお金が稼げる、と。」



「……はい…。」




要約した私の言葉に、さくちゃんはじゃっかん萎れた声で肯定した。
原動力が”お金”のさくちゃんらしい理由だ。



そう納得していると、さくちゃんが急に声を細めた。




「サークルでケーキの提供もしてるから、手伝ってくれたら食べられるよ。」




私が彼女の原動力を知っているように、私の原動力が”糖分”なのを知っているさくちゃんは甘い言葉を囁く。
もちろん、その囁きかけに私は二つ返事で「行く。」と答えた…。





今日は私も予定入ってないし、ケーキがなくともお手伝いするのは別に苦ではない。
本当は他にも友達を誘いたかったのだけど、「ダメ!!1人で来てお願い!!」と電話口で叫ばれた。
あまり多くの人に知られたくないらしい。



そうこうしている内に、私はようやく言われていたスペースらしきところへ辿りついた。
けれど人がごった返して近付けない。
さくちゃんの言う「稼ぎ時」は本当のようで、人々が列をなしている。



さくちゃんに会うため、途中立ち止まりながらも人と人との間を掻き分けること30分。



やっと人垣を越えられたと思ったのも束の間。




「こちらへどうぞ〜。」



「え?」




私は頭に馬を乗せたコスプレお姉さんに手をひかれて、カウンター席に座らされてしまった。
しまった…いつの間にやら客として並んでいたらしい。




「メニューお渡ししまぁーす!…あれ、ない。」と言うとお姉さんはメニュー表を探してキョロキョロと辺りへ視線を動かしている。




「あの、違うんです私、佐隈さんに呼ばれてお手伝いしにきた者で…」




メニュー表を探すお姉さんに説明しようとすると、誰かがテーブルをバンッと叩いた。



驚いてテーブルへ視線を向ける。
その誰かはどうやらメニュー表を叩きつけるように置いたらしい。



客に対する態度じゃないだろ、とムッとした私の目に、メニュー表に乗せられた悪魔の手が映った。




「いらっしゃいませ。ご 注 文 は ?」




その悪魔の手を辿って顔を上げると、ギギギ…と音がするようなぎこちない動きで、男が口角を上げた。




「それじゃあ、ごゆっくりぃ〜。」




さっきまで話していたお姉さんは次のお客を案内するため行ってしまった。
1対1にされて、私の口元は引き攣る。




「……なんでここにいるの、優一くん……。」




頭の複眼に王冠、燕尾服。
その姿は、魔界で出会った頃の姿だった。




「この前はハエ取り紙から救って下さりありがとうございましたねぇコノ野郎。」




口角を上げ、笑っているはずの優一くんからは怒気が溢れ出ている。



ハエ取り紙、と言われて私は2週間前のペンギンを思い出した。
あれマジで優一くん?



今だ信じることができなかった私はようやくあのペンギンが優一くんなのだと信じると同時に…全身からぶわっと汗が噴出した。




私…赤チンキ塗りながら、羽毛の肌触りの良さに浮かれて優一くんの尻やら足やら揉みまくってしまった。




明らかになった真実に、私は一瞬で全身が赤くなる。




「ようやく自らの愚行に気付いたようですね。」




嫌な汗をかきながら、ちら、と視線を向けると、口は笑っているのに目は冷やかな優一くんが視界に入る。



ヤバイ。
当然だけど、怒っていらっしゃる。



無言で睨みつけられて気まずくなった私は、この雰囲気を壊すため何か言わなくては、という思いに駆られ…とりあえず「えっと………お尻大丈夫?」と言ってみた。



途端、優一くんのこめかみに血管が浮かび上がった。




「もっと他に言うべきことがあるだろうが!!デリカシーの欠片もねぇなてめぇはよ!!」




笑いながらキレていた口角が下がり、片手で頬を鷲掴みにされた。
ミスチョイスだったらしい。




「だって!思わず!!」




謝れば良かったのだろうか。
しかし窓を割って不法侵入した挙句トイレに籠城決め込んだ相手に謝るのはおかしいと思う。
理不尽さを感じつつも弁明すれば、舌打ちとともに私の頬は解放された。




「まぁいい。客として来たからには精々もてなしてやる。イチゴとカレーの奇跡のコラボレーションを体験するがいい。」




そう言うと優一くんは奥へ行き、カレーの準備を初めてしまった。




「え、いや、私お手伝いに来ただけで客ではないんだけど…。」




てかなんでここで働いてるの優一くん。
色々聞きたいが公共の場で悪魔の話をするわけにもいかず、流されるままになっていると目の前にお皿が置かれた。




「ごきげんイチゴのスペシャルカレーサンデートッピング全部のせだ。」




無駄に長い商品名とともに出てきたそれは…ショートケーキにプリン、アイスクリームに生クリームたちが茶色いカレーの上に乗っかっていた。
このスイーツたち、場所を間違えている。




