責任その15










「…簡単に申し上げますとこのような次第でございます。」



長くかかった説明を聞き終えた私はぐったりしていた。
所々に入るノボリさんの私に対する想いが聞いてて恥ずかしい。



あまりの恥ずかしさに何度か爆発しかけたけど、シリアスな雰囲気なので頑張って耐えた。
心臓が痛い。




「そしてその後、わたくしがなまえ様に何をなさったかはご存じの通り。
わたくしは焦燥感に駆られ、嫌悪する一目惚れを誤魔化そうとなまえ様に責任転嫁したのです。」


「…つまり、責任取れってことですね。」




言われた当初はかなりの強引な展開に「コイツ頭大丈夫か!?」と思っていたけどそれなりに理由はあったようだ。
…かなり大胆だけど。




「恥ずかしながらその通りです。
本当に一目惚れであるか自分の気持ちを確認したいためでもありましたが…感情ばかりが先走っておりました。
今思えば確認するまでもなかったです。」




ノボリさんが頬を染める。乙女か。
けれど私もつられて頬が赤くなるのを止めることができない。


やっぱりノボリさんは、考えていた通り激情型の人間だった。
けれど、ただ突っ走るだけじゃなくノボリさんなりにちゃんと考えていてくれたらしい。




「…随分と短い間に色々考えてたんですね…。」




クダリさんが私に突撃してからノボリさんが話しかけてくるまでの時間は、ほんの一瞬と言っても過言ではない。
その間に色んな思いに気付いたり悩んだり、結論を出したようだけど、それはノボリさんの頭の回転が速いからできたのだろう。


普段からノボリさんの思考回路には付いていけない私だけど、ノボリさんの突飛かつ速すぎる頭の回転を持ってして出る結論はとりあえず理に適っていることが理解できた。




「……えぇ、色々考え過ぎたわたくしはクダリに差をつけようと同棲を強引に押し進めました。
不思議なことです。なまえ様にご迷惑をおかけしていると解っていながら、わたくしは自身の感情を抑制することができませんでした。」




頬にノボリさんの手が添えられた。
親指が私の目元をなぞって下睫毛に触れる。
くすぐったさに身をよじりそうになった。


ノボリさんの行動の裏に隠された理由は概ねわかったけど、ここで一つの疑問が浮上した。
クダリさんに差をつけたくて、同棲を強引に推し進めたってことは…




「…ノボリさん、キスしたら結婚っていう家の決まり事は…?」




そもそもの始まりはノボリさん家の決まりごとが原因だ。
だから私はノボリさんの気持ちを疑ったわけだけど…。
なのにノボリさんの説明でその部分に触れないのはおかしい。


そう聞けばノボリさんは「あぁ、嘘です。」としれっと答えた。




「嘘!?」




驚いて私は抱きしめられたままノボリさんを仰ぎ見る。
本当に罪悪感を感じていないらしく、ノボリさんはやっぱり無表情で淡々と答えた。




「完全に嘘、とは言い切れませんが…。
わたくしの祖父と祖母は口付けを理由に結婚したそうです。
まだ2人が若かりし頃、祖父が挨拶代わりに祖母の頬に口付けたそうです。
カントー地方出身で箱入り娘だった祖母には刺激が強かったのでしょう。」







責任取って下さいましー…!!







「憤慨した祖母に詰め寄られ、祖父は責任取って結婚したそうです。
これは祖母方の家の決まりごとであり、祖父方に籍を置いているわたくしがその決まりごとに則る必要はございません。
最も、その決まりごとも今の代まで守られているかどうかは解りかねますが。」


「本当に存在する決まりごとだったんだ…。」




でも日本が舞台のカントー地方ならそれも有り得なくもない。
それにしてもなかなかアグレッシブなおばあちゃんだ。


けれどノボリさんは「祖父も祖父です。」と言って溜息をつく。




「祖母の家の決まりごとを知っていて口付けたそうです。」


「え、それってつまり…。」


「…一計を案じたそうです。」




きっと箱入り娘のおばあちゃんは、その貞淑さ故におじいちゃんの気持ちに上手く応えられなかったのだろう。
そして家の決まりごとを知って、焦れたおじいちゃんが思わず口付けた、と…。


なんだか想像に容易いおじいちゃんとおばあちゃんだ。
…ていうか、なんだか似てないか?




