責任その18

「…ってことがあった。」


「…………へぇ………。」




私は、クダリさんと控え室で仲良くソファーに並んで座り、今までの経緯とやらを聞かされていた。
ノボリさんは、シングルトレインに挑戦者が来たとのことで駅員さん達に羽交い絞めにされて連行されてしまった。



そして私はと言えば、ついさっきキスされた恋人の弟と2人っきりにされて、そわそわとして落ち着かない。



しかもロッカールームでの激闘が恐ろし過ぎて、今だ小刻みに震える私の肩には毛布、そして手には暖かいココアの入ったマグカップが握られている。
まるで事故現場から救出された人のようだ。




「なまえ、どうしたの?大丈夫?」


「大丈夫じゃありませんよ!あなた達のバトルが怖すぎて私の精神は崩壊寸前ですよ!」




体の震えに叫びも加わり、マグカップの中のココアが零れる。



これ絶対トラウマできてる。
訴えたら勝てるレベルのトラウマ。



そんな私が救出された事故現場であるロッカールームは、6体のポケモンが暴れたわりに大した被害はなく。
駆けつけた駅員さん達も、まるでいつものことのように2人のケンカに割って入っていた。
…きっと2人のケンカは日常茶飯事なのだろう。



ちらりと隣のクダリさんを見やる。
目が合うとにっこり笑われた。



何故か今はその笑顔が怖い。




「あのー…途中、布団に潜り込んできたのがわざとって、聞こえた気がするんですけど…。」




そう聞けば「あれ?」と言ってクダリさんは首を傾げる。




「気付いてたと思ってた。うん、わざとわざとー(笑)」


「笑えませんよ!!」




悪気なくへらりと笑われる。



なんなのこの双子!?
ノボリさんと言い、クダリさんと言い、腹に一物抱え過ぎでしょ!
気付かない私が悪いの?




「なんか人間不審になりそう…。」




いやもうなってるかも。
げんなりする私とは打って変わって、クダリさんは笑いながら「…それで?」と言う。




「…何がですか?」




その声は幾分か低く、重たく告げられたその言葉に私は気付かぬよう努めて振る舞う。




「僕、まだ答え聞いてない。」




伸ばされた手を避けることもできず、いつのまにか手袋を外したその手が頬に添えらる。
親指が私の唇をやわやわと押してきた。


唇を触れられて、否でも先ほどのキスを思いだした私は赤くなっているに違いない。
それでもなんとか私は声を絞り出す。




「…インカム、聞いてましたよね?」


「うん、ばっちり。」


「…昨日、私言いましたよね。」


「うん、ノボリのこと好きなんでしょ?」


「それじゃあ…!」




私の気持ちはわかっているはず、と言おうとして開かれた口内に、唇を押していたはずの親指が突っ込まれた。
「ぐぶっ」と可愛くない声が出る。
え、なんで突っ込まれたの私。


そんな私に構うことなく、クダリさんは「僕も言ったよね?」と私に言葉を投げかけた。




「ハマるものは2人してとことんハマる。むしろハマりすぎてお互いに譲るってことができないから厄介だって。」




そのセリフに心当たりがあった。
確か朝食を取っているときに言われた言葉だ。




「僕だって同じ条件下で対等に戦ってれば諦めもついたのに。」




困ったとでも言うようにクダリさんの眉は八の字に下がるけど、相変わらず口元は弧を描いたままで「だから、ね?」と言う。




「今度は僕とお付き合いして、同棲しよ?」




バカか!!



