責任その13
挑戦者が来る呼び出しもなく、待ち時間のあいだノボリはデスクワークに励むがどうも進みが悪い。
もう何度溜息をついたことか。
結局昨日はなまえとライブキャスターで話したっきり、顔も合わせていない。
今朝、せめてなまえの顔だけでも見たいと思ったが、気持ちの押し付けはしたくなくて踏みとどまった。
最後に見たなまえの不安そうな顔が忘れられない。
なまえは今、どうしているだろうか。
話しがしたい。
この気持ちは勘違いなどではないと、知ってほしい。
本格的に書類が上手く作れず、手を動かすのを止めた。
なまえにこの想いが本物であることを信じてもらうには、どうすれば良いのか。
何を思い、何を感じ、どうしてこうなったか。
全てをいちから説明するのが一番良いことは解っている。
しかしそれは少し勇気のいることだった。
自分の浅ましい考えも、醜い感情も、全てさらけ出すことになるのだから。
「ノボリ…ノボリ!」
深く考え込んでいたノボリは名前を呼ばれてハッとする。
クダリが「4回も呼んだ!」と頬を膨らませてこちらを見ていた。
口元だけ弧を描いた自分と瓜二つのその顔を少し恨みがましい思いで見やる。
クダリがあのような提案をしなければ、昨日の内になまえと話し合うことができたし、今こうやって思い悩むこともなかった。
しかし過ぎたことをとやかく言ってもしょうがない。
そう思うことで、ノボリは気持ちを改めた。
「すみません…なんでしょう?」
「シングル、挑戦者来たって。」
呼び出しの放送に気付かなかったらしい。
「ありがとうございます。」と礼を述べ、身支度をし出て行こうとするノボリの背にクダリがまた声を掛ける。
「インカム!忘れてる!」
振り返り様にインカムを投げられ、慌ててノボリはそれをキャッチした。
「…クダリ、インカムはレンタル品ですよ!1台いくらの弁償代がかかるかご存じですよね!?
あなたが雑に扱うせいで今月に入り、いったい何台のインカムを弁償したか…!」
「わーかったって、早く行かないと怒られるよノボリ!」
早く行け、と言わんばかりにクダリが手を振る。
怒りながらインカムを腰のホルダーにセットし、足早に部屋を出た。
「すみません、ボス!お客様、お腹壊しちゃったらしくて…辞退されました!」
すみません!と眉尻を下げて心底申し訳なさそうに言う駅員。
むしろバトルする気になれなかったので逆に助かった。
「あなたの責ではありません、お気になさらず。」
「はい!ありがとうございます!!」
あまりにも自分を攻める駅員に気を使わせないよう「構いませんよ。」と更に付け加えると「はいぃ!!」と力のこもった返事と敬礼をされた。
…何故か今日に限ってみんな何をするにも力が入っている。
なまえとのことで不甲斐なくなってしまった自分の目には、仕事に励む駅員達が輝いて見えるのだろうか…。
今やすっかり落ち着きを取り戻したノボリだったが、苛立ちの頂点だった朝礼で駅員の熱い魂を揺さぶったとは知るよしもなかった。
時刻はいつの間にやら昼をすぎている。
折角ここまで出てきたのだから、控え室に戻らず遅めの昼食を取ってしまおうか。
「お久しぶりです。」
ふとなまえの声を聞いた気がした。
気のせいかと思う…が、期待している自分もいて、雑踏の中なまえの声を拾い上げようと耳を澄ませる。
「か わ い い !私も色違いポケモン探しに行こうかな〜。」
今度はハッキリ聞こえた。
やはりいる。
思いがけない声の主の登場に喜ぶが、誰かと会話しているであろうそのセリフはノボリの心中をざわつかせることとなり、自然と足早になった。
「昨日色違いのオノノクスを連れてきた人がいて…さながらゴ○ラのような見た目でしたよ。」
「なにそれカッコイイ!」
「これです。」
「ほんとだゴジ○だ〜。」
サブウェイに繋がる階段を降りると、いつもの場所でジャッジさんに「面白いデータありますよ!」と声をかけられた。
ちょっと悩んだけど、ジャッジさんの嬉しそうな様子が気になってしまい、少しくらいなら…と私は本来の目的をすっかり忘れて、話しこんでいた。
「炎がオレンジのシャンデラもいますよ。」
「か わ い い !私も色違いポケモン探しに行こうかな〜。」
まだ見ぬ色違いポケモンに旅人の血が騒ぐ。
同棲を始めてから歩いて遠出することもなくなった。
もっぱら「空を飛ぶ」で移動していたから草むらに入ることも減り、最近野生のポケモンに遭遇していない。
「カントーやホウエン地方にも色違いがいますよ。」
ほら、とジャッジさんがポケモン図鑑を見せてくれる。
そこには色違いのピカチュウがいた。
「へぇ…行ってみようかな。」
深く考えずに呟いてから私はこのセリフがシャレにならないと気付いた。
まるで、傷心旅行にでも行くかのようだ。