「……なにこれ……。」




絶句している私に「甘いもの好きですよね?なまえさん。サービスで練乳のトッピングを追加してやろう。」と優一くんは押し付けがましく言うと、魔法陣描いてんのかってぐらいぐるぐると円を描きながらカレーに練乳をぶっかけた。



スイーツたちが虐待されている凄惨な光景を目の当たりにして恐怖すら感じ始めた私の口元に、無造作にカレーを掬ったスプーンを近づけてきた。




「さぁ食え。」




胡散臭い爽やかな笑顔でスプーンを突きだす。
どうやらサービスの一環で食べさせてくれるらしい。
(食べさせてもらうなんて絶対にイヤだ。)



周りの女性たちがきゃあきゃあ言っているのを遠くに聞きながら、私はカレーのような物体を見つめた。



茶色いカレーと白い生クリームの二つの油ものがせめぎ合う様は互いに殺し合いをしているようにしか見えない。



見た目だけで食欲の失せた私は、席を立とうとして「…いらな…。」と言いかけたとき。




「いらないとは言わせん。」



「ぶぇっ!」




優一くんの左手が私の口元を掴み、先制攻撃を加えられた。
しかも口が閉じられぬよう親指が口内に突っ込まれている。
あれこれデジャブ?



私は迫りくるスプーンから逃れるため、優一くんの右手首を掴んで接近を阻止した。
片手の優一くんに対して私は両手を使っているのに、じりじりと迫って来る。



一緒にいちゃいけない者同士が、なぜ一枚の皿に乗っているのか。
私は思わず「これはスイーツへの冒涜だ!」と叫んだ。




「なにスイーツ主体で考えてんだ!カレーのほうがスイーツを受け入れてやってんだよ!!」



「受け入れきれてないよ!カレーにも許容範囲ってものがあるんだよ!私はこんな料理認めない!!」



「あなた糖分が好きなんでしょう?うちでバカみたいにクッキーむさぼってたじゃあないですか。食えよほらさぁ早く食えっ!!」



「別々に食べたい!!」




迫るスプーンから少しでも距離を取ろうと顔を背けるが、口内に指を突っ込んだ手で無理やり正面に向けられる。
本気で食べさせるつもりらしい。




「た、助けて下さい助けて下さい!写真撮ってないで助けて下さいぃぃ!!」




周りの人は、シャッターチャンスとばかりにデジカメや携帯電話を構えてバシャバシャ撮っていた。
押さえ込まれて無理やりカレーを食わされそうになっているのに誰一人として助けてくれないのは何故だ。
加害者が美形だからか。



3週間前のトイレ事件と同じやりきれぬ思いが私の胸中をうず巻く。




「食え!!」



「やだー!!いやー!!」




両手に全身全霊の力を込めるが、カレーの香辛料と練乳の甘ったるさが鼻につき、頭がくらくらし始めてきた。
しかも突っ込まれた親指の爪が舌に刺さって痛い。



もうダメかもしんない…半泣きで覚悟を決め始めた、そのとき。




「何してるんですか!!お客様は金のなる木…じゃない。神様ですよ!」




お金にがめつい感じのセリフが耳に届いた。
この声は…




「さくちゃん…!」




ピンクのふりふり魔女っ子、苺の戦士が助けに来てくれた。
その普段とはかけ離れた格好に、本当にさくちゃんかと疑ったが、ポケットから顔を出している諭吉さんが確かに彼女であると私に確信を持たせる。
(ピンチに駆けつけてくれる人がコスプレしてるのって2回目だ。)



3週間前には来なかった助けがようやく来てくれて感動していると、優一くんが私の口に指を突っ込んだまま不思議そうな顔をした。




「さくまさんとお知り合いですか?」



「…へ?」




その言葉に驚いて声を上げると、こちらへ近づいてきたさくちゃんが私と気付いたらしく「なまえちゃん!」と私を呼んだ。




「やめて下さい私の友達ですよ、ベルゼブブさん!!」



「…ん?」




さくちゃんを”さくまさん”と呼ぶ優一くん。
優一くんを悪魔の名前である”ベルゼブブ”と呼ぶさくちゃん。



もしかして、2人は知り合い?




「さくちゃんと優一くんって…知り合い?」



「…え?”優一くん”?」




さくちゃんも私と同様、驚いて目が点になる。



3人とも、互いの知り合いに繋がりがあることに気付いた瞬間だった。





11.7.16
”ごきげんイチゴのスペシャルカレーサンデートッピング全部のせ黄金入り”が正式名称です。






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