「…ノボリさん、もしかしておばあちゃん似?」




そう聞けば、ノボリさんは少しだけ首を傾げて考え込む。




「そう感じたことはございませんが…確かにこの口調は祖母のものと同じです。」




いや絶対ノボリさんの激情型はおばあちゃん譲りだ。


それにクダリさんもおじいちゃん似な気がする。
挨拶代わりのチュウするおじいちゃんだし、きっとそうに違いない。


そんな下らないことを考えていると、ノボリさんの腕の強さが少し増した。




「…今になって冷静に考えては恥じ入るばかりです。
こんな脅しのような理由付けであなたを縛り付けて大変お怒りのことでしょう…。
ですが、自ら起こした愚行以上になまえ様との生活に舞い上がっておりました…。」




無言で考え事をしていた私が怒っていると思ったらしい。
ようやく罪悪感を感じたようだ。




「大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」




ノボリさんが眉根を寄せて謝罪する。
でも私は責める気にはならなかった。




「怒っては、いませんよ…私も、同棲、楽しかったし。
それに私も……気持ちの確認、できましたし…。」




言外に「好きになりました」って言ってるようで恥ずかしい。
(いやもう好きって言ったけど)
勢いでまた「私も好きです!」って言わないよう考えて口に出したせいか途切れ途切れの言葉になってしまった。




「本当ですか?」




ノボリさんが、笑った。
普段は無表情だけどきっと本当に嬉しい時だけ笑う人なのだろう。
同棲生活を通してわかったことの一つだ。


両の頬に手が添えられて、今の私はノボリさんに両手で顔を包みこまれてる状態だった。




「なまえ様との距離を縮めるため、そしてクダリを追い越すためと焦るばかりで、想いを告げるのを後回しにしておりました。」




ゆっくり言い終えると、ノボリさんが緊張を解すようにゆっくり息を吐きだした。
手袋越しに伝わるノボリさんの体温はひどく熱く、密着した体から伝わる心音は私と同じくらい速い。


私が待ちに待った、言葉が聞ける。
ノボリさんから伝わる緊張感を私は悟り、身を硬くした。




「…時間をかけた上、きちんとお伝えしなくて申し訳ありません。
もうずっと前から確信していました。
間違いなく、わたくしは、あなたのことを愛しております。」




愛してる、の一言に私は知らずノボリさんのコートを掴む手に力を入れた。
恥ずかしさにくらくらするほど血が上って、目を逸らしたい衝動に駆られたけど、グッと堪えてノボリさんの目を見つめる。


ノボリさんは包み隠さず自分の気持ちを話してくれた。
なら私は全身全霊をかけてその想いに答えなければいけない。


そして私もノボリさんと同じ想いを抱いている以上、きちんと自分の気持ちを態度で示したい。


密着していた体がほんの少しだけ離れる。
離れた体温がひどく恋しく思うなんて初めてだ。


けれどその代わりに段々とお互いの顔の距離が縮まる。
何も考えられなくなって、ぼんやりとノボリさんの目を縁取る長い睫毛を見つめた。






「今度はわたくしに責任、取らせて下さいまし…」





















バンッ!と扉が力任せに開けられた。
雰囲気が雰囲気なだけに、私もノボリさんも心臓がはり裂けそうなほど驚いて扉へ目を向ける。




「ごめーん。手塞がっててノックできなかった!」


「クダリ…。」


「ク、クダリさん…。」




そこには、両腕に大量のインカムを抱えたクダリさんがいた。
扉は足で蹴破ったらしい、黒く靴の跡が貼りついている。




「ダメだよインカムONにしたまま密会なんて。」




にっこり笑ってクダリさんがノボリさんに言った。
うそ、つまりそれって駅員さんみんなに聞かれてたってこと!?


さっきまで急上昇していた血液が一気に足元へと下がってゆく。
そんな顔色の悪い私に「大丈夫!」とクダリさんが笑顔で言った。




「新しいインカム来たからみんなに渡した。
前のとは周波数違うから聞かれてないよ。」


「…そうですか…。」


「取り換えに行ったら、みんなドキドキしながら2人の会話聞いてた!」


「それって何処から何処までですか!?」




絶対クラウドさんが、あのニヤニヤ顔でからかってくるに違いない。
全部は聞かれていなかっただけマシだけど、やっぱり痛手だ!