「あぁ、旅行ですか?じゃあノボリさん、おやすみ取るの大変でしょうね。」
悪気なく笑顔で言うジャッジさんの言葉に、私はギクリと表情を固めた。
あからさまな私の様子に気付いたジャッジさんが言い辛そうに声を潜める。
「…もしかしてお1人で?」
「…まだ決まったわけじゃないけど…。」
適当な返事をすれば良いものを、動転した私は気まずそうに言葉を濁す。
ジャッジさんがしまった、と顔をみるみる引きつらせるのが手に取るようにわかった。
「あ、えっと、カントーへ行くには船ですね!いいですよ、船旅!」
気まずい雰囲気を払拭させようとジャッジさんが敢えて明るく言う。
イイ人だ、ジャッジさん…。
まだ決まってもいないが「そうなんですか、楽しみです!」と話を合わせる。
しかしジャッジさんの表情が和らぐことはなかった。
むしろどんどん顔色が悪くなってゆく。
そんなに気にしなくてもいいのに、と不思議に思っていると突然背後から声がした。
「…船旅ですか。」
場を明るくしようとする努力を一刀両断するような重い声。
なんだろうこのデジャヴュ。
…ものすごく振り返りたくない。
しかしここで振り向かないわけにはいかず、緊張しながら振り向けばそこにはやっぱりノボリさん。
帽子のつばが目元に影を作り、どことなく威圧感を煽っている。
「…おはようございます…。」
なぜか挨拶してしまった。
しかも今お昼過ぎてるし。
緊張で声が掠れている。
会いたかった人がそこにいる。
喜ばしいことなのに、ノボリさんの放つオーラが怖くて私は素直に喜べない。
「おはようございます。」
私に一瞥くれて、律儀に挨拶を返す。
…やっぱり怒ってる。
昨日のことに対して怒っているのもあるし、ジャッジさんと話していた船旅のことも怒っているのだろう。
話し合いもせず、逃げるつもりだと思われたのかもしれない。
ノボリさんはジャッジさんのほうへ目を向けた。
「ジャッジ様、お話の最中に大変申し訳ありません。なまえ様をお借り致します。」
「いえ!お気になさらず!」
ノボリさんの雰囲気にのまれたジャッジさんが背筋をピンとさせて言う。
「…失礼します。」
そしてノボリさんはその場を離れた…私の腕を掴んで。
ジャッジさんのほうへ振り返ると、彼は申し訳なさそうに眉を八の字にしてこちらに手を振っていた。
大丈夫だよ、ジャッジさん。
あなたを恨むなんてことはしない…!
そう思いながらも、誰かノボリさんを止めてくれる人が現れないか辺りを見回してしまう私であった…。
ノボリは、なまえの腕を掴み歩きながら「お昼休憩を取ります。」とインカムを飛ばす。
とりあえずこれで少しは時間を作れた。
「あの…何処行くんですか?」
「すぐです。」
「でもそっちって、関係者以外立ち入り禁止じゃあ…。」
不安がるなまえの質問に間髪いれず答えながら、誰にも邪魔されない場所としてロッカールームに入り込む。
絶対に人が来ない、という場所はないがこの時間帯で一番人の出入りが少ないのはロッカールームだけだった。
そんな理由でノボリはロッカールームを選んだのだが、ここがロッカールームだと気付いたなまえは恐怖に慄いた。
クダリ曰く、すっごいことが起きた噂のロッカールームだ。
しかも、仕事をさぼっていたクダリが憤慨したノボリにロッカールームへ連れ込まれ締めあげられた場所でもある。
ヤバイ。
私も締め上げられてしまう…!
助けを求めて先ほどからギアステーションの関係者を探すのだが結局誰一人として見つからない。
クダリなら、この空気を壊してくれるのだろうが…。
ノボリが照明のスイッチを入れる。
本格的にパニックに陥ったなまえはロッカールームに誰もいないというのにキョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。
「…誰をお探しで?」
呟くようにノボリが言った。
「え!?いや、そんなつもりじゃ…。」
「クダリは来ませんよ。」
ノボリは特に確信を得たわけでもなくクダリの名前を出したのだが、固まったなまえの顔はまさしく『図星をつかれました』という顔だ。
それに加え先ほどのイッシュを出て行く話も気にかかっていた。
まるでこの関係が解消されるかのような話の内容である。
なまえの口ぶりからして何とはなしに口から出たのだろうが、それが一番ノボリの気に障った。
クダリを探す素振りと言い、イッシュを出て行く話といい、なまえに罪はないのだがどうしても責めるような口調になってしまう。
一方なまえは、思っていたことをずばり言われてしまってウロたえていた。
せっかく意気込んで出てきたのに、ここまでノボリを怒らせることになろうとは予想外だった。
ノボリの放つオーラに圧倒されて、委縮していたその時。
なまえの脳裏に微笑む友人の顔が浮かぶ。
がんばってなまえちゃん…!
フウロちゃん…!
