選択その8





パンツを直に盗まれてから1週間。




あれ以来トイレを使用中に他人の気配がすると、また扉を蹴破られるのではないかとびくびくする日々を過ごしていた。



…これは立派なトラウマだ。
(奴が人間なら訴えて勝てるのに)



しかしこの一週間優一くんが現れることもなく、とりあえず私は普通に暮らしている。



右手親指の腹についた古い傷口を見つめると、そこには皮膚の薄い部分があった。
親指を噛まれてから10年以上経過したというのに、今だに傷跡が残っている。
その傷跡のおかげで、優一くんと過ごしたあの時間が現実のものであると今まで信じてこれたわけだけど。



記憶の中に埋まった優一くんのことを思い出す。



外ハネした金色の髪に、眠たげな目。
頭には王冠と赤い目玉が付いていた。



だが約10年ぶりに再会した彼の頭には王冠もなければ目玉もなく。
特にその手は、硬質さを持った緑の悪魔の手ではなかった。



あれは本当に優一くんだったのだろうか。



…いや、パンツへの執着心からして優一くんに確定か…。



どうやってこちらへ来たのか定かではないが…こちらへ来たことで人間になったのだろうか。



優一くんが、私と同じ人間。
そう考えるとなんだか不思議な思いに駆られる。




「聞いてる?」




電話口の母に言われて、私はぼんやりと考え事を始めていたことに気付いた。
取り繕うように「ごめん、ぼーっとしてた。」と慌てて返せば、「そっちで何かあったんじゃないでしょうね。」と娘の異変に母の勘は鋭い。



何かあったとすれば初恋の相手に再会して記念にパンツを盗まれまたぐらいだ。
…などと言える筈もなく、泣きたい気持ちで「大丈夫だよ。」と返した。



…惨めだ…。



どうも母は私が魔界に迷い込んだときから心配性になったというか、”東京は怖い”という妙な思い込みを抱いてしまっている。
何かあるとすぐ帰ってこいと言われてしまうので、心配する母を宥めて「仕送りありがとう。」と礼を言い、電話を切った。




そして私は先ほど届いたばかりの仕送りの荷を解く作業に取り掛かった。




「…なんだこれ。」




荷の中には缶の形をしたものに”ハエ取り紙”と書かれたラベルが貼られていた。
それだけではない、よく見るとハエの駆除用品がぎっしりと詰め込まれている。



以前電話で「最近小蠅が多い。」と漏らしたのを覚えていてくれたようだ。
冬なのにこれだけのハエ駆除用品を揃えるのは一苦労だったろう。



ここ最近、何故か私の部屋で冬だというのに異常なほど蠅が大量発生していた。
窓を開ければ必ずと言って良いほど私の部屋に飛び込んでくるのだ。



私の部屋は臭いのか…?
生ゴミとかしっかり処理してるのに。



そう思っている間にも蠅が私の周りを旋回する。



仕送りの中に入っていたハエ叩きで仕留めるが、次から次へと新しいハエがやって来る。
こんなんじゃ友達も呼べない。



早速母が送ってきてくれたハエ駆除用品をセットし、飛びまわるハエを無視して私は布団に入り込んだ。






11.7.9
フラグ立てまくりの夢主。









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