波乱の婚姻届記入。
「それではお書き下さいませ。」
シングルトレインでぼこすこに負けた私に、ノボリさんが無表情で婚姻届を差し出す。
(やっぱり夫の欄は記入済み)
いや、まぁ、いいけど。
結婚してもいいけどさ…。
腑に落ちない気持で、それでも私は婚姻届とペンを受け取る。
「…もうちょっと普通にプロポーズできないんですか…。」
「邪魔の入らない場所がバトルトレイン内しか思いつかなかったものでして。」
「プロポーズ邪魔する人って…」
「クダリ以外におりません。」
ノボリさんが眉根を寄せる。
「そんなまさか…。」と反論するが、私のぷち家出事件後のクダリさんは確かに私とノボリさんの間に入っていることが多い気がする。
…ぷち家出後、正式に恋人同士になったようなものだから寂しいのかも。
揺れる電車内でなんとか名前を書き、渡すとノボリさんがもう一枚懐から出して「もう1枚、お願いできますか?」と言う。
「もう1枚ですか?」
「念のためです。」
面倒だな…と思いつつ2枚目の婚姻届を書いて渡すと。
「もういちま…」
「3枚もいりません!」
いったい何に使うんだ。
保管用か?
3枚目を拒否されて、諦めたノボリさんは婚姻届を折り目正しく畳みながら「ちなみにわたくし達の会話は全てインカムで流れております。」とサラッと言う。
あまりにもさらりと言われた私は「…え?」と声を出すのに時間がかかった。
「なんでそんなことしたんですか職権乱用ですか!!」
「証人は必要かと思いまして。」
「だからそうやって裏のある行動しないで下さい!」
私の脳内でロッカールームでのやり取りがフラッシュバックする。
ノボリさんとの会話がインカムで流れていたのだ。
しかもその犯人はクダリさん。
何が楽しくてあんなことするのか理解できない。
死ぬほど恥ずかしかったあの時を思い出して顔が熱くなった。
「もうヤダ恥ずかしさで死ねる!!!!」
「結婚早々、わたくしを未亡人にしないで下さいまし。」
未亡人は女性の場合では…?
しかしノボリさんなら「未亡人」も違和感がないのは何故だろう。
悪夢を見る人のように苦悶の表情でうんうん唸る私にノボリさんが触れるだけのキスをしてくる。
まさかのタイミングでキスされて、恥ずかしさよりも驚きで私は硬直した。
「回りくどい言い方をしてしまいましたが…本当にわたくしと結婚して下さいますか?」
少し不安そうなノボリさんの顔が目の前にある。
さすがにあのプロポーズはヤバイと思ったんだろうな…そう思える正常な思考回路が残ってて良かった。
しかし婚姻届をしっかり書かせてから確認してくるってどうなの…。
(しかも二度と離さんとばかりに握りしめている)
「…さすがに結婚する気ないのに婚姻届は書きませんよ。」
もうここまできたらヤケだ。
インカムで流れてるのを承知で私は言った。
「私も同じ気持ちです…私で良ければ結婚して下さい。」
昔は言えなかった恥ずかしいセリフだけど、私も気持ちを伝えたくて真っ直ぐノボリさんの目を見つめて言った。
あのぷち家出から成長したな、私…。
自画自賛する私をノボリさんは無言でじぃっと見つめ…突然両手で私の顔を挟んだ。
「…なまえ様。次は舌入れていいで…」
「インカム流れてるんですよね!?」
慌ててノボリさんの手首を掴むが目が本気だ。
お願いだからこれ以上私に生き恥晒させないで下さい!
するとノボリさんは「ふむ…ではインカムを切りましょう。」と言ってスイッチをoffにした。
「えっ。」
インカムで流れてなければOKって意味じゃないんだけど…。
ノボリさんの顔が更に近付いて唇が触れる。
下唇にやんわりと歯を立てられて、私の引き結んだ唇に隙ができてしまう。
…仕方がないので、私はノボリさんの帽子を取った。
11.6.24
よし…ノボリさんにキスさせるミッションは無事終えたぞ…!
ノボリさんとはロッカールームで円満解決しているので、クダリさんの腹黒さには気付いていません。
なので夢主はインカムにセロハンテープ貼ったのも、いつもの他意のない悪戯だと思ってます。
…入籍しても安心できない結婚生活。
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