この後の仕打ちを考えると頭が痛い。


気付けば、さっきより密着していないとは言えノボリさんとの距離はかなり近く、クダリさんの前でこの近さは恥ずかしい。
私はもう少し距離を取ろうとするが、逆にノボリさんは私の腰に手を回して先ほどのように密着した。


何故だろう、ノボリさんが異常にクダリさんを気にしている…。




「クダリ、わたくしのインカムのスイッチにセロハンテープが貼られていたのですが…?」




左手を私の腰に回し、右手に持ったイヤホンマイクをクダリさんへ向ける。
確かにそこにはマイクのスイッチにセロハンテープがぐるぐる巻きにされていた。


あれでは常時こちらの会話をインカムが拾ってしまう。


ノボリさんは尋問するかのようにクダリさんを見る。
クダリさんを疑ってる?




「僕知らない。はいこれ、ノボリ処理しといて。」




クダリさんが私達のほうへ両腕に抱えた大量のインカムを突き付けると、パッと手を離した。
慌ててノボリさんが私から離れてインカムを受け止める。




「なんてことをするのですかクダリ!このインカムはレンタル品ですよ、破損したら一体いくらの弁償代を払うか何度言えばわかるのですか!」




プロ根性だろうか、見事に全てキャッチしたノボリさんを見て私もホッとする。
すると横目にクダリさんが私のほうへ一歩踏み出したのが見えた。




「なまえ。」


「はい?」




そして名前を呼ばれると同時に私の頭は斜め上にグイッと上げられた。


クダリさんのドアップが私の視界を占めている。
そして、唇に当たる確かな感触。



あれ?



下唇にチュッと音を立てて吸われるとクダリさんの顔が離れていった。





状況が飲み込めない。
なんでキスされたんだ私。




クダリさんが赤い舌をチロリと覗かせて唇を舐める。



「ねぇなまえ。」



怒るべきなのか、どんな感情を持てばいいのかわからず混乱しているとクダリさんが手袋をした人差し指で私の唇の輪郭をなぞった。
くすぐったさに体が震える。







「責任、取ってくれるよね?」







パァッと花が開くような笑顔を見せたクダリさん。







責任ってなに慰謝料?前にも同じようなことあった気がするノボリさんに言ったら「結婚資金ですか?」って言われたんだっけじゃあどうやって責任取ればいいの。







…え?結婚?












私…クダリさんにフラグ立てた覚えない!!!






がんがんと痛む頭に、色んな思考が忙しなく巡ってゆく。
そんな私を見つめながらクダリさんは「あ、責任取ってあげる、のほうがいい?」と笑うばかり。



ガチャン!と色んなものが混ぜこぜになって床に叩きつけられる落下音が響いた。
びくっと肩を揺らし混乱した頭のままそちらに目を向けると、床に大量のインカムが散らばっている。



床からインカム、インカムから足へと視線を這わせれば落とした張本人が目に入った。



ノボリさんの目が暗い。
瞳にハイライトが…ない



…ヤバイ。









あれはヤンデレの目だ!!









そしてノボリさんの手にはインカムの代わりに…モンスターボールが3つ、握られていた。
隣でクダリさんが「あ、ヤバ。」と言ったのが聞こえる。




「オノノクス、ドリュウズ、ダストダス!」




シングルトレインのサブウェイマスター、ノボリさんがなんと3体同時にポケモンを繰り出してきた。
いつからトリプルバトル導入したんですか!?




「迎え討て!シビルドン、デンチュラ、アーケオス!」




そしてクダリさんも素早く3体のポケモンを繰り出す。


2人の間に漂う緊張感はピリピリと肌で感じるほどに強い。


これ前にもあったな。
つまり、この場合私が取る行動は一つ。




「タブンネちゃんー!」




半泣きの私の意図をくみ取って、タブンネちゃんは「守る」を発動してくれた。
ありがとうタブンネちゃん。




その日、ギアステーションは大きく揺れたと言う…。




11.5.22
やっぱりおじいちゃん似のクダリさん。
もう少し続きます!




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