と言おうとした私の舌をクダリさんが至極楽しげに親指の腹でくすぐる。
びっくりしてクダリさんの腕を掴むが奴は笑うばかり。



まるで返事は聞いてない、とでも言うかのようなこの仕打ち。
今まではただ無邪気なだけの人だと思っていたのに、違かったようだ。



先ほどの説明を受けてから思い返せば、彼の起こす全てのことは裏があるように思える。



ノボリさんは確かに解り辛いところもあるけど、裏があるときは真面目ゆえに意外と態度に出るし、まだ私もその思惑に勘づくことができる。



しかしクダリさんは違う。
クダリさんは完璧に腹の内を見せないし、態度にも出さない。
バレそうになっても普段の彼の悪意のない態度から「クダリさんだから」で許されるタイプ。



きっとそのために普段からそんな「自然と許されてしまう人間」のイメージを周りの人々に植えつけている。
いざというときのために。



非常に腹黒い。
しかもその腹黒さがバレたとしても開き直るタイプ。



ノボリさんが準ヤンデレなら、クダリさんは黒デレだろう。
…ノボリさんとはまた別の厄介さだ。



散々口内を親指で嬲られて、飲みこめなかった唾液がグチュリと水音を響かせる。
そこへ「ん、ん」という気持ちの悪い自分の声まで入り込んで鳥肌が立った。



掴むクダリさんの腕に爪を立て、親指にも歯を立てて睨みつける。
しかし私の抵抗は無意味だったらしい。




「なまえ。…なんかムラッとする。」


「(ひぃ!?)」




なんか嬉しげに熱く見つめられた。
もう理解できない。



「とりあえずチューしよ。」とクダリさんが距離を詰めてくる。



本格的に身の危険を感じて、今度は思い切りクダリさんの親指を噛むけど効果は薄い。



ヤバイ!
口半開きのこの状態では確実にディープなキスをされてしまう!!



しかし焦る私の耳に、ドアの向こうから物凄い勢いでこちらに駆けてくる足音。
このタイミングの良さは…!




「クダリィィィィィィィ!!わたくしだってきちんと口付けしてないというのに!!離れなさい!!なまえ様から即刻離れなさい!!」




力任せに扉が開けられ…いや、扉が外れた。



さすがノボリさん、相変わらずタイミングがいい。
そして今回ほどノボリさんのタイミングの良さに喜んだのはこれが初めてだ。



カツカツと靴音を鳴らして素早くこちらに近付くと、力任せに私の口内に入り込むクダリさんの腕を引きはがす。
そしてソファーに座る私の頭をぎゅうぎゅうと抱きしめた。(今度はヘッドロックか)




「トウコ様とトウヤ様をけしかけましたね!?」




どうやら挑戦者はトウコちゃんとトウヤくんだったらしい。
強者2人を立て続けに相手していたから遅かったのか、ノボリさん。




「けしかけたなんて人聞き悪い。僕、ノボリが寂しがってるから来てあげてって言っただけだよ。」


「それをけしかけたと言うのです!あなたはいつもそうです、やることなすこと全てに裏がある!」


「ノボリに言われたくない。僕のこと出し抜こうとしたくせに!」


「……思い当たる節がございません。」


「僕、インカムの会話ばっちり聞いてるからね?」




「ちっ」とノボリさんが低く舌打ちした。



どうしたんだノボリさん。
ロッカールームであれだけ良い雰囲気になった相手と同じ人物には見えないくらい人相悪いぞ。



そのノボリさんの態度にクダリさんが「ノボリって結構面の皮厚いよね!」と嫌味を言う。
いやあんたも相当ぶ厚い面の皮だよ。




「クダリ、あなたのその神経の図太さには見習うところがございます。」




言われたノボリさんもその言葉に食ってかかる。




「今度は僕がなまえに責任取ってもらうの!」


「そんなことわたくしが許すとでもお思いですか!?」




逃げ出したい…しかしヒートアップするノボリさんの腕の力に抗えそうにない。
…ヤバイ、頭くらくらしてきた。




「僕と同棲だよねなまえ!」


「わたくしと結婚ですよねなまえ様!」




ついに2人の矛先が私に向かう。
各々のハードルの高い提案に私は決意する。



…カントーへ行こう。



傷ついた心を癒す傷心旅行へ行く手配を考える。
しかしどんな方法を考えてもこの2人に捕まる結末しか想像できなかった…。




「……とりあえず、2人とも私に謝って下さい……。」




もはや私は人間不審です。
私は冷めたココアに口を付けた。




11.6.8
…完結。

後日「後書き&ちょこっと解説」をupします。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました^^


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