責任その16
停電事故があったと聞き、クダリはシングルトレインに向かっていた。
ダブルから呼び出しを食らったが、今はそれ所ではない。
インカムでノボリの無事は聞いていたが、顔を見るまでは安心できず全力で走る。
「ノボリ!」
ホームで駅員と話しているノボリの姿を見つけ、話を遮るのも構わずクダリが叫ぶ。
ぶつかるような勢いで走り寄り、ノボリの無事を確かめるようにベタベタ触ると「いい加減にしなさい!」と怒られた。
「良かった、ノボリ無事。ちゃんと触れる!」
「…お陰様で生きております。幽霊になるにはまだ早すぎますし。」
ほんの数ミリ口角が上がっただけの笑みを向けられる。
安心するのも束の間、「先ほどの件の女性、すでにギアステーションを出たようです。」とインカムに連絡が入った。
途端にノボリの顔に影が差す。
インカムのスイッチを押すとノボリは「…了解です。」と返事を返した。
そういえば走っている途中、ノボリからインカムが飛んできていたことを思い出した。
先ほどの停電事故に巻き込まれた女性が現在ギアステーション内を逃亡中。
怪我をしております。見つけしだい至急保護して下さい。
地上出口の階段付近にいる者は特に注意して下さい。おそらくそちらに向かったと思われます。
多分停電前にノボリとバトルしていた乗客だろう。
何故その乗客はその場から消えてしまったのか。
事故に巻き込まれて気が動転していたのだろうか。
詳しく聞こうとしたがインカムにもう何度目かの催促の連絡が入る。
「わたくしは大丈夫ですから、持ち場に戻って下さいまし。」
と言ってノボリは駅員と事故処理の話しを始めてしまったのでそれ以上は聞き出せなかった。
そしてあの停電事故からノボリの様子がおかしくなる。
しきりに事故に巻き込まれた女性を探しているのだ。
電車事故で怪我をさせてしまった乗客を心配するのは解る。
だがすれ違う全ての駅員にその女性のことを聞くものだから、クダリも流石に呆れてしまう。
ついに3度目を問われたときは今まで黙っていたが「今日でその質問3回目。ノボリ、どうしちゃったの?」と聞いてしまった。
ほんの一瞬、間が合く。
「…すみません。気付きませんでした。」
「いいけど…ちょっと、心配しすぎじゃない?」
「こちらのミスでお怪我をさせてしまったのです、気にかけるのは当然のことでしょう?」
人の目を真っ直ぐ見て話すノボリが、目を逸らしたままそう言った。
本音じゃない。
目を逸らしながら嘘をつくのはノボリの癖だ。
なんて問い詰めてやろうか、と考えているとノボリは呼び出されて控え室を出ていってしまった。
そして停電事故から3日後、彼女が現れる。
ダブルトレインから降りるとノボリが「クダリ!その方です!捕まえてください!」とこちらに叫んだ。
あの真面目なノボリがバトルでもないのに公衆の面前で大声を出すからには、ただ事ではないのだろう。
そして双子故に意志の疎通が上手くいったのか、ノボリの指すその人物に向かって迷いなくクダリは文字通りぶつかった。
そしてぶつかってからクダリは焦った。
ノボリのときと同じようにスピードを落とさずぶつかるように抱きしめてしまったが相手は女性だ。
クダリのスピードを受け止められる筈もなく、倒れこむ。
倒れる直前に頭だけは守ろうと腕を回した。
彼女の上に倒れこんだクダリにもかなりの衝撃があったが、慌てて安否の確認をしようと顔を覗き込む。
乱れた前髪がかかり、唇には絆創膏が貼られている。
もっときちんと顔を見たくて前髪を乱雑に整えた。
そこには驚きで表情を固めた顔。
あ、かわいい。
それが第一印象だった。
「ねぇ、きみ何したの?
悪いこと?
ノボリ三日前から様子おかしいんだよ。
僕もびっくり。
きみのことずっと探してるんだ。
ノボリ教えてくれないから、きみが教えて?