友人と言う名の女神だった。
このまま何も言わず締めあげられるわけにはいかない。
これでは迷惑をかけてまで留守番を頼んだフウロに申し訳が立たなくなってしまう。
なまえは勇気を出そうと自分に言い聞かせた。
その頃のフウロ。
「あ、カミツレちゃんだ〜超シャイニング。」
ごろ寝しながらテレビを見ていた。
「あの…昨日はすみませんでした、探させてしまって…」
声を絞り出して謝罪するが、無言。
フウロの幻影に励まされ勇気を出したのにもう心が折れそうだ。
しかし引き下がらずなまえは言葉を続ける。
「あ、あと、ノボリさんの話しを聞かず飛びだして行ってごめんなさい…!」
どもりつつやっとの思いで言い切る。
が、当のノボリはなまえを見ているようで、どこか遠くを見るようでもあった。
本来の目的である謝罪ができて、少し気持ちが楽になったがまだ根本的な解決になっていなかった。
そもそもバトル後の空いた時間に謝罪して、さっさと逃げ帰るつもりだったから心の準備などできていない。
無言が苦痛で、何か言おうと頭をひねるがこれ以上は何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
やはり、ロッカールームに入った時点でなまえの運命は決まったも同然のようだ。
ノボリの目には、緊張でがちがちに固まったなまえの姿が初めて会ったときと重なった。
あのときも強張った表情でノボリを見つめていた。
…違う。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
なまえは言うこともなくなり、ノボりの出方を覗っていると、腕を掴んでいた手が離れ代わりに抱きこまれた。
「…申し訳ありません。いつもわたくしは…いえ、わたくしは最初からあなたに勘違いばかりさせていますね…。」
耳のすぐ近くでノボリの重く吐きだされた溜息が聞こえた。
制裁を覚悟していたなまえはまさか抱きしめられるとは思っていなかったので茫然としていたが、ノボリの腕の強さに我に返る。
すごく痛い…鯖折りかけられてるのか私。
あ、もしかしてこれが制裁?
ノボリとは大分温度差のある勘違いをしていた。
「…今日はそれを言いにわざわざこちらへ?」
水を向けられて話しやすくなったなまえは「は、はい。」と頷く。
「昨日は話の途中なのに出て行って、しかもクダリさんの部屋占領しちゃったし…迷惑かけて…怒らせてばかりで、すみません。」
改めて口に出すと本当に迷惑しかけていないことを再度自覚して、自己嫌悪に駆られた。
しかし、ノボリはすかさず「それは違います。」と否定する。
「迷惑をかけられたとは思っておりません…わたくしにも責任があります。部屋のことだってクダリが強引に決めたのでしょう。」
こうと決めたら言っても聞かないクダリがいかにしてなまえを強引に部屋に留まらせたかなどノボリには容易に想像できた。
はいそうです、とも言えず乾いた声でなまえは曖昧に笑う。
「だから怒っていません。」
そうノボリは言う。
…が、少し間を置いてから「…先ほどのイッシュを出る話は別ですが。」と付け加えた。
やっぱり聞かれてた…!
落ち着き始めていたなまえの心臓がまた動きを加速させる。
罪の上塗りをしていたらしい。
今度こそ制裁か、と思われたが早とちりだったらしく、察したノボリが「…言葉が足りませんでした。」と続ける。
「言葉の綾であったことは重々承知しております…つまり、わたくしが勝手に拗ねていただけのことです。」
硬直の解けないなまえに「そんな顔をしないで下さいまし。」と言って肩幅の狭い体を強く抱きしめる。
自分の内側に取り込むような感覚に、このまま体の一部になってしまえばどんなに幸せかとノボリは思った。
そうすれば、自分の想いや考えもストレートに伝わって勘違いさせることもないだろうに。
「双子であるクダリには多く語らずともこちらの意図が伝わっていたため、わたくしはどうも言葉が足りないようです。」
しかし双子であろうとも相手の全てを把握することは不可能だ。
それが他人なら尚更。
変なところで不器用なノボリには、都合の悪いことを上手く隠して言葉を選ぶことができない。
それはノボリ自身も自覚している。
だからこそ何を思い、何を感じ、どうしてこうなったか、全てをいちから説明するのが一番良い。
「どうか、このままの体勢で話しをお聞きくださいまし…わたくしの、浅ましさがよく解る話し故…顔を、見られたくはないのです。」
抱き締められたなまえは、苦しいながらもダミ声で「はい」と返事した。
密かにノボリは笑い、抱きしめる腕の力を緩める。
「まず最初に断言します。わたくしは確かにあなたのことが好きです。」
真面目なノボリらしい言葉の選び方だった。
「…信じて下さいまし。」と返事を促すように髪を梳かれて、なまえは慌ててこくこくと頷く。
なまえの頷いた様子に満足すると、ノボリは少しだけ言い淀んで、言葉を続けた。
「…わたくしはあなたを一目見たときから恋愛感情を抱きました。
なまえ様は一目惚れを、どう思われますか?
わたくしは…これを嫌悪しております。」
11.5.8
ギャグ書きたくて禁断症状出そうです。
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[mokuji]
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