あ、僕クダリ!きみの名前は?」
矢継ぎ早に話しかけると、驚きで固められた彼女の瞳にじわりと涙が滲む。
思わず話しかけてしまったが、彼女を押し倒していたことを思い出す。
「え、ごめんね?痛い?」
袖で彼女の目元を擦るように涙を拭うと「泣いてません!」と抗議の声が上がった。
嫌がる彼女の唇には絆創膏。
そういえばノボリもあの事故で同じように唇を切って絆創膏を貼っていた。
彼女も事故が原因で怪我をしたのだろうか。
ノボリと、同じように唇を。
「クダリ、ありがとうございました。
ですが腕を掴むとか、もう少し穏便に事を運ぶことはできないのですか?」
背後からゆっくり近付いてきたノボリが抑揚のない声音で言う。
「ごめーん。」とくだけた口調で謝罪してどけば、代わりにノボリが彼女の元に屈みこんだ。
…その後の展開は、まぁ説明するまでもない。
あの堅物のノボリが公衆の面前でプロポーズ(?)したのだから、みんな天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。
最初こそクダリも周りと同じように驚いたが、ノボリなら有り得ない話しではないと納得してしまった。
ノボリは頭の回転が速い分、10より100より先を考えるものだから考えなしに行動を起こすはずがない。
まして自分のように「面白そうだから」を理由に突飛な行動をする愉快犯でもない。
周りがその思考回路に着いていけないだけで、ノボリなりに真面目に考えた結果が「責任取って下さい」なのだろう。
…しかしここで問題なのはノボリが「一目惚れ」を嫌悪していることだ。
ノボリが彼女と知り合ったのは三日前。
しかも停電事故の後、彼女は逃げるように帰ってしまったから親密になる時間などなかったはず。
これは立派な「一目惚れ」に当たる。
なのにこれはどうしたものか。
いつ聞いたかは覚えていないが、ノボリにとって恋愛はお互いを知ってから、という始まりでなくてはならないと聞いたことがある。
おそらく。
恋愛に対する考えは箱入り娘で身持ちの固い祖母によるものだろう、とクダリは考えた。
祖母もノボリも頭が良いぶん、何事も頭で考えようとする傾向があった。
しかし恋愛とは感情。
感情とは頭で考えてどうにかなるものではない。
現に祖母だって家の決まり事とは言え、自分から結婚を迫っている。
祖父も計算尽ぐでの行動であった。
つまり相思相愛で結婚したのだ。
ではノボリは何を考えて、祖母の家の決まりごとを持ち出してまで彼女に求婚したのか。
そんなことを考えながら、暴れる彼女を抱えて消えたノボリを追いかけて控え室に向かった。
…ノボリに、助け舟と言う名の恩を売りに。
「とりあえずさ、お付き合いから初めてみれば?
もしかしたら意外と上手くいくかもよ?」
控え室で言い争いをする2人に向かってクダリは言う。
埒の明かない押し問答に疲れてきた頃だろう、いい具合に思考回路が鈍くなってきたなまえは疲れた顔であー、うー、と唸り、この妥協案に乗りそうな気配だ。
問題のノボリに目を向ければ、油断ならないものを見るような目つき。
さすが双子。
下心を持って発した言葉であることに気付いているらしい。
嫌味ったらしく笑ってみせれば、ふいと目を逸らされた。
そしてこの微妙な妥協案は通る。
なまえが越してきてからと言うもの、隣の部屋は非常に騒がしいものとなる。
時折聞こえるなまえの切羽詰まった叫び声が痛々しい。
何やら暴走する兄・ノボリと、その恋人であるなまえの危なっかしい2人を見て、すぐにクダリは気付く。
ノボリをあぁも動かし、焦らせているのは自分が原因であると。
2人の間だけに存在する法則。
執着心。
ノボリはなまえへの執着心を隠してるつもりのようだが、見ての通り隠し切れていなかった。
きっとノボリはクダリまでなまえに執着するのではないか、と恐れている。
そして更に「一目惚れ」に対する嫌悪感と罪悪感も含まれている。
あれだけ「一目惚れ」を拒絶した手前、気まずいのだろう。
幼い頃のことである。
「2人とも同じこを好きになったらどうする?」
とクダリは、ノボリに聞いたことがある。
双子ならではの疑問。
世に二つとないものを2人とも欲っしたときどうするのか。
しかし案の定、ノボリは興味なさそうに「なるようになるだけです。」と言うばかり。
それでも、としつこくクダリが聞き続ければひどく重い溜息とともにノボリはこう言った。
「同じ条件下でその女性がどちらかを選ぶのならば、わたくしかあなたは大人しく彼女を諦めるしかないでしょう。」
確かにそう言ったのを、クダリは今でも覚えていた。
自分が覚えているのだから、ノボリも覚えているはずである。
…やはり自分を出し抜こうとしているらしい。
だがそれもクダリがなまえに恋をしなければ意味がない。
そう、意味がない…筈だったのだが…。
執着心の法則に縛られぬよう自分を制しても、じんわりと滲むようになまえに執着し始める思いは止められそうになかった。
強引に事を進めようとする兄を見ると、僕だったらこうするのに、という妄想をしている自分がいた。
うーん…僕やっぱりなまえのこと好き?
その執着心が本物であるか確かめたくて、布団に潜りこんだり、無駄にライブキャスターで連絡取ったり、部屋に押し掛けたり。
クダリはわざと様々なちょっかいをかけた。
当然なまえは度の過ぎる行動に怒り、クダリもその度にへらりと笑う。
そうすればなまえは非常に苦々しい顔をするものの最終的には許してくれた。
そんな自問自答のような日々を繰り返していると、ついに事件が起こる。
なまえのぷち家出である。
11.6.7
腹黒な白い悪魔・クダリ
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